第百三幕
僕は彦根城内の執務室で仕事をしていると谷鉄臣が入ってきた。
「貞治様、いま少しお時間を頂けますか?」
「どうした?」
「黒船の来航について話が出回っておりますが、遠い浦賀の話でどこまでが正しい情報なのかわかりません。貞治様はどのようにお聞きになられてますか?」
「聞いている話だけなら皆とそう変わらないだろう。」
「では、貞治様個人としての意見をお聞かせください。なぜ来航したのか、これからの日本はどうなると思うか。」
「なんだか真剣だな。鉄臣が巻き込まれるような大事件は起きないかもしれないぞ?」
「私が良ければそれで良いと思いますか?変化を知らなければ対策も何もなしに私の周囲が不幸になる事も考えられます。
変わる事を恐れずに新しい事に挑戦する姿勢を直弼様や貞治様から学んだ身としては変わる事に対して常に意識しておきたいのです。」
「そうか。半介は一緒ではないのだな?」
「半介殿も聞かれたいと仰ってましたが手の離せない案件があるらしく時間が合いませんでした。」
「なるほど。僕が思うに今回の来航は向こうも綿密に計画をして行ったものだと思う。実際に幕府の上層部にはオランダからそのような内容の報告書があったために特別に慌てている様子もないとの見方もできるらしい。だが、以前にもイギリスが来航するかもしれないとの報せをオランダがしたが実際に現れなかったために今回も対策を練るところまでは進んでいなかったのだと思う。
来航の目的は開国だろうね。」
「貿易が目当てということですか?」
「閉ざされた場所にお宝が眠っているかもしれないと思うのは人の心理としては納得できるだろ?何よりオランダと中国としか通商がないなら入り込めれば利益も多いと考えられるからな。」
「それならもっと友好的な手段を取るなり、まずは長崎に上陸するなりした方が良かったのではないですか?」
「おそらくだが、長崎ではオランダに邪魔される可能性もあるし何より江戸から遠い場所ではこちらの決定が伝わるのに時間がかかる。軍艦を連れて来てさらに江戸の近くに現れる事で武力の誇示とこちらに敵対心を持たせないようにしたのかもしれない。
日本を開国させるためにはそれだけの力がいると判断されたのだろう。」
「なるほど。それでは日本はどう変わりますか?
「すぐに開国とはならないだろうが時間の問題だろう。日本は開国し新しい学問や文化の吸収が始まり、そして……日本国内での戦いになるだろうな。」
「幕府とその他の大名との戦いですか?」
「いや旧時代にすがり付きたい者と新時代を願う者の戦いだよ。
鉄臣がどちらに立ちたいかを決めるなら自分が本当に興味のある方にした方がいいよ。」
「良くわかりませんが、そのときは貞治様の意見も聞きながら考える事にします。」
「そうだな……」
僕は幕末まで生きていられるのだろうか?高校の社会の先生が言っていた『井伊直弼の死から幕末は始まった。』という言葉を思うと直弼様を死なせない事ができれば明治維新もなかったのかと思うが遠くない未来に『あの事件』がくるだろう。
僕は自分がどう行動するべきかわからないのに誰かにアドバイスができるのだろうかと不安になった。