第百十六幕
僕は浦賀からまっすぐに江戸に戻らずに一度彦根に戻って所用を済ませてから江戸の直弼様の元へと戻った。
そうこうしているうちにも四月六日になっていた。江戸屋敷に向かう途中で江戸湾警備についていた小西貞徹の所によって一緒に昼食を食べた。彦根藩が任されている江戸湾警備に加わっていたため貞徹はなかなか彦根に帰れずにいたため彦根の話で盛り上がった。初めて会ったのは芹川のほとりで貞徹と秋山善八郎が剣の稽古をしていたところだった。弘道館の中でも実力があった直弼様とタイムスリップしたばかりで体格が良かっただけで素人だった僕では剣術の練習にならない時の方が多かったが、その相手役もしてくれたのが貞徹だった。結婚もして子供もいる貞徹が家族と離れて暮らすのは寂しかっただろう。元々足軽の家系の貞徹が藩主のそばにずっといられるわけもなくなっていた。そんな中でもたくさんの藩士から尊敬され慕われている貞徹を見ると僕よりずっと偉い人のように思えた。僕は直弼様ほど拘束があるわけではないから次の休みにまた酒でも飲もうと約束して直弼様のもとに向かった。
江戸の彦根藩屋敷に着くと直弼様は書類の前でうなられていた。
「直弼様、只今戻りました。」
「おお、貞治。条約締結時の警護ご苦労だった。今、江戸城内では応接掛の対応は正しかったのかなどの議論が起こっていてな。一部では阿部殿が責任を取って辞任しようとしている等との噂まで流れている感じだ。
貞治はその場にいた人間として彼らの対応は過ちだったと思うか?」
「ペリー総督を相手に譲らない姿勢を見せられた四名の方には敬意を表します。
精強なアメリカ軍人に囲まれながらも怯まずに対応されていました。城の中で品評するだけの彼らには決してできなかった対応でしょう。」
「全く耳が痛いな。色々と不備はあったが決して悪い条約ではなかったという事だな。」
「最恵国待遇や領事駐在が問題にならないかが気がかりですが、アメリカ側としても機嫌を損ねるほどの抵抗がなく敵対するような事はないでしょう。」
「そうか。他に何か気になった事はあったか?」
「そういえば会談が終わった後に若い男がペリーに会わせてほしいとやってきましたね。
正規の手段で紛れ込まれた感じではなかったので気になりました。まあ、僕も正規の人間じゃなかったのであまり騒ぎにしないようにはしましたが。」
「若い男か・・・・名を聞いたか?」
「その男からではありませんでしたがその男を連れ戻しに来た者が『吉田殿』と呼んでおりました。」
僕が言うと直弼様は大きな声で笑い始めた。僕は意味がわからず
「どうかされましたか?」
「いや悪い。実は先日の二十七日に黒船の艦隊が下田に寄った際に長州藩士の吉田松陰という若者がアメリカへの密航をさせてほしいと黒船に忍び込んだという事件があった。もちろん、吉田は下田でこちら側に引き渡されたわけだが、まさかそこで繋がってくるとは思ってもいなかったのでな。」
「彼が・・・吉田松陰?」
「なんだ知った名であったか?」
「私のみが知る知識の中の住人ですよ。」
未来の知識で知っている事があった時に僕が直弼様にいう言い回しだ。僕がこの時代に来て学んだ事を基に話す時と現代知識を基に話す時の違いを作るために直弼様と決めた言い方だった。
直弼様とは出会ったときに歴史について何か知っている事があっても教えないでほしいと約束していた。もちろん僕は歴史のすべてを詳細に覚えていたわけでもないから聞かれても困っていただろうが、それでも知っている名前や事件名などを聞くとポロっと言ってしまう時があったために作った決め事だ。
「そうか・・・黒船に侵入しようなどと考えて行動できるような人間ならさぞかし面白い事をしていた人なのだろう。会う事があったらぜひ話してみたいものだ。」
「直弼様は今は何にお悩みですか?」
「実はまだ正式にお触れがあったわけではないが、彦根藩が江戸湾警備から京都守護へと変りそうなのだ。それに伴っていま警護について貰っている藩士には一度彦根に戻ってもらう事になりそうだ。
長く江戸での仕事を任せていた者もいるから何かほうびを出したいと思ったが良い物も思いつかないしあまりお金を使いすぎても家老共がうるさそうだしな。」
「あはは、そうですか。今日の昼に貞徹と昼食を共にしてきましたが彦根を懐かしんでいましたよ。
帰れるだけでほうびとなるのではないですか?」
「貞徹と食事か・・・良いな。私も混ぜてほしかったものだ。また共に食事を共にしたり茶を楽しんだり、和歌を・・・・貞徹は和歌はあんまりだったな。」
「あはは、そうですね。酒を一緒に飲もうと約束してましたがそれもまた先になりそうです。」
「家族と楽しく安穏に過ごす事こそがほうび等と言われる世界は終わらせたいものだな。」
僕と直弼様は少しばかり昔話を楽しみ貞徹と共にやりたい事を話し合って笑いあった。
この時はそんな未来が二度と来る事がないとも知らずに。
四月八日、彦根藩が京都守護につく事が正式に決まり江戸湾警備の者達は彦根に帰れる喜びから宴会を行っていたらしい。その最中に小西貞徹は倒れ二度と目を覚まさなかったのであった。