第一幕
春の日差しが暖かく、窓際の席に座っていた事と歴史の授業中だったことが災いして意識が遠のいていく。
バタバタと駆け回っている人達が見える。ちょんまげの人達もいる。見ると着物を着た人もいる。
歴史の授業中だったから夢もそちらにつられたのかと思っていると、笑顔ですれ違う人達に挨拶しながら近寄ってくる壮年の男性がいる。きれいに整えられたまげと高そうな着物。
身分の高そうな男性は笑顔で僕に向かって、
「やぁ、貞治、おはよう。」
僕の口からは自然と
「おはようございます。」と言葉が出た。
男性は暖かい笑顔で
「皆が騒がしいな。
何かあったのか?」
そんなこと聞かれても僕にはわかるはずがないと思っていた。
しかし、僕の口は勝手に動きだし、
「水戸脱藩の浪士が、お館様の命を狙っているとの知らせがありました。本日のご登城はお止めになられた方が良いのではないかと。」
「それはできない。
私にやらねばならない仕事が山積みだからな。」
男性の目には強い覚悟を感じる。僕の口は
「それでは警護の人数を増やして…………………」
「良い。」
男性は僕の言葉を遮り、笑顔で
「輿を担ぐ者だけで良い。
できるだけ足の速い者、逃げるのが上手い者を用意せよ。」
「お館様、もしや…………」
心の底から心配するような声が出た。この人物が誰なのかまったくわからないが、男性は暖かい笑顔を浮かべたまま、
「貞治、達者でな。」
男性はそう言って僕から離れていった。
「パコン」
軽い音が響いて、軽い痛みが僕の頭を襲った。目を開けると担任で歴史の先生でもある井上先生が笑顔で立っていた。
「金城、春だな。
良い感じで陽光を受ける窓際の席の誘惑は半端ないよな。
だからって、爆睡するのは許さねぇぞ。」
先生の顔を見て、『ああ、本当に怒ってるんだな』と思って「すみません」と言うとクラスから笑い声が上がる。
そんなに面白かったのかと思った。
僕、金城貞治は特に痛くもない叩かれた所を擦った。
井上先生が教壇に戻り、授業を再開した。
「幕末は、大老井伊直弼の死から始まった、という学者もいるくらい、この井伊直弼という人物は江戸時代に大きな変化を与えた人物です。
滋賀県の彦根市には『彦根カルタ』と呼ばれるカルタ遊びがあります。読み札を読み、絵札をとる遊びですが、すべてが彦根に関係するものばかりの郷土遊びです。
その中に『井伊大老 鎖国の壁を 打ち破る』という札があります。
江戸幕府が成立してから直ぐに完成した鎖国体制を日米修交通商条約を結ぶことによって破りました。
このように日本の開国を成し遂げた彼も安政の大獄において100人以上の自分に反対の立場をとった者達を処罰しました。
死刑にされた者の中には吉田松蔭等がいました。
しかし、死刑になった人ばかりではなく謹慎や島流しのような罰を受けた人もいました。
謹慎処分になった人の中には一橋慶喜、後に江戸幕府最後の将軍になる徳川慶喜もいました。
反対勢力の弾圧の結果、井伊直弼は江戸城の正門とも呼ばれる桜田門の前で殺されてしまいました。
桜田門外の変と呼ばれるこの事件によって幕府の威厳は下がり、倒幕運動に拍車をかけることになりました。」
井上先生がそこまで言った所でチャイムがなった。
「それではここまで。
金城は反省文という名前のレポートを提出するように。」