温室で。
その後、国王陛下やリオネルさまなど偉い人が会議をし、私の身分は神殿所属になった。
精霊や神官としての勉強をしつつ、年内に聖女の認定をされる。
だからと言って特に大きく変わるという訳ではなく、今と同じく温室作業をしてていいんだとか。その合間にリオネルさまの聖遺物(新作)のお手伝いしたり、異常があったら国内を見に行ったりが仕事になる。
私の温室では幾種類の野菜を育てて、成長記録などを作っている。
さつまいもは試行錯誤してるけど、少しずつ糖度を上げる育て方が分かってきて、手応えありだ。
お父さんの温室では効率のいい量産化に向けた技術開発中。大きな仕事になるみたいで、レイモンドさまを中心に毎日みんな忙しそう。
祝福の子として貴族の保護も受けることも決まった。
マックスさまのブルクハルト侯爵家預かりという形。
「じいさまのおかげで祝福の子の扱いに慣れてるし、うちは大歓迎だ」
顔合わせで侯爵家を訪れたが、皆さんいい人たちばかり。平民だって差別することもなく、やさしく受け入れてくれた。
そしてミリアムさまは……。
「結婚式の日取りが決まったのです」
「わ! おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
耳まで赤くして照れる様子がかわいい。
「お式はいつ頃ですか?」
「来年の初夏です。ぜひご参列ください」
「いいんですか? よろこんで!」
「あの……年明けには職を辞することになります。護衛の任も年内で……」
「あ、そっか」
「本当はずっとアイリーンさまのお側にいたいんですけど」
さみしそうに言ってもらえて、私も同じ気持ち。
でもミリアムさまが幸せになる方が大切だから、ここはぐっと我慢。
それにしても……ミリアムさまは最初から私に好意的だった。でもなんで、私をそんなに気に入ってくれたんだろう。
「アイリーンさまの側は居心地が良いのです」
土に落ちた花ガラを拾い集めながら問えば、ミリアムさまはちょっと考えて答えてくれた。
「居心地?」
「今から思えば……アイリーンさまの周囲には精霊がたくさんいて空気がきれいで、それが心地良かったんだと思います。でもそれだけじゃなく、アイリーンさまの言葉や態度、お考えが私を伸び伸びさせてくれます」
「私の考えって……」
「アイリーンさまは女だからとか、身分がとか言わないのがすごくうれしい」
それは前世の価値観を引きずってるんだろうなぁ。
ミリアムさまはそんな事情を知らないから、ちょっとずるをしたような気になって首をすくめる。
「ご迷惑でしたか?」
「まさか! とてもうれしいです。でも私には身に余るような評価で…」
言葉を濁すと「そういう人柄が好きなのです」と微笑まれた。
「えと、私もミリアムさまのお人柄が大好きです!」
「まぁ、では私たちは両思いですね。アイリーンさま、私とずっとお友達でいてください」
「それこそ、私がお願いしたいですっ」
「結婚しても毎日お会いしたいくらいです」
「それは…グレイグさまに私が恨まれます」
その日は一日中、女同士のおしゃべりをした。
恋を自覚したとき、相手との他愛無い思い出。結婚したら……子供が生まれたら……歳を取ったら。
話すことは尽きず、心弾む。
「アイリーンさまもがんばってくださいね」
私が誰を好きなんてバレバレだから赤面しつつうつむく。
「私は…その身分違いですし」
「そうですねぇ、第六王子ではちょっとハードルが高いかしら」
思案気なミリアムさまの言葉が胸にぐさりと刺さる。
「やっぱり不釣り合いですよね、あこがれだけにしておきます」
「あら、違いますよ。アイリーンさま」
「違う?」
「不釣り合いなのはレイモンドさまです」
「はい?」
ミリアムさまの言ってる意味が分からなくて思いっきり首を傾げた。
「どういうことですか?」
「ふふ…後程レイモンドさまからうかがって下さい」
ミリアムさまは人差し指をくちびるにあて、妖艶に微笑んだ。
レイモンドさまに聞けと言われてもフラドから帰ってきてから全然お話しできてない。
いつも忙しくしてて、すれ違い様にあいさつするのが精一杯。
その忙しさの理由は温室の拡大。
両親が手がけている第二温室の成果は上々で、話によると今度は王都郊外に大きめの温室を建設することになったそうだ。
レイモンドさまの事業として国に承認された形で、両親が作業責任者になる予定。
そこを皮切りに食糧事情の恒久的安定を目指すらしい。
すごいなぁ。
私は私でそれなりに忙しい。
温室作業の合間に神殿に行って神官から精霊のことについて勉強中。
不思議なことに神殿では全然会わないリオネルさまは、よく私の温室にふらりとやってくる。
「また勉強してるのか?」
「はい、精霊の歴史を」
過去の神官たちによって書かれた日誌からピックアップされた事件事故、現象などをまとめた本。
それを読んでいたら、リオネルさまがお茶を飲みながら、わからない所を教えてくれたり色々な話をしてくれる。
そこに仕事から抜け出して来た国王さまが乱入することもしばしば。
最初みたいに緊張はしないけど、いややっぱり緊張するけど、ガチガチしなくなった。慣れって怖い。
