第十一幕
屋敷の中をドタドタと走り回る音が聞こえる。
時計がないこの時代では今が何時なのかわからないが、慌ただしさが伝わってきた。なにか起こったのかと思い、寝巻きのまま廊下に出ると養父である脇殿が走ってきた。
「義父上、何かありましたか?」
「おお、貞治!
直亮様より文が来て、鉄三郎様と弟君の元服が決まったのだ。」
「ああ、その話ですか。
正式な日程や元服名も決まったのですか?」
「なんだ、知っておったのか?
いや、文が来たのは先頃だぞ。なぜ知っている?」
「まあ、落ち着いて下さい。
先日、西郷殿が翻訳の事で来られた時にそのような話をされていたんですよ。
不作の影響で質素な儀式のみを行うと聞きました。」
「なぜ教えんのだ。
わかっていれば、我らだけでも盛大にお祝いしようと思っておったのに。」
「正式に文書で伝えるとお聞きしたので、先に話すと鉄三郎様の兄君達の事もあり、厄介事が増えそうでしたので。」
「なるほど、そういうことか。
して、元服名は誰がお決めになられると言っていた?」
「直亮様がお考えだと西郷殿は言ってました。」
「そうか。
日程や元服名はまだわからんが、藩内の状況にも目を向けつつ、できるだけ盛大にお祝いするとしよう。」
そう言って義父上は走っていった。
それから数日が過ぎて、正式な日程と厳重な箱に入った元服名が届いた。
鉄三郎様は特に気にされる様子もなく、
「父上が亡くなられてもうすぐ一年になるという方が感慨深いものがあるな。
それに貞治と出会ってからも一年か。
日々の過ぎ行く様は、振り返れば鉄砲の玉のように速いものだな。」
「義父上が直亮様に代わり、月代を入れさせて頂く事になったそうです。」
僕が言うと、鉄三郎様は嬉しそうに
「そうか、脇殿がやってくださるのか。
父上が亡くなられてからは、父代わりのようなものだったしな。
よろしく頼むと伝えてくれ。」
「承知致しました。
それでは、英語の勉強を始めましょうか。」
「うむ、よろしく頼む。」
鉄三郎様の目はとても輝いて見えた。現代の18歳にこれほど真剣に勉強を楽しんでいる人がいるのかと思うほどに鉄三郎様はどの学問に対しても真剣にそして楽しいそうに取り組んでいた。
鉄三郎様が
「どうかしたか?」
「いえ、学ぶ姿勢について僕も見習わなければと思っただけですよ。
それでは始めていきますね。
まずは単語テストからです。」
「今日こそは満点をとって見せるぞ。」
僕の知ってる限りでは単語テストをこんなにも気合いをいれて受ける人はいなかった。少し笑いかけたが取り直して、単語テストを鉄三郎様に渡して、
「それでは、始めて下さい。」
鉄三郎は真剣な顔で単語を読み上げては考えている。英単語を読み上げる事が出きるほど勉強してきたのかと感心しながら、鉄三郎様を見守った。
あと数日で「鉄三郎様」と呼ぶことがなくなると思うとさみしい気持ちになった。