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再会。

あと少しで完結します。





 今日も今日とて農作業に勤しむ。


 気付いたらフラドに来て一ヶ月。季節はすっかり夏だ。

 流通もだいぶ復活したけど人もたくさん戻ってきたから、まだまだ食糧は不足気味。


 私の手紙を読んだお父さんから大量の種や苗が届いたので、それを植えて増やして…。

 その合間にこっそりさつまいもの栽培研究もし始めた。

 いつかほっくほくの石焼きいもを食べるんだ!

 

「アイリーンさま、レイモンド王子がお呼びです。お戻りを」

「はい」


 井戸水で手足を洗い、一緒に作業してくれてた子供たちに手を振り馬車に乗り込む。

 騎乗したダニエルさん他数人の護衛に周囲を守られながらフラド城への道をゆっくり進めば、立ち働く人たちがたくさん見られた。


 避難していたフラドの人、マルケスら周辺から応援に来た人たちが手を取り合い復興作業をしている。


 長い間水に浸かっていた建物や生活道具は再利用できなかったので、今一番忙しいのは大工さんや職人さん。

 各家の修復だけじゃなく、インフラ設備の被害は壊滅と言っていいものだそうで、レイモンドさまたちは獅子奮迅の……ちゃんと寝てるのかなってくらい働いている。


「アイリーン、呼び戻してすまない」


 城に戻ればレイモンドさまの執務室に案内された。

 積み上がった書類に囲まれたレイモンドさまが、私を見てわざわざ立ち上がり出迎えてくれる。でもその顔色は悪い。


「いいえ。それよりレイモンドさま、ちゃんとお休みになってますか?」

「う、う…ん」

「目の下の隈がくっきりですけど」


 このままじゃ過労死するんじゃない?


