第百四十一幕
人がいない辺りまで二人で歩きながら僕は警戒していた。
僕の事を水戸斉昭がどう思っているかはわからない。もしかしたらこの場で襲われる可能性もある。水戸黄門までやって僕を見つけるほどだからよほどの執着があるのかもしれない。どこから刺客が来ても対応できるように注意をはらっていると斉昭が
「あはは、そんなに警戒しなくても危害は加えませんよ。
吉田松陰もあなたもどうやら私を誤解しているようだ。」
「松陰を追いかけ回しているのにですか?」
「松下村塾の門下生はあなたの藩の長野主膳の門下生よりも時代に名を残す存在達ですからね。しかも新政府側として。
そんな存在を野放しにしていると思われたらイメージが悪いでしょ?だから、部下には追わせてますが別に捕まえようと思ってません。なぜなら彼には人を導く才能や好かれる才能はあっても世界を変える計画を建てる才能がありませんでしたから。」
「僕に興味を持たれたという事は僕にはその才能があると思われたからですか?」
「それはまだわかりません。ただ、直亮殿にはその才能があった。私が興味を持ったのはあなたが直亮殿の英才教育を受けたこの時代の者なのかそれとも未来の知識を持った転移・転生者なのかという所です。直亮殿は井伊直弼を本当の偉人にするために自分は生きていると豪語される方でした。今は愛する女性と旅をしながら気楽にされてるようですけどね。」
「そんな事までご存じなんですか?」
「私は自分を調整者と呼んでいます。あなたのいきなり現れたという感じは転移者でしょう?松陰のように転生してきたわけでもなく、私のように実在した人に憑依したわけでもない。」
「調整者とはどういう事ですか?」
「私は前世で歴史学者でした。とうぜん、あなた達よりも深く歴史を知っているし高校でも習わないような知識も有しています。
私はきっといるかもわからない神によって歴史を乱させないために遣わされた存在なのだと思います。
転生者は生まれ持った知識で歴史を自分の理想のように改変しようとする。転移者はその時代の恩人に恩を返そうとその人に知識を伝えたりより良い方へ導こうとする。
でもあなたはそれをしない。確かに導いている部分はあるが自分から歴史を変えようとは思っていない。」
「あくまで歴史の通りに事を運ぼうとしているわけですか?
桜田門で直弼様が死ぬように?」
「それが正史……正しい歴史です。彼が死ぬ事により幕府の威厳は地に落ち、倒幕の流れを産み幕末へと向かう。
決まった道筋を辿らなければ我々の知る未来は来なくなり必要以上に死人や不幸な人が出てしまう。
私が望むのは変わらない未来です。」
「未来が変わったかはこの時代に生きてる限りわからないじゃないですか?どんな犠牲が生まれたのかも。」
「確かにそうですね。私は現代で死にました。私も松陰もおそらく未来へ帰る事はないでしょう。でも、転移者は可能性がありますよ。我々は死んだという事実があるがあなた方は何かしらのきっかけで時空を越えているだけで死んでいない。
そのときの姿のまま戻るのかそれとも飛ばされる前の姿で戻るのかはわからないですし本当に戻るのかもわかりませんが、あなた達転移者にだけは可能性がある。
もしあなたが帰れたなら確認してください。直亮の努力や私の努力、そして松陰の努力……あなたの努力もですかね。」
「それは………」
僕が言いかけると斉昭は笑顔で「またお会いしましょう。」と言ってどこかへと行ってしまった。岡っ引きが二人走ってきて
「貞治様大丈夫ですか?怪しい人に連れてかれたと聞きましたが?」
「ああ、大丈夫です。」
僕は斉昭の消えた方を見ることしかその時はできなかった。