第三王子エドモンド。
充実した農作業から戻ると、門番に声をかけられた。
「アイリーンさま、今日も数人、船から戻ってまいりました」
「じゃあ、会いに行きます!」
「ありがとうございます。みな喜ぶと思います」
城勤めをしていた人たちの病いも改善し、お咎めなしで次々と釈放されている。
また勤めに戻る者、家族の元へ帰る者。
夏の盛り、フラドは日々にぎやかさを増していく。
お風呂に入り着替えを終えると夕食の時間。
現在のフラド城では身分上下関係なく、手の空いた者から食事をしている。
同じ物を食べ、隣り合わせた人たちと日々の他愛無い話をし合う。
「アイリーンさま、今日は町でクッキーを配りました」
「よろこんでもらえましたか?」
「もちろんでございます。ぜひお見せしたかった。大人も子供もうれしそうに食べていて……」
あの日、クッキーを喜んでいたダナとルカ。その表情を忘れられず、私とレイモンドさまは町の人にも配布しようと思い立った。
「一口サイズにしたのがよかったみたいです」
「でしょ? 大人は作業の合間に食べられるよう、子供はお腹を満たせるようにってレイモンドさまと考えたんです」
レイモンドさまは、マルケスから牛や山羊をたくさん呼んでくれた。彼らがおいしいお乳を出してくれたおかげで、クッキーは素朴な甘い味に仕上がっている。
「食事も大切だけど、おやつがあると気分が弾みますよね」
「そうなんですよ、私もよくお母さんと作りました。今回も皆と一緒に作りたかったなぁ」
「アイリーンさまは聖女のお仕事がありますから」
「聖女のお仕事っていうか、農作業ですけど」
金剛杖は毎日はりきって大活躍してくれている。
おかげで土の精霊たちが大地にあふれかえっていて、収穫する人手が足りないくらい。
だからクッキー配布も他の人におまかせしてるけど、こうして話を聞き、よろこんでもらえてるのを知ると本当にうれしい。レイモンドさまにも報告しなくちゃ。
夕食を食べ終える頃、リオネルさまの侍女モニカさまが私を探していたと聞き、そのままリオネルさまの部屋へ向かう。
ちょうどリオネルさまの食べ終えた食器を手に、部屋を出てきたモニカさまと出会えた。
「アイリーンさま、リオネルさまがお呼びです」
「はぁい。今日の調子はいかがですか?」
「よろしいようです。顔色も少し明るくなりましたから」
あれ以来リオネルさまは城の一室で寝まくってる。
たくさん動くと眠くなる体質って本人は言ってたけど、新しい聖杯を作って水を取り除く(物理的)とか、そんなことしたら誰だって倒れるだろう。
まぁ誰だってというか、リオネルさましかそんなことできないけどね。
ちなみに起きてるときはぼんやりしてる。とにかく動かないイキモノ状態だ。
「リオネルさま?」
「入っていいぞ」
入室の許可をもらって入れば、リオネルさまはベッドの上で手鏡を熱心にのぞき込んでいた。
「何してるんですか?」
「両面じゃなく、一面で光と闇の両方を集められる鏡が作れないかなぁって」
「そうなんですね。私はてっきりご自分の美貌にうっとりされてるのかと」
「こんな顔は見飽きた」
リオネルさまは無造作に手鏡を放る。
「見飽きることないほど、おきれいな顔だと思いますけど」
「皮一枚の違いで中身はみんな同じ骨だぞ」
「そりゃそうですけど…」
頷きかけて、その言葉に地下の白骨を思い出す。
「……リノは」
同じ連想をしたのか、リオネルさまは静かに話し始めた。
「生きてる間は精霊と無縁の生活をしていたのだろう。だから、自分の能力に死ぬまで気付かなかった」
「気付いてたら、精霊を使役してたんでしょうか」
「どうだろうな。城にいた者の話を聞くと、気の小さい性格だったようだから、仮に使役しても大それた悪事は働かなかったと思う」
それを聞き、私は心につかえていた疑問を口に出す。
「リオネルさま、他にも呪い子がいる可能性ってありますか?」
「可能性としてなら、そりゃいるだろうさ」
