第百三十幕
「それで松陰殿、これからどうされるのですか?」
「どうとは?」
「徳川斉昭に相手にされず釈放されてから、あなたは何かに慎重になられている。側にいる我々にとっては良い事ですがあなたが以前おっしゃっていた事を考えるなら少し不安にも思います。」
「安政の大獄により私は処刑されるって話ですか?」
「ええ、もう安政年間に入りました。あなたの言う事ですから嘘ではないのでしょう。そうなると安政年間が終わるまでは大人しく引きこもっておられた方がよろしいのではないかと思います。」
「私は時代を変えるために生きてきました。さすがに私も死ぬのは嫌ですから行動を考えねばいけないとは思いますが、ここで隠れて動かねば私が時代を変える事ができなくなる。
私は私こそが革命家となりたいのですよ。」
「まったく。堀田正睦殿が老中首座になりましたがここから弾圧されるのですか?」
「いいえ。私を処刑するのは大老井伊直弼ですよ。」
「なんと井伊殿が大老になられるのか?しかも松陰殿を処刑するとは思えませんが?」
「まぁ、まだもう少し先ですよ。通商条約を結び、その条約に批判した人物達を取り締まったのが安政の大獄です。
そう考えるとまだ猶予はありそうです。」
「では、井伊殿が大老にならないように誘導するなりすれば大丈夫なのではないですか?」
「いや、大老が井伊直弼であると言うだけです。確か幕府は合議制になったはずですから、大老といえどもトップダウンで処刑をするのは難しいでしょう。そう考えると井伊直弼が私を殺そうとするのか合議の末に私を処刑せざるを得ないとなるかの二択です。人に聞く直弼は思慮深く優れた人らしいですからもしかしたら後者なのかもしれない。なら合議に参加する者に私の味方を増やしておくのが最善かもしれません。」
「なるほどではそういたしましょう。他には何か調べることはありますか?」
「斉昭公の動静に注意して下さい。彼がどう動くかも重要ですから。」
「承知しました。」
男が離れていくのを見て松陰は落ち着いていた。転生時の記憶では知り得ないことが多いし今の状況では逃げることもできないし転生者でも転移者でもない斉昭にには十分に注意しないといけない。時代を変える前に自分の運命を変えないといけないのは途方もないことのように思えた。