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鬨の声。




暴力的なシーンがあります。ご注意下さい。







「城が水没したらどうする?」

「泳げる者は泳ぐ。泳げない者は何かに掴まって救助を待つ」

「海軍や国王軍に気付いてもらえたら絶対助けてくれるはずだ」

 

 ルイさんを中心に山の民たちがこれからのことを話し合っている。

 でも、あのぼんやり疲れきってる人たちに泳ぐなんてできるかな。

 水の中にいる精霊のように、されるがまま、ぐったりと漂いそう。


 それに館の側の渦潮や逆ナイアガラに巻き込まれたら危ない。

 館とは離れた場所で行動しないと。

 

「城が水没するなら、館はもっと早く水に飲まれる。そっちをどうする」


 娘さんがあそこに閉じ込められているマリオおじいさんが歯を食いしばって言う。


 そうだよね。そっちも助けたい。

 でもこの世界、浮くことの出来る人は少ない。

 水に浸かっただけでパニックになってしまうに違いない。


 どうすれば全員助けられるんだろう。

 私は頭を掻きむしった。


「聖女さま、大丈夫ですか」

「はい……。ルイさん、夜明けまであとどのくらい?」

「もう間もなく……なので、そろそろ領主が兵を集めるでしょう」

「なぜ?」

「降伏するにしても立てこもるにしても、伝達させる者と自分を護衛させる者が必要だからです」


 そうだ、ロケたちが自分で動くはずがないもんね。


「抗戦を選ぶなら尚のこと、ここにいる男手は全員駆り出される」

「開戦前にロケを捕らえて国王軍に突き出し、救助を願うってのはどうだ?」


 山の民の一人が声を上げた。

 それまで黙って協議を聞いていたタチアナさまが両手を胸の前でぎゅっと握り込む。表情は硬くて、青ざめている。


 なんとなくわかっていたけど…タチアナさまはロケのことをまだ割り切ってないんだ。口では嫌ってるようなことも言ってたけど。

 夫婦ってそういうものなのかな。


「おい、まずいぞ」


 取り残した人がいないか、城内の見回りをしていた山の民の一人が広間に入ってきた。


「ロケたちが騒ぎ出した」

「どういうことだ?」

「あいつら、執務室で本当に仮眠してたみたいだ」

「……図太いな」

「そしたらその執務室にも水が来て、どうにかしろって人を呼んでいる」


 アホなのか?

 いや、病いのせいかな? 状況がまったくわかってない。危機感なさ過ぎ。

 国王軍が来たら自分たちがどうなるかなんて考えてもいないのかもしれない。


 でも今、遠見の広間にいる人たちは命令されたら、また動き出しちゃうんじゃない?

 前世で言う、洗脳みたいな。


 そう懸念すればタチアナさまが頷いた。


「病いの重い者は自分で思考することなく、ロケの命令を聞くでしょう」


 私は改めて周囲の人を見渡す。

 相変わらずぼんやりとして、死んだような目をしていた。

 反対に山の民は生き生きとしている。彼らの間を土の精霊が一つ二つと飛び回っているおかげかもしれない。


 彼らの背後にある窓の向こう。かすかに地平線や山陰の輪郭が見え始めた。もうすぐ夜が明ける。

 けれど城の真上の雷雲は動かず、稲光と豪雨が止まない。

 その中を鳥が飛んできた。

 風に押され、ふらつきながら停まるところを探して………。


「あ!」


 私は急いで窓を開けた。あの青色はリオネルさまの風鳥だ!


「リオネルさまっ?」


 雷鳴にかき消されそうな私の声を風鳥は聞きつけてくれ、伸ばした手に下りてきた。


「まぁ、なんてきれいな……」

「大神官リオネルさまの鳥です」


 青空のような風鳥は、前に見たときよりしっかりした形を取っている。


(状況を伝えろ)


 触れた場所からリオネルさまの声。私は無我夢中で語りかけた。


「城内の人たちと遠見の広間っていうところに避難しています。水かさが増して、城も水没しそうです。夜明けまで持たないかもしれません。泳げない人がたくさんいるので、船が必要です。あと、水の中にいる精霊たちの様子が変なんですっ。水が渦を巻いたり吹き上がったりしています」


