第百十四幕
「斉昭殿、黒船がきましたぞ!」
江戸城内の執務室で仕事をしていた徳川斉昭のもとに阿部正弘が駆け込んできた。斉昭としてはいつ黒船が来るかも知っていたから慌てるほどでもなく準備していた回答を行う。
「もうですか。では、使者をおくりましょう。
こちらが使者への指示書です。
大まかに言うとこちらは戦闘の準備ができていない、むやみやたらに攻撃をして海岸警備の緒藩に損害を与え幕府への不興を買うわけには行かないため港をいくつか解放するが、通商は行わない事を条件とする事に致しました。通商は信頼関係の構築が進み次第とりおこなう事にいたしましょう。あちらに誠意のある対応ができるなら時期は速まるだろうとも伝えさせます。」
「なんと、もう対策もできておられるとはさすがですね。」
「いえ、何が起っても対処できるように色々な対策を考えておいた事が功を奏したのでしょう。」
「ありがたい。では早速、使者に書状を渡して参ります。」
阿部正弘は老体にも関わらず走り去っていった。あれが名宰相と呼ばれた男かと思うとなんともいえない気持ちになる。
とにかく、計画は順調に進んでいる。
城内がバタバタと騒々しくなってきているが、斉昭は自分の仕事を終えたのでこれから焦る事等もない。
斉昭は周囲に誰もいない事を確認して、ここにはいない人物に語りかける。もちろん、返答を求めてのモノではないがその人物に物申さずにはいられなかった。
「なあ直亮殿、歴史は繰り返されるものですよ。いくら初めからやり直しても結局はその場にいる人間たちの思惑に流され決まった場所に行きつく。そして人はみんな同じような事しか考えない。
金・名誉・出世そんなものばかりに気を取られて同じ過ちを繰り返す。
あなたが言っていたように完璧な為政者がいても長くて40年、受け入れない人間がいればすぐに殺されて終わりでしょう。いくら試練を与えてより良き指導者を育てたとして意図した育ち方をするとも限らないし、育て親がいなくなれば先導者を失って迷走する事になりかねない。
実際に彼は学者を集め知識の渦の中にいる。そして周りの影響をそのまま吸収している。
決まった道筋からそれればそれを改悪と呼ぶのですよ。歴史という決まった物語を好き勝手にいじってはいけないし、『流れ』がそれを許さない。人とは川に落ちた葉なのですよ。
それぞれに乗る流れも違うし行きつく場所も違う。見えない『流れ』が我々を運び人生を決めていく。
逆らう事の出来ない事は存在するし、流れを守らない人間を忌避するような私のような人間がいる事以上物語の改変は起こらない。あなたが死んだなんてあるはずはないから今もどこかで物語を見ているのでしょうね。あなたの起こした変化はきっちりと回収してやりますよ。そして桜田門に繋げて見せますよ。」
斉昭はそう言って一人で笑った。