第百三十二幕
「う~ん…………」
直弼様は書状に目を通しながら唸っていた。
先の大地震の際に彦根藩の屋敷は被害が軽微だった事と迅速な支援により多くの人を救った。この歴史が正しいものなのかはわからないが、これにより直弼様の評判はうなぎ登りとなった。
被害からの復旧を果たした藩からは感謝の気持ちとしても各地の特産品や感謝の書状が大量に贈られてきた。
それにどう返すべきかと悩んでおられるのもそうだが、他にも色々な問題を抱えている。一つに名声が高まった事で鎮火しかけていた直弼様大老論が再燃して来ている事だ。
直弼様が大老にならなければ桜田門外の変を回避できるのではないかと考えた事もあるが直弼様の意思を尊重するなら、大老になりたいと思っておられた場合に阻害してしまうのでどうすべきか迷っている。他にも領地の方で少し問題が起きているとの話が伝えられた。こちらはまだ詳しくはわかっていないが直弼様自らが彦根に戻って対応をしないと行けなくなる可能性もあるため様々な手続きをとるか等も頭を悩ませる一因だ。
直弼様が悩まれているのを目の前にして僕が何も言わないのは直弼様の判断を第一にするためであり、そして僕も悩んでいる事があるからこそ直弼様の様子を伺いなから自分の方の考えもまとめていた。直弼様が一息入れて
「よし、考えても行き詰まったままだから少し休憩とする。
皆も休憩してくれ。」
直弼様の回りに居た家臣が部屋から出ていく。僕は少し周りの状況を見てから立とうとすると直弼様が
「貞治、少し良いか?」
「いかがされましたか?」
「今回の支援による評価が上がった事に関しては貞治からの助言のおかげだと思っている。皆から感謝されるのも悪くはないし、それで色々と言われているのも別に気にしないが、返礼品に関しては困っている。貞治の方で何か良いものを見繕ってくれないか?」
「承知いたしました。直弼様のご友人がたには特別なものを、そうでない方々にはそれぞれ不足品を見定めた上でお返ししておきます。」
「よろしく頼む。」
「では、僕も少し席をはずしますね。ゆっくり休んでくださいよ?」
「わかっている。」
直弼様は笑顔で言ったので僕は礼をして部屋を出た。
僕は自分の部屋に戻ると紙を広げて手紙を書き始めた。
桜田門外の変はできるだけ回避したい。そうなると水戸藩の動きには注意しないといけないし、安政の大獄で多くの者が処刑されるという未来もできたら変えたい。
直弼様が自分に反対するからと多くの者の命を奪うとは思えないから合議により採択されるのだろう。
ならその採択の穴をつく作戦を考えなければいけない。そこで僕は今のうちから一つの策を実行しようと思い岡本半介に向けて手紙を書く事にしたのだった。