第百二十五幕
「半介殿!」
自室で書物を読んでいた岡本半介は突然の来客に目を丸くした。
「ああ、鉄臣か。突然どうした?」
「謹慎処分って何をやってるんですか。
貞治様にも迷惑をかけて!」
「確かに命が危ないところまでやりすぎてしまったが、結果的に藩士達の抱える不満が一つ解消されたから良かっただろう?」
「半介殿の命をかけるほどの問題であったかを天秤にかけるべきだと言ってるんですよ。」
谷鉄臣がここまで熱くなるとは人とは変わるものだなと半介は思った。医者の息子で熱心に勉強している所を見て貞治様に教えを請う時に共に連れていって一緒に学んだ。
直弼様の反対派を作った時も色々と理解してくれた。
そんな弟みたいな存在だからこそ熱くなるほど心配をかけた事は申し訳ないし嬉しくも思う。
「直弼様の体制を維持するためには不満のため場とはけ口が必要だ。私の所に溜めた不満を貞治様に共有する事で間接的に直弼様のお役に立っている。まぁ、陰でこっそりやってるから直弼様には伝わらないからこそ今回のような事も起こる訳だけどな。」
「直弼様は貞治様の言いなりだ等と言ってる藩士もいましたよ。お二人の関係性も知らずに何を言ってるのかと思いましたが、さすがに口にはしませんでしたよ。」
「長野門弟の奴らの話か?
何か学べる事でもあるのかと不思議には思っていたぞ。」
「特に学びに言ってるわけではないですよ。
藩政を行う多くの者が長野主膳の門弟ですし、長野が貞治様を良く思っていないのは見てとれますから、偵察がてら参加してるだけですよ。」
「何かつかめたか?」
「長野は近々、京都に行くようですね。『サイショウ』という人からの手紙を見て思い立ったようですから何者かからの情報が入ったのでしょう。」
「朝廷との関係をとりなそうとしているのかもしれないな。というか、長野門弟の集まりに顔を出して普通になじんでいる鉄臣もすごいとは思うけどな。」
「適当に話を合わせてたら気に入られただけですよ。
公家との関係を持っているのは長野主膳ならではですもんね。」
「長野殿も焦っているのだろうな。何か成果を上げないと側近としての立場が危ういとでも感じているのだろうな。」
「貞治様との関係もありますが、これ以上は貞治様に迷惑をかけないようにしないといけないですね。」
「今回は私も迷惑をかけすぎた。今後は直接のやり取りもなくしていこうと思う。」
「それではどのようにしてかかわっていくのですか?」
「兄の名前で手紙を書いてもらい、兄に届けるように手配して手紙のやり取りをしようと思う。」
「そんなうまくいきますか?」
「西村殿を介して行えば問題はないと貞治様が言っていた。愛磨様の教育係を任されたからその関係で西村殿と懇意にさせてもらえるから多少のお願いも聞いて貰えるらしい。」
「半介殿も大変ですね。お互いに色々とありますが貞治様には迷惑をかけないように気を付けましょう。」
鉄臣の真面目な顔から尊敬している感じが伝わってくる。貞治様に色々と迷惑をかけたからこそ、この恩に報いるためにも頑張って行こうと思った。