●●●その時、彼らは。リオネル●●●
海軍船の舳先近くからフラド城を見た。
雷雲にへばりつかれ濡れそぼっているが、佇まいはなかなか美しい。
けれど私には精霊の墓場のような薄ら寒さを覚える。
過去にこれだけ『汚れた』土地を見たことはない。
本来清浄であるべき大地や空、森や河川。それらを住処にする精霊。
今はすべてが澱み、悪臭を放っているように感じる。
汚れの原因は人の欲だ。
欲が周囲を巻き込み、汚染した。
「そんなに世界を憎むなと、元凶には酒でも飲ませて愚痴を聞いてやりたいが…その前に精霊たちを正気付かせないとな」
このフラドで起きていることは、破格過ぎて祝福の子の力とは思えない。
文献で知り、聖遺物たちの記憶から読み取った過去の出来事によく似ている。
「呪い子……」
独り言に、ざわざわと周囲から精霊の頷きが返る。
その精霊たちに実体はない。
そこには『意志』だけがあり、肉体という殻に守られていない分とてももろい存在だ。
その意志を汚染されるのは、地獄の苦しみを伴う。
「解き放てるのは私たちだけ、か」
朝焼けに照らされるフラド城。その屋上に少女が立つ。
私を捉え、すがるような笑顔を浮かべた。
「さて、やるぞ」
視線で指示を送ると、アイリーンは正しく読み取ってくれた。
手本を見せれば、金剛杖をうまく扱い、精霊を回収していく。
優秀な子だ。
思えば最初から他の人間と違っていた。
一目見て土の精霊に愛されてるのは分かったし、私ほどではないけれど、他の精霊たちも好意的だ。
それだけでもたいしたことなのに、アイリーンは土の精霊だけではなく、あらゆる精霊たちに自然と愛を注いでいる。
精霊に贈られる愛を数倍にして、惜しみなく返す。
「天賦の才だな」
森羅万象すべてに感謝し、世界全体を愛せる人間は少ない。それを無意識にやってのけていた。
まだ少女なのに思考は時折、妙に達観している。人に貴賤をつけることなく、素直に相手を尊重できる。広く平たく世を見通せる目も持っている。
只人として生きるには過ぎる資質。
光の渦の中、すべての精霊を回収し、私はまた屋上を見る。
アイリーンも私を見ていた。
その目にはうぬぼれではなく私に対する尊敬の色がある。
それを認めた途端、胸がきしりと音を立てた。
「……惜しいな」
娘ほど年の離れた少女。
自然に寄り添うレイモンド。
雷雲が残していった水滴が朝日に照らされ、二人の足元がまるで彼らの未来を示すかのように明るく輝く。
私はそれを黒塗りの海軍船から、舞台を観る客のような気持ちで見上げている。
「うん、惜しい」
乾いた呟きは精霊たちの笑い声にかき消された。