第百三十八幕
僕は知り合いの岡っ引きと一緒に奉行所へとやってきた。
僕の来訪を聞いて慌てて奉行が飛び出てきた。
「これは脇殿!本日はいかがされましたか?」
「散歩をしていたら吉田松陰らしき男がいたので話していたらこちらの方々も同じような情報を得て来られましてね。
まぁ、残念ながらなのかはわかりませんがその男は特徴が似てるだけの男でしたよ。勘違いされたのを面白がって話していただけのようです。この話だけだと報告しづらいかなと思ったので僕に説明させてほしいとわがままをいいましてね。」
「ああ、そうでしたか。
でも、おかしいですね。信頼できる所からの情報だったのに間違いでしたか?」
「差し支えなければ誰からの情報だったか教えて貰えますか?」
「う~ん、まあ脇殿なら大丈夫でしょう。
水戸藩からの情報でした。水戸藩の屋敷で捕まえていた事もあったので間違えるとは思ってませんでした。」
「そうですか。余計な事をしてしまったかも知れませんね。」
「あっ、大丈夫です。水戸藩から何か言われても脇殿の事は内密にしますので。」
「そうですか、助かります。」
水戸藩からのタレコミを彦根藩士の僕が否定したなんて話が立てば水戸藩からの反感を買ってしまう。それが直弼様の側近の僕がやったとなるとさらにややこしい問題に発展する可能性がある。
大地震の際に僕は藩士と共に周辺の長屋の復興の手伝いを行っていた。その際に多くの岡っ引きの人と知り合い仲良くもなっていたのがここに来て功を奏した形になった。
情は人のためならずとはよく言ったものだなと今になって思う。
僕が考えていると奉行が
「そう言えば井伊殿が大老になるかもしれないとの噂がありますが実際はどうなのでしょうか?」
「そんな噂があるんですか?」
「溜間詰の松平様が水戸斉昭様に反抗する勢力の頭に井伊殿を据えて大老職に推薦しようとしてる等と噂になってます。
こんな話が出ると色んな藩の藩士間でいざこざが起きるので我々も警戒してるんですよ。」
「そうですか。松平様は外堀から埋めるのが得意な人ですからね。わざと噂を流して周囲をその気にさせてから直弼様に就任を迫る気なのかも知れませんね。まぁ、あまり広げないでほしい噂ですね。」
「そうですか。わかりました、しっかりと取り締まっておきます。」
僕は礼を言って奉行所を出た。
もうここまで来ている。直弼様が大老に就任をすれば将軍継嗣問題や修交通商条約、そして安政の大獄と続いていくため、急いで準備を進めようと改めて思った。