 一気にしゃべると、風鳥はすいっと飛び上がり雷雨の中に姿を消した。


 やば、領主たちの動きも伝えればよかった。でもハッキリしたことが分からないし、中途半端な情報が戦況に影響したらまずいし……。


 色々考え込んでたら、ふいに荒々しい足音がこっちへ向かってきた。


「ロケだ」

「聖女さま、隠れて」

「………はい」


 集まってる人の間に混じり、しゃがみこむ。

 なるべく小さくなっていたら、背を労るように撫でられた。見れば、部屋で私の世話をしてくれていた女性だ。

 まるで我が子をかばうように、自分の影に私を隠す。

 手のぬくもりが温かい。


「ありがとう、ございます……」


 目は変わらずどんよりしてるけど、私を守ろうとしてくれるその心は感じて、涙がにじんだ。

 

 足音はいよいよ大きくなり、バン!と扉が開かれる。


「なんだ、お前らはっ」

「領主さま、ご無事でしたか?」


 ルイさんが落ち着いた声で、さも心配している風に問いかける。


「無事なわけがあるか! 水が来てるぞ」

「はい、我々の部屋にも来ましたので、ここに避難しております」

「オレの呼び出しに誰も応じなかったのはどういうわけだ!」

「それは申し訳なく……雷鳴と雨音で聞こえませんでした」


 入ってきたのはロケと執政の五人。

 みんな尊大な態度で広間の上座にあるソファに陣取る。


「おい、酒を持ってこい」

「厨房や倉庫が水没しておりまして、何も…」


 ルイさんの答えにロケたちは忌々しそうに舌打ちした。


「ん? そこにいるのはタチアナか」

「ロケ……」


 避難している人たちの中でも、稲光に照らされた妻の姿は見分けたらしい。


「ちょうどいい。こっちにこい。オレの側にいろ」

「……なぜですか?」

「お前には言ってなかったな。もうすぐ国の使者が来る。誤解があるようなので、一緒に説明するんだ」

「誤解とは…」

「この異変の原因が我らにあると国は思ってる。まぁ、説明すれば誤解は解けるがな」


 ロケはたいしたことはないと肩をすくめた。


「しかし第六王子は野蛮な人間だな。国王の権威を笠に軍まで引き連れてフラドを脅迫してきた。まだ子供だから視野が狭いんだろう。ここはこっちが大人になって話し合いをしてやる。だからタチアナも同席しろ」


 ロケがレイモンドさまを小馬鹿にしているのが、めちゃくちゃムカつく。あの横っ面にビンタしたいけど、脂ぎってるから、触りたくない。でも殴りたい。


「……あなたは状況を分かっていらっしゃらないの?」


 私とは違う葛藤を押し殺すようにタチアナさまが言う。

 ロケはふんと鼻を鳴らした。


「話し合いをする気があるなら、迎え入れる準備をしなくてはいけません。でもこの城のどこに国の使者や第六王子を通せるんですか?」

「この広間に呼べばいいだろう」

「その前に助けを求めるべきです。ここにいる者たちや館の者たちの命が掛かってます」

「オレは領主だ。お前たちもオレが助けてやる」

「どうやってっ!」

「近付いてくる船を奪い取ればいい。それにお前らを乗せてやる。それでいいだろう」

「あの船影は海軍ですよね。フラドの戦力と装備が違い過ぎます。奪い取れるはずがない。もっと現実を……」

「うるさい!」


 ロケが手をあげ、タチアナさまを殴打した。

 思わず叫びそうになった私の口を世話係の女性が塞ぐ。

 そばにいたマリオおじいさんの分厚い手が両肩に乗った。

 目線で落ち着けと言われて、ぐっと息を止める。


 くっそ、妻に手を上げるなんて最低。

 領主としてもアウトだけど、人として万死に値する!


「お前は大人しくオレに従ってればいい。ああ、それと国王軍に引き渡すから、兵たちはすぐに聖女を捜して来い」

「聖女さまをどうするんですっ」

「聖女は悪漢によって、さらわれてきた。今はフラドで保護していると国王軍に伝える」

「なるほど、さすが領主さま」


 執政たちが感心したように誉め称えた。 


「だが聖女が行方不明では分が悪いからな。この水に怯え、どこぞで震えておられるだろうから、すぐに探し出しお助けしろ!」


 うん、あんたが言う聖女さまは確かに震えてるけど、怯えじゃなくあんたへの怒りだ!