「今が大変な時だとは分かってますが、レイモンドさまに何かあったら…」

「心配してくれるのか」

「それはもちろん」


 強く頷けばレイモンドさまは青い目を細めて笑む。

 つられてニヤけ……かけたのをごまかすため口をぎゅっと結ぶと、叱られたと思ったのかレイモンドさまがごほんと一つ咳払い。


「領を立て直すのには、時間がいくらあっても足りないんだ」

「でも人間なんだから休息は必要です」

「分かってる。だから一緒にお茶をしよう」

「お茶より睡眠とってもらいたいんですけどねぇ」


 なんだか口調がうちのお母さんみたいになっちゃった。

 夢中になると時間を忘れるお父さんに、よくこうやって小言を言ってたなぁ。


「レイモンドさま、アイリーンさま、どうぞ」

「ありがとうございます」


 ベルタさんにおいしいお茶を淹れてもらい、農作業の報告をしていたら、マックスさまが入ってきた。


「レイモンドさま、チェック終わりました。問題なしです」

「うん、ではここへ」

「誰か来るんですか?」

「アイリーンに面会だ」

「面会?」

「ベルタ、小さなお客が喜ぶ物を用意してくれ」

「かしこまりました」


 ベルタさんは私たちにはおかわりを、お客のために新しいお茶を淹れ始めた。


「連れてきました」

「入っていい」


 ドアの向こうに姿を見せたのは、山で会ったダナとルカだ。


「ダナ! ルカ!」

「あ、おねぇちゃんだ」

「無事だったんだ、よかった」

「うん」


 立ち上がって出迎えれば、二人ははにかみつつ笑ってくれた。

 その後ろに筋骨隆々のおじいさんが付き添っている。


「山の民アルバと申します。この子らはダナとルカです」

「着席を許す」

「ありがとうございます」


 王族っぽいセリフを言いつつ、レイモンドさまは気さくに立ち上がってダナとルカをソファへ誘導した。


「一人でソファに上れるか?」

「え…っと……たぶん」


 知らない大人ばかりで、緊張してるみたい。

 レイモンドさまがダナとルカの手を取りソファに座らせてあげる。やさしい微笑みを向けられ、ぽ~っとなるダナは小さいけど女子だなぁ。

 ルカはちょっと硬い表情だけど、ベルタさんがお茶とクッキーをテーブルに並べたら、あっという間に笑顔を浮かべた。


「わぁ!」

「クッキーは好きか?」

「はい!」

「たくさんあるからな。遠慮せず食べるといい」


 ダナとルカは小さな手でクッキーを持ち、うれしそうにかじりつく。ハムスターみたいでかわいい。

 マリオおじいさんに攫われたとき一緒にいたから心配してたけど、問題なさそうでよかった。


「ダナ、元気だった?」

「うん。けど、さみしい」

「さみしいの?」

「じぃじいないから」

「あっ」


 そう言えばマリオおじいさんの家族だっけ。

 私が目で問えば、レイモンドさまが頷く。


「マリオは王都へ送る予定だ」

「王都……」

「じぃじ、まだ帰ってこないの?」

「マリオは仕事が長引いているんだ」


 アルバさんがそう言えば、ダナは不満そうにくちびるを尖らせる。けれど、我が儘が通らないことを理解しているのか、それ以上の言葉は飲み込んだ。


「この子らは山の民の間で育てていきます」


 アルバさんは私とレイモンドさまを交互に見て、言う。


 それに頷き返しながら、心中は複雑。マリオおじいさん、厳しく審議されてるのかな。

 ここで起こったことは全部レイモンドさまに伝えてあるから、そんなにお咎めないと思ってたんだけど。


 何となく座が重い空気になったところで、ベルタさんが静かにレイモンドさまを呼んだ。


「お呼びの者がまいりました」

「ここへ」

「はっ」


 また誰か来るみたい。ドアに視線をやれば、兵士に付き添われ、タチアナさまが入ってきた。


「タチアナさま!」

「聖女さま……」


 駆け寄って手を取れば、タチアナさまは私に頭を下げる。


「ご迷惑をお掛けし、申し訳ありません。フラドのためにご尽力ありがとうございます」

「タチアナさま、お元気ですか? ケガは大丈夫ですか?」

「もちろんでございます」


 ロケに殴られた両頬もすっかり癒えてきれいな肌になっている。そこに静かな笑みを浮かべ、タチアナさまは背筋を伸ばした。


「第六王子殿下、この度はありがとうございます」

「うん、アイリーンの隣に座れ」

「失礼致します」


 窓を背にレイモンドさま。いわゆるお誕生日席。

 右側のソファに私とタチアナさま、対面にはダナたち。二人はチラッとタチアナさまを見たけど、すぐにまたクッキーへ意識を戻す。子供らしい現金さがかわいい。


「タチアナさま、ルイさんや山の民は?」

「ルイは船で薬師として働いております。他の者はまだ審議が続いており……」

「それもそろそろ終わる。心配しなくていい」


 レイモンドさまの言葉にアルバさんが頭を下げる。


「ありがたいお言葉です。……失礼ながら山の民に温情は要りません」

「お父さん」

「黙っていなさい、タチアナ」


 えっ、アルバさんがタチアナさまのお父さんなの?


「第六王子殿下、我々の罪は数えきれないほどあります。その第一が聖女さまの誘拐です」

「うん、そうだな」

「レイモンドさまっ」

「どのような理由があっても誘拐は大罪だ」


 だが、とレイモンドさまは重いため息をつく。


「そこに行くまで……取り返しの付かない事態になる前に国に奏上してほしかった」

「殿下……」

「いや、山の民からの信用を得られていなかった国の落ち度でもある」

「そんなことはございませんっ!」

「我々が愚かであっただけでございます」


 タチアナさまとアルバさんが腰を浮かせて同時に叫ぶ。

 だけどレイモンドさまは痛みをこらえる顔で続けた。


「去年、もう少し俺が…国が介入していればここまでにはならなかった。領のチェックが甘かったし、フラドの民と交流が足りなかった。色々あるが、民が困窮しているのは国の責任だ」

「しかし…っ」

「だからもう間違う訳にはいかない。温情をかけず、罪は罪として裁く。だが、国に何も責任がないわけではないと、山の民にも伝えたい」


 レイモンドさまはアルバさんを真っ直ぐに見る。


「国王陛下と俺から……。この子らが安心して暮らせる国を必ず作る。それを見届けてほしい」

「……はっ」

「そのためにも様々な面で協力をしてほしい。この国には山の民の力が必要だ」

「ありがたきお言葉です」

「アルバは山にすぐ戻るか?」

「はい、そのつもりでございます」

「では連絡用の鳥を一羽預ける。どんな小さなことでもいい。何かあればそれで国に報告を」

「かしこまりました」


 アルバさんは深々と頭を下げる。

 隣にいるダナとルカには、話の内容は分からなかっただろう。けれど大人たちの様子にまた固くなった。

 それを見たレイモンドさまが二人へ笑みを向ける。


「クッキーはもういいのか?」

「うん、おなかいっぱい」

「では残りを持って帰るといい。ベルタ、飴も持たせてくれ」

「用意いたします」


 またお菓子がもらえると聞き、二人はパッと笑顔になった。

 大人ばかりの山の生活は大変だと思うけど、二人を見ていると周囲の愛情をちゃんともらっているのが分かる。


「ダナ、ルカ。また会おうね」

「うん、おねえちゃんありがとう!」


 アルバさんに連れられ退出する二人は小さな手を振り、反対の手にはおやつの袋を握りしめて、ぺこりとお辞儀をした。


 それを見送っていたら隣でタチアナさまが涙ぐんでいる。


「タチアナさま?」

「申し訳ありません、お見苦しいところを…」


 タチアナさまはレイモンドさまに深々と頭を下げる。


「これで思い残すことはありません。どんな処罰でもお受け致します」

「タチアナさまっ?」

「聖女さま、あの二人は私の子なのです」

「え、だって去年……」

「はい、手放しました」

「手放した?」


 首を傾げれば、タチアナさまがちらりとレイモンドさまを見た。


「話すといい」

「はい。いつからか……ロケはあの子たちが目に入れば暴言を吐き、時には殴りつけることもあって……」

「あんな小さな子たちをっ?」

「えぇ。手ひどく扱われるのに我慢がならず、かばって大ケガをした私を見て、二人は体調を崩しました」


 乳児のルカは情緒不安定になり、大泣きしてひきつけを起こす。ダナは殴られた衝撃で記憶が混濁し、親の顔が分からなくなってしまった。


「そこでルイたちと相談して、この城から逃がすことにしたのです」


 まだ水は溢れていなかった時期。

 陸路、闇に紛れて山の民がマリオの元へ送り届けた。


「万が一ロケの追っ手がかかったらと思いマリオの孫ということにしたのです。でもロケはいなくなった子供のことをすっかり忘れてしまいました。おそらく自分が二児の父だとも思ってないでしょう」

