夜市にて。
装飾はないけど高級そうな馬車で、夜市へ向かう。
「マックスさまは?」
「今日は休みだ。代わりの者たちが外にいっぱいいる」
小窓からちらりと外をうかがえば、任務に緊張している護衛さんたちがいっぱい。彼らは一緒に乗り込むことなく、車内は私たちだけ。
ちょっと照れくさい。
「アイリーン、気分はどうだ?」
「平気です」
「酔ったら我慢するなよ? フラドからの帰りはつらかっただろう?」
「あの時は船酔いで体調が戻らないうちに馬車に乗ったから……今は大丈夫です」
「それはよかった」
「はい、ありがとうございます!」
元気よく答えたらレイモンドさまが微笑む。その笑顔にまた酔ったらどうしようって不安が吹き飛んだ。
空がオレンジと紫に染まる頃、夜市会場近くで馬車を降りる。
二度目の夜市は以前より人がごった返していて、活気に溢れていた。
「はぐれるといけないから」
そう言われて手を繋げば、人に押されて距離が近い。
上目遣いで見上げたら、ちょっと会わなかっただけなのにレイモンドさまの顔立ちは大人びていて、無性にドキドキする。
「ん?」
「ナンデモナイデス」
見つめ過ぎて、視線が合う。それが恥ずかしくて挙動不審になりそう。
「アイリーン?」
「あ、あのえっと、あのお店見たいです」
「うん、わかった」
見とれてしまいそうになる自分を必死に取り繕いながら、店先へ向かう。
すぐにホントに楽しくなって、レイモンドさまを引きずり色々なお店を回った。
小一時間ほど歩いたら一休み。
広場では生演奏のステージがあり、みんな思い思いの場所に陣取りくつろいでいる。
私たちも広場のはしっこに座り、演奏を楽しむ。
買ってもらったサイダーはやっぱりおいしくて、音と一緒に夜風が人の間を通り抜けていくのも、全部気持ちがいい。
「…昼間、フラドから報告が来た」
「あちらはどんな感じですか?」
「順調に復興しているらしい。エドモンドの指示でタチアナやルイたちも馬車馬のように働かされてる」
その様子を二人で想像して笑う。
忙しいけど楽しい日々だろうな。
レイモンドさまはサイダーを一口飲み、雑踏にかき消されそうな声で「アイリーンの温室は順調か?」と問う。
「はい、今はピーマンの苦みを解消できないか頑張ってます。あとトマトの栄養価をもっとあげられるようにと、新しいおいもの栽培と…」
私の話をレイモンドさまはうんうんとうれしそうに聞いてくれる。
「来年にはもっとおいしい野菜をお届けしますから」
「楽しみにしてる。郊外に作る温室のことは聞いたか?」
「はい。両親から」
「そこにもぜひ手伝いに来てほしい」
「いいんですかっ?」
「もちろんだ。かなり広い敷地だから色んな作物を試せるし、農法も民から広く知識を募集している」
「ぜひ、勉強させてくださいっ」
農家の大先輩たちと農作業できるなんて幸せ!
たっくさん教わって実践して、良いものをたくさん作りたい。
決意新たに拳を握るとレイモンドさまがくすりと笑った。
「なんですか?」
「いや、ひたむきだなぁって」
揶揄するような感じではなく、うぬぼれでなければ愛おしそうに言われ、思わずうつむいた。
「アイリーン」
「は、はいっ」
「来年から国内農業に関することをまとめる部署が作られることになって、俺が責任者に立候補した」
「わ、すごい」
「温室の研究もその一環になる」
「じゃあレイモンドさまはずっと私の上司ですね」
そう言うと一瞬瞠目し、その後レイモンドさまは破顔した。
「そう、ずっとだ」
「はい」
上司がレイモンドさまなら安心して仕事ができる。私はうれしくなって乾杯気分で、サイダーを一口。
「農業に関する事業は王族が頭にいた方が民に信用される。温室だけじゃなく、露地栽培の効率化や肥料、農作業の技術……やることはいっぱいだ」
「品種改良もお願いします」
「あぁ。その点はアイリーンの協力がほしい」
「もちろんです!」
「即答していいのか? 無茶ぶりするかもしれないぞ」
「いいんです。だって全部私がしたいことでもありますし」
「途中で投げ出すことはできない事業だ」
「一生を賭けるってことですよね! 望むところです」
力強く頷いたらレイモンドさまが私に右手を差し出した。
握手だろうと私も手を伸ばせば、両手でやさしく包まれ、心臓が高鳴る。
見上げたら、レイモンドさまの頬が赤い。あ、耳まで赤くなってく。
白い首筋もだんだんと朱に染まっていくのを私が観察してたら、ちょっとだけ怒ったように視線を伏せる。
「一生、だぞ?」
「はい」
「……もう知ってると思うけど」
「はい?」
「好きだ」
「え……っ?」
瞬間、私はフリーズしてただレイモンドさまを見つめる。
今なんて言った?
