第百四十五幕
「松平乗全も実に人の掌で踊るのが上手い男だ。まさか貞治がこのような手に出てくるとは思っていなかったが特に問題ではないな。歴史にも影響はない。」
斉昭は落ち着いた様子で言った。目の前には頭を下げた状態で待機している一橋慶喜がいる。そんな慶喜が
「父上、井伊が大老になれば家定様の後継争いに大いに影響します。私の一橋派は革新的な藩が多く外国のものを取り入れた先進的な国家へと変貌を望んでいます。紀州の慶福は保守的で家定様とも考え方が近いと言われてますから、現状でも私が不利なのに拍車をかけるのではありませんか?」
「慶喜殿、そなたは将軍候補です。
容易く人に頭を下げるのはよしなされ。
まぁ、そなたの言いたい事もわかります。ですが、問題はありませんよ。あなたが将軍になり重大な責務をまっとうする未来は決まったようなものです。小さい頃からそうお伝えしてきたはずですがお忘れですか?」
「いえ、そのような事は決してありません。ですが、今のままでは将軍になれないのではないかと不安になります。」
「それはそうでしょう。あなたは今回の将軍継嗣では候補に終わるのですから。」
「それはどういう事ですか?私は将軍になれないのですか?」
「今回は(・・・)と申し上げました。
時代はこれからの2年で大きく動きます。それは為政者にとって大きな変化であり苦難の時です。
今からわざわざ頑張ってそんな時の為政者になる必要はないと申してるわけです。あなたにはあなたの役割があり慶福には彼の役割がある。近々、家定は慶福を後継に指名して後に死去します。そのタイミングでアメリカも動くでしょう。
我々は少し距離をおき静観します。彼らが日本を先進国にするための道を開いてくれるので、我々は道ができたら堂々とその道を歩けば良いのです。」
「なるほど、そういう事でしたか。かしこまりました、過度な動きは控えてあくまで支持者を離さない程度に行動いたします。」
慶喜はそう言って去っていった。まだ20代前半。
現世で私が大学の講義を行っていたくらいの青年はこれからの日本を築くための礎にされる。そう彼は土台であり後世にまで残る城にはなれない。あくまで土台なのだ。親子の情などはないが可哀想だと思う気持ちはやはり血の繋がりがあるからなのかもしれない。