第百三十三幕
「殿、宇津木景福様からお手紙でございます。」
「ああ、ありがとう。」
岡本半介は家臣から手紙を受け取った。差出人は宇津木景福となっているが、これは貞治様からの手紙だと確認した。手紙の景の字に一本線が多く入っている。本人なら間違うはずのない一本の線がこれが貞治様からの手紙だという証拠となっている。
手紙の内容では初めの方に堀田正睦殿の老中首座就任の話があり、続いて小浜藩の堀割計画の発覚が書いてあった。これは琵琶湖の北部を治める酒井家の小浜藩が琵琶湖に運河を作り、北回りでの交易を計画したものだ。彦根藩の不利益にしかならないこの計画に直弼様は頭を悩ませているらしい。
大津には各藩の蔵がありその中でも彦根藩の佐和蔵は一番大きく年々四万俵から九万俵の米を扱っているから北国の米が入ってくるとかなりの損害になってしまう。
さらに大津に向かう街道は彦根藩の領地を通らないといけない部分があるため宿場町には多くの宿泊費などの収入がある。これらも運河が出来れば使われる事が少なくなる可能性がある。
貞治様が最も懸念していたのは、この事案に関して阿部正弘前老中首座が黙認していて、堀田殿に引継ぎをしていなかったという事らしい。直弼様がいる溜間詰は幕府内での発言力が強く、そのうえで溜間詰の所属する人は少し特権意識を持つ人が多いらしく反感を買いやすいとも聞いている。
その辺の事情から阿部殿の嫌がらせだったのかもしれない。貞治様が心配しているのも彦根藩に対して反感を持っている者達によって陥れられるのではないかというところだろう。
小浜藩は確か天保年間に大雨からの飢饉などがあり財政が厳しい状況になっているとの話もあるし、もともと冷害などが多い土地柄なだけに農作物に依存しない経済を模索した結果なのかもしれない。
ここまでは通常の文字で書かれた誰が読んでも内容がわかるものとなっている。
これなら次期藩主の教育係に向けて江戸での状況を伝えるだけの内容に見える。ここからは暗号化された文章が書かれている。貞治様と決めた手順を採らないと書かれている内容が一切わからないようになっている。
手順を正確になぞりながら読み解いていくとその内容に驚愕した。