第百四幕
江戸彦根藩屋敷
直弼はマシュー・ペリーというアメリカ側の代表者が軍艦を率いて現れ、そして来春の再来を告げて去って行った一か月以上あとに江戸へとやってきたので状況を整理するとともに貞治への情報共有などに勤めながら過ごしていた。浦賀に来航した黒船は去り際に江戸湾に現れて江戸中に大騒ぎを起こしていったらしい。
直弼が各方面に情報を確認するために手紙を書いていると長野主膳が部屋へと入ってきて、
「直弼様、今少しお時間を頂けますか?」
「どうした?」
「私の門弟にいろんな場所で情報を集めさせたところ留意しておくべき事がありましたのでご報告をさせて頂きたく思います。」
「なるほど。では聞かせてくれ。」
「はい。まずは老中首座の阿部正弘様ですが人柄も良く優秀な方ですから今回の事案に対しても対応はされていたようです。政治面では問題ではないのですがどうやら彦根藩士の宇津木殿はあまり好まれていないようなので、少し彦根藩に対するあたりは強くなる可能性もあります。」
「宇津木殿は今回、アメリカ側と少しもめかけた時にうまく仲裁を行ってくれたらしい。
かなり英語も上手かったという話も聞いている。私としては重用しても良いかと思っていた時だがやめた方が良いと思いますか?」
「そこまでする必要があるとは思いません。優秀な人間を数多く登用されている方なので宇津木殿が優秀だと認められたら問題はないでしょう。どちらかというと前藩主の直亮様に対しての印象が悪くその隣におられた宇津木殿にも矛先が向いているのではないかと思います。」
「そうなのだろうか。他に何かありましたか?」
「こちらの方が問題かもしれません。阿部殿が重用されている水戸斉昭という人物がいます。
徳川御三家の一つ水戸藩の元藩主だった方なのですが幕政改革を推し進めようとして大奥や保守派から反感を買い隠居させられた人物です。政治手腕なども優れており阿部殿も認められているようです。
その方が黒船来航の少し前に将軍との仲も取り持たれており幕政への復帰ももうすぐだと思われていた中で阿部殿はアメリカ側への返答についても水戸斉昭に意見を聞いたようです。詳しくどう答えたかなどの情報までは得られませんでしたが、水戸藩の影響力が高まれば今後の将軍継嗣問題が起こった時などにも影響が出るものと思われます。彦根藩は土地柄というかなんというか紀州徳川家とのつながりが強いので敵対関係になりかねない部分はあります。」
「将軍継嗣問題でどうこうは置いといて、水戸藩は昔ながらの天下の副将軍を預かる家として発言権が強まるのは仕方ないとしても隠居させられたという事を斉昭殿が恨みに思われていたら保守派などが大幅に粛清される可能性もある事が心配だな。引き続き情報の収集を頼む。何かあったら報告してくれ。」
「承知したしました。」
長野は短く答えて出て行った。