第百幕
僕は岡本半介と谷鉄臣の二人を呼んで集まっていた。
半介には反直弼派を任せているから会うのは危険かと思ったが、逆に距離を置けばそれはそれで怪しく見えると考えて鉄臣も交えて会う事にした。
「突然、呼んだのに集まってくれてありがとう。」
僕が言うと半介はすぐに
「いえ、貞治殿から学ぶ事は多いですからお呼びくださり感謝です。できたらで良いのですが最近の外国情勢のお話もお聞かせください。」
「僕も彦根と江戸の往復が多くて新しい情報はそんなにないな。
そういえば江戸の屋敷に長崎の商人が来て、カステラを売ってくれたんだ。美味しかったから次に江戸に来る道中は彦根に寄ってくれないかと頼んだら、喜んでと言って貰えてね。
脇の家に持ってきて貰うことにしたから、届いたら二人にも渡すように家の者に言っておくよ。」
「カステラですか。信長公もお気に入りだったというお菓子ですね。楽しみです。」
そんな話で僕と半介が盛り上がっていると鉄臣が
「お二人はあの噂をご存じないのですか?半介様が直弼様に不満を持つ者を集めている等と言う話をよく聞くようになりました。そんな者と貞治様がお会いになられていては余計な詮索をされかねません。それに関しては貞治様はどのようにお考えなのですか?」
鉄臣は真剣な顔で聞いてきた。僕も真剣な顔になり
「鉄臣、噂に関しては僕も知っているよ。
でも、僕にも半介にもまったく心当たりのない話だ。
なんなら、半介は家老の家の当主として藩士の様々な意見を聞き、それを藩政に活かして欲しいとすら思うよ。
半介が若い藩士から信頼されていればそういう話をする者も中にはいるだろう。特に直弼様が部屋住みだった時にバカにしていた者達は内心戦々恐々としているのかもしれない。昔の恨みから直弼様に冷遇されるのではないかと思うのも当然だ。
まぁ、直弼様は家柄を無視して優秀な者を重用されようとしているから家柄頼みで威張っていた者達は居場所を失うかもしれない
。でも、そういった者達は自業自得だよ。
人を貶す時間があるなら自分が成長するために時間を使うべきだし、自分はたまたまその家に生まれただけで家柄が良いのは自分の功績ではないと自覚し自分を高めるために努力しなければいけない。それをせずに漠然とした不安のもとに直弼様を恐れている者が多いと言うだけの話だ。
それに新しい藩主が生まれれば、その側近になろうとあがこうとする者も出てくる。僕の事を良く思っていない者が僕と半介の関係を知っていれば二人を陥れるために愚策を労する事もあるだろう。例えば、あそこの草むらに隠れて僕らの話を聞いてる方達もそういう手合いだろう。」
僕が指差すと慌てたように走り去ろうとした男の一人に秋山善八郎のラリアットが命中した。僕はそこまでしなくてもと思ったが善八郎が二人の男を引きずって来ると僕は急須からお茶を入れ、連れてこられた二人に出して、
「我々に後ろめたい事などはありませんよ。なんなら、お二人も話に参加されてはいかがですか?長野殿により詳しく報告ができるようになりますよ。」
盗み聞きをしていた二人は顔を見合わせて驚いている。それを見た鉄臣が
「長野主膳殿の門弟の方なのですか?」
「あの方もお忙しいのだろう。まだ正式に直弼様が登用されたわけではないから。僕は目ざわりなんだよ、きっとね」
「何かやり返さないのですか?」
「鉄臣、コバエを落とすのに必死になっても次から次に現れるだろう?長野殿をコバエというわけではないが、退治してもきりがないから相手しないのも1つの策だよ。まぁあまりに度を越すようならその時はその時だけどね。節度のあるお付き合いが一番良いことに気づいて貰えると嬉しいですね。ね、皆さん?」
長野門弟の二人は青い顔で震えていた。
「まぁ、お茶でも飲んでゆっくり聞いていってください。」
僕はお茶を勧めるとそのまま放置して半介と鉄臣、腕を組んで長野門弟の二人を見下ろしている善八郎を含めて楽しくおしゃべりをして、解散する時に普通に長野門弟の二人も解放した。