「聖女は可憐な女だった。この寒さで身も心も冷えきってるに違いない。見つけ次第オレが温めてやろう」


 こんな時なのになに盛ってんだ! 気持ち悪くて鳥肌ぼつぼつ。

 さっきとは違う意味で震えたわ!


「わかったな? お前ら全員で探して来い! 女共もだ!」


 ロケの言葉にみんながゆらりと立ち上がり、ぎこちなく動き出す。

 一瞬その人たちが命令に従って私の方に来るかと思ったけど、こっちには一切見向きもせず、次々に遠見の広間を出ていく。


「聖女さまもご一緒に」


 いつの間にかそばに来ていたルイさんが耳元でささやく。女性が私をぎゅっとしてくれ、ロケから隠すように立ち上がらせてくれた。


「ここを出て、このまま山の民がみんなを避難させます。聖女さまも誘導に協力を」

「わかった」


 遠見の広場は小さな明かり一つだけなので動き出した人間の顔は分からないだろう。

 そう思っていたのに、稲光がかつてない光量で広間に差し込み、人々の顔を浮かび上がらせた。

 ロケの顔もはっきり見える。ということは私の顔もばっちり。


「聖女!」


 しまった! 見つかった!


「こんなところにいたとはな」


 ずかずかと駆け寄られ強く腕を掴まれた。

 世話係の女性がかばおうとしてくれたけど、ロケに押し退けられ、壁に叩き付けられる。


「ちょっと! 何すんのよっ」

「わめくな、こっちに来い!」


 目付きのいやらしさにイヤな予感しかしない。ここで大人しくしてたら、絶対どっかの部屋に連れ込まれる。


「暴れるな、悪い思いはさせない」

「離してっ」

「ふふ、すぐにそんな口を利けないようにしてやるぞ」


 気色悪さにリミッターが外れたのか、私はものすごい力でロケを振り払えた。

 その勢いで広間を飛び出し、私は走り出す。


「待て!」

「誰が待つか!」


 逃げるにしても、下は水没してるから上階へ行くしかない。そう思って階段を駆け上ったけど、すぐに行き止まる。

 目の前に鉄の扉。押し開けたら屋上に出た。

 そして私は遠くの地平線と空の境目を見つける。


「夜明け……」


 雷雨に打たれながら城壁の際まで走り、周囲を一望した。

 城の上空にだけ雷雲が立ちこめているが、はるか向こうの空は薄いオレンジ。

 城壁にしがみついて湖面を見下ろせば布陣する船団。

 一際大きい立派な黒い船、その舳先に白い人影。


「あれは……リオネルさま!」


 人影は城に向いたままこっちを向いている。

 ゆっくりと昇り始めた太陽。その光を受けてリオネルさまがきらめく。

 存在が神感ハンパない。


 船はゆっくり城へ近付いてくる。

 私が手を振ると、リオネルさまの左手も軽く上がる。

 気付いてくれた。

 うれしくてさらにぶんぶんと手を振れば、上がった手が口元へ。しょうがないなと微笑んでるに違いない。

 もう少し陽が昇れば表情も見えそう。


 でもそれ以上近付いたら渦と、増水で吹き上げる強さを増した逆ナイアガラがある。


「リオネルさま! 水が、渦が、危ないです」


 船が巻き込まれたら一大事だ。


「精霊が水中で暴れてるんで…す……」


 そう言いながら、私の脳内で何かが引っかかった。


 水の精霊は、水の中にいる。水がおかしい。

 人間の体内には水がたくさんある。


「だから、人間も影響を……受けてるんだ」


 人間が保有する水分量がどれだけだったか…ちょっと思い出せないけど、たぶん半分以上。

 水の精霊がおかしくなってフラドの水に変化があった。

 それは人間の体内でも同じことが起こっているんじゃないか?


「それが…病いの原因……?」


 体内水分も精霊の影響を受けている。


 私は城壁にしがみついてリオネルさまを見た。

 遠くて細部はよく分からないけど、視線が合ったと思う。

 

「リオネルさま…も気付いて……?」


 声が届くはずもない。だけど、視線を繋げたまま、私たちは頷き合った。


 どこからか、鬨の声が聞こえる。


 

 国王軍が城へ攻撃を開始した。



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