第百二十六幕
安政2年(1855年)10月2日、僕は直弼様に伴って江戸の彦根藩上屋敷にいた。今回の江戸への旅路には僕と中川禄朗先生が共に上京し、長野主膳は京都で公家からのお誘いがあったため門弟を何人か連れて行ったので同行していない。
鉄臣から手紙で色々と教えて貰ったが、僕からすると何も問題はない。いや、むしろ朝廷と直弼様の関係が良好になれば通商修交条約を天皇の許可の元に結ぶことができるかもしれない。
確か朝廷から認められていない条約として批判が起きて安政の大獄に繋がった気がする。そこが解決すればもしかしたら直弼様の未来を変える事ができるかもしれない。
僕の記憶では安政の大獄がいつ起こるかまでの年号は覚えていない。こんな事になるならしっかり勉強して覚えておけば良かったと思うが今更だなとも思う。もうすでに安政年間に入っているのだから近いうちに起こるかもしれないと思うとゾッとする。
今がだいたい夜の九時半前で、ほとんどの者が眠っている時間であるが翻訳などをしていたら遅くなってしまった。
現代人からしたら夜九時に寝るとか驚きかもしれないな。現代にいたらテレビでドラマを見たり、スマホをいじったりしていただろう。そう言った娯楽もなく電気もないためろうそくに灯をともして明かりを確保する時代なら寝てしまった方が良いのだろう。
突然、地面から体を押し上げるような強い力を感じた。次の瞬間、僕の視界は縦や横にめちゃくちゃに揺れた。
地震だ!僕は急いで大声で
「地震だ!タンスや棚から離れて戸を開けろ!
外には飛び出さず布団や座布団などの柔らかいもので頭を守れ!
揺れがおさまるまで危険を感じない場合はその場でじっとしていろ!」
今までに感じた事ないのない強い揺れのため、木造建築しかないこの時代ではかなり不安だったが、それよりも外に出ようとして人同士でぶつかったり、屋根の瓦が落ちて当たったりする方が危険だと思ったからの指示だった。
揺れが落ち着き僕は直弼様の元へと走った。
「直弼様、ご無事ですか?」
「ああ、問題ない。貞治の指示のおかげで騒ぎも起きずにすんだ。この後はどうする?」
「地震は波があります。また大きな揺れが来る可能性がありますので、外の安全な場所に天幕をはりそちらに移りましょう。」
「わかった使用人達も入れるように数をだせ。」
そう言って直弼様は外に出ると大きな声で
「皆、次の揺れが来るかもしれぬ。外の建物から離れた場所に天幕をはり全員の安全の確保を早急に行え!
指示は貞治が行うからそれに従え。」
「倉から天幕をできるだけだせ!布団や座布団などを地面に敷き自分がいる場所を作れ。
畳を運べるものは力をあわせて運べ。」
僕はそれから、指示をだしていった。幸い彦根藩上屋敷において死者はでなかったようだ。