「そんな……」

「確かに、審議の報告でも子供のことは何も話していないな。」

「……はい」


 レイモンドさまの言葉にタチアナさまの目が色を失くす。


「タチアナさま、それは病いのせいかもしれません。しばらく養生すれば家族のことを思い出すかも…」

「聖女さま…」


 タチアナさまは生気のない顔で無理矢理笑みを浮かべた。


「ロケのことは、もういいのです。今はただ子供たちや、領民のことを第一に考えなければ」

「……話を聞く限り、子供たちも病いの影響を受けていたんだろう」


 レイモンドさまが痛ましげに言う。

 そうだよ、子供は大人より体内水分量多いもん。

 きっとたくさん、誰よりも早く影響を受けていたはず。


「それもあるかと思いますが、ロケの暴力と、それを止められなかった私のせいです。二人が山で少しずつ元気を取り戻していっていると分かり、安堵しました」


 今後も親と名乗るつもりはないとタチアナさまはきっぱりと言い切った。


「病いが癒えれば、いつか本当の親を求めるだろう」

「……罪人を親と知るより、親が分からないままのほうが幸せだと、私は思います」


 タチアナさまは目を伏せ、静かに言う。


「これから元領主の妻として罰を受け、生きることを許されるならば、このフラドのために何かしたい」

「タチアナさま……」

「親と名乗らなくても、二人に顔向けができないようなことをもうしたくないのです」

「そうか」


 重い荷物を追加したような、レイモンドさまの疲れが滲む声が部屋に落ちる。


「聖女さま、本当にありがとうございました」

「私は、なにも…」

「聖女さまと大神官さまが精霊に働きかけてくださったおかげで、フラドが正常に戻ります。全領民を代表して敬意と感謝を。そして国王陛下、第六王子殿下。国政に関わる方々に様々なご心労をおかけしたことを心よりお詫び申し上げます」


 タチアナさまはそう言い、もう一度私たちに深く頭を下げて、退室した。


 私はもやもやしたまま、その背を見送る。


「レイモンドさま」

「ん?」

「マリオおじいさんやタチアナさまはどんな罰を受けるんですか?」

「……マリオは誘拐の罪だから長期間の労役だな」

「労役」


 前世でも今世でもあんまり聞かない言葉だ。


「おそらく鉱山の採掘作業に従事する。数年はフラドに戻って来られない」

「……タチアナさまは?」

「タチアナは領主の悪行を諌めず、また国への報告を怠り領を傾けた、などだ」

「でも病いに冒されていたせいですし、たくさん助けてもらいました」

「うん。だから情状酌量ありで重い刑にはしない」

「それを決めるのは誰ですか?」

「タチアナの量刑は…国王から、俺が預かってる」


 レイモンドさまは私をじっと見た。


「タチアナは百日間の労役にしようと思う」

「……百日……」

「その後は自由だ。希望通りフラドのために働くのもいいし、子供のそばに行ってもいい」

「ダナとルカが成長したら、親を絶対に恋しがると思うんです」

「そうだな。タチアナの気持ちや状況次第だが、いつか母親と名乗り上げられる日も来るだろう。だが父親のことは言えるだろうか」


 ロケの存在を知った場合、記録や伝聞で悪事も知り、ダナたちは父親を憎むかもしれない。


「タチアナにとって一番つらいのは家族の問題ではないかと思う」

「ダナとルカですよね」

「ロケもだ」


 真摯な表情でレイモンドさまは続ける。


「タチアナに関する報告書で、夫への未練が見える」

「…はい」


 それは私も感じていた。


「ロケは領主の責を全うせず政を傾け、フラド領と周辺に甚大な被害をもたらした。その上、私欲で民の身売りを命じたり、従わぬ者を連れ去った」


 要するに人身売買に誘拐、そして女性を館に閉じ込めたのは監禁。

 病いのせいと言い訳することもできないほど、罪状てんこ盛り。


「ロケの処遇は国官が決める。おそらくタチアナや子供たちのところには二度と生きて戻れない」

「……は、い…」

「それがタチアナにとって、一番堪える罰だ」

「………」


 冷静で平坦な口調のレイモンドさま。苦渋の滲む眉。


「すべての民を幸福にするために王族がいるのにな」


 そう言ってレイモンドさまは疲労度の増したため息をついた。






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