え、ちょ……聞き間違いじゃなければ告白された?
もしかしなくても? うそじゃなくて?
生産性のない思考が空回り。要するにプチパニック。
「中途半端な第六王子なんて立場じゃ、聖女との釣り合いが取れないけど、認められるよう努力するから」
「釣り合い?」
首を傾げたら拗ねた顔をされた。
「やっぱり誰からも聞いてないか。年末の御前会議で、アイリーンは正式に聖女に任命されるだろう」
「あ、それは聞きました」
「そしたら聖女という立場は大神官と同等だ。王族とも対等だと思っていい」
「へっ?」
「リオネルさまが提出した推薦書には土の祝福だけじゃなく、他の精霊にも愛されている上に同調できると書かれてる。まさしく聖女にふさわしい、だとさ」
「でも金剛杖のように他の聖遺物を使える、祝福の力はありませんよ?」
「精霊に愛される者は多いけど、すべての精霊と同調できるのは珍しいことらしい」
そうなのかぁ。
うれしいけど、そんな大それた話になっちゃったらなんだか怖いな。
不安気に見上げた私にレイモンドさまは苦笑を返す。
「そんな聖女の伴侶になりたいと、多数の貴族から申し込みが来ている」
「は…んりょ?」
聞き慣れない言葉に反応が返せない。
「そうだ。それだけじゃない。聖女ならば王太子の第二王妃、またはまだ未婚の大神官か第三王子が妥当な相手ではないかと」
「イヤですよ、そんなのっ」
「イヤか」
「一夫多妻はイヤですし、大神官ってリオネルさまじゃないですか!」
自分よりってか、そこらへんの美女より美しい男の嫁になりたいなんて思えない!
第一私が好きなのは……と考えて、さっきのレイモンドさまの告白を思い出し、顔が一気に熱くなる。
手であおいで熱を冷まそうとするが、全然引いてくれない。
そんな私を真剣味を帯びた目で見るレイモンドさま。
「……ならば第三王子ならいいか?」
「エドモンドさま? あの方は私に興味なんかないでしょう」
「興味はありそうだったけどな。もし王命と言われたらエドモンドはあっさり従うぞ」
「それでも……」
「あと未婚は俺と弟のコンラッドだが、中途半端な立場の第六、第七王子は聖女にふさわしくないという意見が出ている」
「ふさわしくない?」
「あぁ」
レイモンドさまが目を逸らし、ため息を一つ。
無表情に遠くの音楽隊を見るレイモンドさまの横顔を見ていたら、私はだんだん腹が立ってきた。
「そんなの、余計なお世話ですっ」
「そうだな。でもアイリーンにも立場が出来たんだ」
「じゃあ、聖女なんてならなければいいんですよねっ?」
「……」
何も返さないレイモンドさまの口元がぐっと引き締まる。言いたいことを堪えているらしい。
堪えてる内容を想像して、私は口を開いた。
「聖女って辞退できないんですか?」
「してもいいけど、祝福の子以上に危険が多い」
「神殿に籠っていても?」
「うん。利用したがる人間はごまんといる。国の保護下に置いておくべきだし、貴族同士の派閥争いに巻き込まれるのは確実だ」
「すでに今の話が派閥争い…ですか?」
「……ブルクハルト侯爵家がアイリーンの保護者になったことで、権力争いに変化があった。ブルクハルト侯爵家の立場は盤石。もし自分の家がアイリーンの嫁ぎ先になれば、聖女とブルクハルト侯爵家との縁が手に入る」
そんな説明されても私が納得するわけない。
むぅと唸る私にレイモンドさまが視線を戻した。
「だから、そんな外野の言葉を払拭できるよう、努力する」
「払拭?」
「第六王子でも聖女にふさわしいと必ず思わせる。だからアイリーン。俺の妻になってほしい」
その言葉に頭が真っ白になり、しばし時が止まる。
次第に、じわじわと、顔から熱を帯びた。
さっき観察したレイモンドさまの後をなぞるように頬から耳へ、耳から首へどんどん熱が広がっていく。
のどはひりついて声がでない。
でも…すごくうれしい。
視界が涙で歪む。
まばたきをしてクリアにしても、次々涙があふれてしまう
私は何も言えないまま、頷いた。
大きく一度、そしてうつむいたまま小さく何度も。
横に座るレイモンドさまがフッと緊張を解いて「ありがとう」というから、それは私の言葉ですって言いたいけど、やっぱり声が出なくて、ただこくこくと壊れた人形のように頷き続けた。