第百四十八幕
安政四年に入ってから将軍継嗣問題と条約調印問題に関して動きが活発になっていた。
条約の調印に関しては諸大名も時勢を考えて諦めていた。水戸斉昭は自分の子である慶喜に対して秘密裏に今回の将軍継嗣は諦めるように伝えていたが、それを知らない一橋派の大名達は様々な動きを見せた。安政四年11月26日、越前福井藩の松平慶永が幕府に対して上書を出し慶喜こそが継嗣になるべきだと主張し、同年12月25日に行われた幕府の諮問に対して薩摩藩藩主島津斉彬も器量、年輩、人望の三つの観点から慶喜を継嗣にする事が急務だと言及し、堀田正睦に対して水戸斉昭と比べても人物抜群だと評した。また薩摩藩の西郷吉兵衛(西郷隆盛の父)や越前藩の橋本左内等もそれぞれに慶喜擁立に動いた。
西郷は大奥への工作を、橋本左内は京都での朝廷への工作に奔走した。
安政四年が終わろうとしている中で条約調印にも動きがでた。
12月29日、斉昭の元に海防掛の川路正謨と永井尚志の二人が訪れた。
斉昭としては知っている歴史の話なので特に身構えることもなく、何なら大袈裟に演じてやろうと思った。
「両人はなぜ今日参られたのか!?
元来、堀田正睦備中守は不埒千万で先だって意見を申せと言ってきたから私の意見を伝えたと言うのに理解できないようなら堀田も松平忠固伊賀守もぐずぐずと言ってたから持っての他だ!
備中守と伊賀守には責任をとって腹を切らせ、アメリカのハリスは首をはねてしまえ!」
我ながら怒鳴る演技が板についてきたなと思った。
川路は慌てた様子を見せて
「今後は外国の処置を将軍の考えを伺って堀田備中守を初め取り計らって参りますので、それならばいかがでしょうか?」
「それは私の知ったことではない。勝手にせよ!」
斉昭が言い放つと一瞬川路の口角があがる。そうだろうお前は私にこう言わせて嵌めてやろうと思っていることを知っているぞ。
斉昭も表情は怒っているが内心笑っていた。
これで斉昭は幕府との関わりを薄められ、自分に与えられた役割を全うする暇ができる。
さぁ、騙されたピエロを後で笑うが良いと斉昭も内心で笑った。
翌日は将軍の家定が大名を集めて堀田が条約調印が避けられないという話をするだろう。歴史は歴史の文献通りに進んでいる。
斉昭は二人の客人に背を向けて微笑んだ。