「今日は夜市が立つ日だな」
カミラさまの淹れてくれたお茶を味わいながら、国王さまが呟く。
夜市! また行きたいなぁ。
「夜市は開始以来、順調に動いてるな。レイモンドはホッとしてるだろう」
「レイモンドさま?」
私が首を傾げると国王さまが「夜市はレイモンドが初めて提案した事業なんだ」と微笑した。
「そうなんですか?」
「うん、王都の経済活性化を狙ったもので、食料品や生活雑貨だけじゃなく、民の生活に根付いた楽しみの一つとして祭りの要素も盛り込んだのが新しいアイディアだ」
ダンスや音楽を楽しめるスペースを作ったり、屋台をたくさん誘致したり、誰でも出店できるがらくた市も始めた。
がらくた市の出店料はなく、区画は大人が両手を広げたくらいしかないけど、出店者は簡単な書類を提出するだけで物が売れる。
極端なことを言えば子供がそこらへんで拾ったきれいな小石を売ってもいい。
大人も家にある不要品を売買できるし、老人が手遊びで作った小物も売れる。
前世で言うバザーや蚤の市だな。
「誰でも稼げる仕組みを作れば、人、物、金が動く。それが地域の活性化になる」
「子供には商売人としての経験も出来るしな」
「レイは発案力や実行力がある」
国王さまが胸を張って評価する。親ばかな顔で微笑ましい。
「アイリーンさま、今夜行きますか?」
にこにこ国王さまたちの話を聞いていたミリアムさまが私の耳元でささやくのを、耳聡く国王さまが聞きつけた。
「行きたいならダニエルに話を通しておくぞ。なんなら私もついていくが」
「動くのは面倒だがアイリーンが行くなら私も行こうかな」
国王&大神官と行く! ドッキドキの夜市ツアー!
……想像しただけで全力遠慮。
「こ、今夜はちょっと用事が…」
「そうか。残念だな」
でもいつか……夜市で野菜を売ってみたいな。
ほっくほくの石焼きいもなんて最高に美味しいだろう。
それには甘味と水分をしっかり含んださつまいもにしないと。
売るとなったら、前世みたいな石焼きいもカー作ってみようかな。
必要なのは荷馬車と竃と石と火と……なんて考え始めたら金剛杖が私の隣で武者震いしてる。
「アイリーン、何を考えてた?」
「おいもを美味しくする農法と美味しく食べる方法をちょっと……」
「金剛杖は分かるが…火も関係あるのか?」
リオネルさまに問われ、私は素直に驚く。
「はい、加熱した方が美味しい…って」
「そうか。カミラ、慌てなくていい。すぐに収まる」
リオネルさまの言葉に背後を振り返れば、温室の竃からオレンジ色の光がはみ出ていた。
「なぜ急にこんなことに…」
「火の精霊がアイリーンの気持ちに反応したんだ。どうやら楽しい気分らしい」
控えていたカミラさまは強まった火勢に慌てて竃に駆け寄ってくれたらしい。
フラドの件以来、私の気分に周りの精霊たちがよく反応してくれちゃって、にぎやかなんだ。
毎度お騒がせしています……。
まったりしてた国王&大神官コンビはお茶のおかわりを終えた頃、仕事に呼び戻された。
夕方になれば護衛交代でミリアムさまも帰り、私は一人温室で過ごす。
最近は宿舎の部屋に帰らず、両親と温室で寝起きしている。思い立って作物の様子を見られるし、村にいた頃のように家族身を寄せ合って過ごせて幸せだ。
でもその両親もまだ第二温室から戻らない。
静かな温室で私はピーマンと向き合う。
両親の第二温室に入り浸ってる第七王子コンラッドさまが克服できないピーマン。
栄養価高いけど、お子さまが嫌う野菜のトップスリーに入ってるもんね。コンラッドさまが食べられないのもしょうがない。
でもパプリカならどうかな?
苦みのあるピーマンは大人になってからでもいいけど、甘味の多いパプリカなら今でも食べられるかもしれない。
「ピーマンを成熟させればパプリカのような色に変わるけど、もっと肉厚の種類がほしいんだよね」
生ったピーマンの実を見比べて、パプリカに近い形の種を集めて……。ミニトマトの時と同じように地道な作業を楽しんでたら、ふと風が走った。
振り返れば休憩スペースにレイモンドさまが座ってる。
「えっ?」
「やっと気付いてくれたか」
「え、いつから……」
「結構前。話しかけても全然気付いてくれないから、お茶を飲んでた」
「すみませんっ」
慌てて立ち上がり頭を下げると、レイモンドさまは首を横に振った。
「押し掛けてきた俺に気を遣わなくていい。作業を続けてくれ」
「いえ、今日はもう終わってて…」
ただ品種改良の楽しさにうっとりしてただけ。
「時間があるなら、俺につきあってくれないか?」
「もちろんです!」
「よかった。カミラ、頼む」
「かしこまりました」
レイモンドさまに呼ばれ、カミラさまが私の手を引く。
「隣でお着替えを」
「え?」
きょとんとしてる間に町娘の格好をさせられ、髪をセットされ……爪に入り込んだ土を念入りにかき出された。
温室に戻ればレイモンドさまも着替えたようで、ラフな格好をしている。
「うん、可愛いな」
「ありが…とうございます」
やさしい微笑みを直視できなくてうつむいたら、手を差し出された。
「急で悪いが、夜市に行こう」
「…はい!」
レイモンドさまの瞳に満面の笑みを浮かべて彼の手を取る自分が映った。