「じゃあ、またこんなことが起ることも……?」
「ある。だから私も手を打つことにする」
「手を打つ?」
「精霊が神殿や私たちにすぐ異常を知らせたり、助けを求められるようにする」
「どうやって?」
「各地に呪符を刻んだものを配置してそこに情報が入れば、ダイレクトに全土の精霊に事情が伝わるような、いわば通信機だな」
「すごい……」
「そのための呪符を書いてるんだが、なかなかうまくいかない。時間が掛かるかもしれない」
「私に出来ることはお手伝いします!」
「もちろんだ。最悪私が生きてる間に完成しないかもしれない。そうしたら後は任せた」
「え、荷が重い……」
尻込みすると、リオネルさまはベッドにころんと横たわる。
「農作業の合間に大神官をすればいいんだ」
「そんな片手間仕事じゃないでしょう」
「私が留守にしても、これだけ寝てても神殿は回ってる。大神官なんてものは、有事の際にちょちょいと頑張ればいい存在だよ」
「有事なんて、もっと重い!」
ブンブンと首を振ればリオネルさまは「残念だ」と笑って、その数秒後、寝落ちした。
戻ってきたモニカさまに後を任せて、私室に戻る途中、今度はマックスさまとばったり。
「ちょうどよかった。レイモンドさまが呼んでます」
「はぁい」
「お疲れだったら、明日でもいいとのことですけど」
「私は疲れてないんですけど、レイモンドさまは?」
「ぐったりしてますよ」
「え、じゃあそれこそ明日で…」
私が足を止めたら、マックスさまが肩をすくめた。
「私もそう思うんですけどね。今日中に知らせたいとのことで」
「そうですか、それなら……」
レイモンドさまの体調も心配だから、お話しついでに様子も見ておこうかな。べっ、別に会いたいわけじゃないんだからねっ、なんて心の中でツンデレてみる。
「今日はアイリーン嬢とお茶をする時間がなかったから、用事にかこつけて顔を見たいだけなんですよ」
再び足を動かした私の後ろで、マックスさまがぼそりと何か呟く。
「ん? ごめんなさい、聞こえませんでした」
「いえいえ、独り言です」
ニヤリと笑ってマックスさまが私を抜き去り、レイモンドさまの部屋をノックした。
私が入室すると、執務机で書類をめくっていたレイモンドさまが立ち上がり、ソファにエスコートしてくれる。
「夜遅くすまないな」
「いいえ、私は大丈夫ですけど…どうかしましたか?」
「うん。王都に戻ることになった」
「え、王都に?」
「あぁ。すべての審議が終わったのでロケと執政たちを王都に送る。ついでに俺たちも一度戻って報告しなくては」
「…ってことは私も?」
「もちろん」
よかった、置いてけぼりにならないみたい。
「フラドはどうするんですか?」
「兄がこちらに向かってる」
「兄…どのお兄さんですか?」
「第三王子エドモンド」
第三王子と言えば、確か第二王妃のところの男子だったはず…。お名前はエドモンドさまか。
「明日には到着するはずだ。引き継ぎをしてから王都に向かうが、アイリーンは陸路と海路どっちがいい?」
「陸路と海路?」
「馬車で戻るか、海軍船に乗るかだな」
そう問われてちょっと悩む。
復興し始めた大地を見ながら帰るのもいいけど、今世でまだ船に乗ったことがないから、そっちもいいな。
船ならおしりも痛くならなそうだし……。
でも男性を前におしり痛いからヤだなんて言えず悩んでたら、レイモンドさまが私をじっと見てる。
まっすぐな視線にちょっとたじろいだ。
「あの…」
「レイモンドさま、見過ぎです。疲労で色々だだ漏れです」
「うるさい」
レイモンドさまは咳払いを一つ。
「……行きが馬車だったので、船にするか?」
「はい!」
元気よく返事をすれば、レイモンドさまもホッとしたように微笑む。
「話はそれだけだ。明日からまた忙しくなると思う。今日はゆっくり休んでくれ」
「はい、レイモンドさまも寝て下さいね」
「…あぁ」
「約束ですよ? おやすみなさい」
微苦笑でおやすみと言うレイモンドさまに見送られ、私は部屋に戻った。
翌日、朝ごはんを食べ終わる頃。
早船と馬車を使って乗り込んできた第三王子はあいさつもそこそこに書類の海に飛び込んだ。
「復興計画!」
「エドモンドさま、慌てない!」
「治水、排水! 水路整備! 道路整備!」
「エドモンドさま、落ち着いて!」
「商店と工房と住宅をバランスよく配置!」
「エドモンドさま、ほどほどになさい!」
「農場と牧場の区分け! 生産性アップ!」
出迎えの団体に混じった私の目の前で興奮した赤毛の王子が書類にうっとりしてる。
「エドモンドは町を作るのが好きなんだ」
「そうなんですね…」
「ここ数年、国内整備に命をかけてる。今回も立候補してフラドに来たらしい」
なるほど、なるほど。
彼にはぜひ、前世の町を作るゲームを貸したい。
「やはり優先すべきは治水と交通、いずれ山の整地にも手をつけるべきだな」
「エドモンドさま、年単位の仕事になりますよ。だから徐々に………」
さっきからずっと、お付きの侍従が生温かい目でツッコミ入れてる。
「役人もいっぱい必要だ。レイモンド、この山の民は使えるのか? 元領主の妻は何ができる?」
「山の民とは協力関係を結びました。本人たちが希望するなら政に加えてもいいでしょう。ルイという薬師は元々城勤めで事情をよく知って冷静な判断ができます」
「よし、その者を呼んでくれ」
「タチアナは百日間の労役刑にします」
「ではその百日で城の仕事をさせよう。こっちもすぐに呼んでくれ。レイモンド、民の食糧事情はどうなってる?」
「大分改善しています。アイリーンのおかげです」
レイモンドさまの言葉にエドモンドさまが書類から顔を上げた。
「報告は聞いてる。緑の聖女と呼ばれている者だな」
「はい、彼女がアイリーン・ウッドです」
「は、はじめまして…」
レイモンドさまに背を抱かれ前に立たされたので、なるべくていねいなお辞儀をする。
「どれ、顔をよく見せてくれ」
顔を上げたら、エドモンドさまは懐から分厚いモノクルを取り出し装着した。
「ふむふむ、なかなか……なるほど、うんうん」
「あの…」
「そうか、ほう…。いい仕事してるな」
え、なに? めっちゃ鑑定されてる…!
専門家に鑑定される品物に意識があったらこんな居たたまれなさ感じてるのっ?
ちょ、マックスさまとかグレイグさまが遠い目をしてる。
「エドモンド、顔が近い」
レイモンドさまが私をエドモンドさまから引き剥がし、背に隠してくれた。
「アイリーンすまない。兄は物も人もなんにでも興味津々に眺めてしまうクセがあるんだ」
「はぁ…」
「おやおや、レイモンド。うむそうか。なるほどなるほど」
「そのニヤけ面を止めないと、仕事引き継ぎませんよ」
「む、わかった。止めるから早く私に仕事をさせろ」
「はいはい。マックス、アイリーンを部屋へ送ってくれ」
レイモンドさまはため息をついて苦笑い。私に「じゃあな」と手を振り、エドモンドさまと書類を捌き始めた。
「アイリーンさま、もういいですよ」
「はい。なかなか個性的な方ですね」
「ああ見えて都市計画の能力はピカイチなんですよ。エドモンドさまは」
部屋を出て、マックスさまがグレイグさまを呼ぶ。
「お二人のあの様子だと明後日にはフラドを発てるだろう。グレイグ団長はエドモンドさまと一緒に来た軍に引き継ぎを」
「わかった」
「アイリーンさまも引き継ぎがあるなら」
「そうですね……」
精霊と民の力で農地の問題は解決済みと言っていい。あとは基本的な農作業でいける。
「引き継ぎというか、お世話になった人たちに王都に戻りますって言わなくちゃ」
短いようで長い、濃密なお付き合いだった。
できれば定期的にフラドに来たいな。
一緒に働いた農業の先輩たちの顔を見たら泣きそうだ。ってか、絶対泣く。
金剛杖もポケットの中で小刻みに震えてる。
「うん、最後までいっぱい作業しよう」
空は快晴。農作業日和。
相棒は今日もやる気いっぱい、元気だ。




