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精霊たちの叫び。




 さしあたって自分が出来ることは何か?


「水中のあのキモい感じを調査しておくべきかなぁ」


 すごくイヤだけど。

 見ない、触れない、回れ右!で避けたい。

 気付かなかったフリして逃げたい。


 だけどそれだからこそ、調べておかなくちゃ。


 マリオおじいさんが去った部屋で、一人うろうろしながら考える。


「なんにせよ、情報が少ない」


 なぜ水中があんなことになってるんだろう。

 ぼんやりしてる人たち、止まない雨。普通じゃないことばかりがここで起きている。

 フラド領がこうなった要因には未確認の祝福の子がいるとリオネルさまは予測してた。


「気持ち悪い水の調査と、水の祝福を受けた人のことを探してみよう」


 私は窓からトネリコ伝いに抜け出して、もう一度逆ナイアガラを見に行く。


 人を避けて暗がりを進む。いい香りがかすかにして目を凝らしたら、厨房らしき場所が側にあった。

 途端におなかがきゅ~と鳴る。そういえばここ最近、おいしいもの食べてないなぁ。

 お母さんの作ってくれるごはん、食べたい。素材の美味しさプラス愛情たっぷりでさらにおいしくて……だめだ、おなかの虫が鳴き止まない。


「なんか木の実とかないかな」


 枝だけの樹を見上げ、ぐうぐう鳴るお腹を手でさすり、空腹をごまかしていたら、ふと気付く。


「精霊が、少ない?」


 私は窓から厨房をのぞき込んだ。

 なんとなく精霊が見えるようになってから気付いたが、松明やかまどの側では火の精霊がいつもキャッキャしている。

 火の扱いに長けた料理人の周囲なんか、火の精霊で大混雑してたりする。かまどが使われない時間でも熾き火に潜って寝てたり……。


 でもこの厨房に火の精霊はいない。


 そして私は自分の周囲を見渡した。

 過去、私はお腹が減ったときに木の実を見つけられなかったことはない。

 なにか食べたいって思ったとき、大抵すぐそばに当たり前のように木の実は生っていた。

 木の実はここだよって、今思えば精霊たちが教えてくれていたと思う。

 だけど、今は……。


 反射的にすぐそばの樹へ手を伸ばす。

 まるで模造品のような手触り。がらんどうの、作り物のよう。

 精霊の気配はおろか、生命の気配さえ希薄だ。


「え、待って。でもトネリコとか、下草あたりには精霊がいた」


 確かに助けてもらった記憶がある。私は訳が分からなくてポケットに手を伸ばす。


「金剛杖さん、どういうこと?」


 反応がなかったらと不安になったけど、金剛杖はぽぅっと熱を出した。よかった、一人じゃない。


「もしかして、精霊がいるのは……私の周りだけ?」


 ブブっとバイブ。


「それって、金剛杖さんのおかげ?」


 ブッ、ブッとなんだか得意気な感じが伝わってきた。


「そっか…私のため、なんだ……」


 金剛杖やトネリコの樹たちに助けてもらえなかったら私は死んでたかもしれない。良くて大ケガか。


「本当にありがとう」


 金剛杖はプルルっと震える。味方がいるって本当にうれしい。そう思ってまた歩き出し…私はすぐに脚を止めた。


「ねぇ、金剛杖さん。具合悪い?」


 ポケットの中でペンのような金剛杖をなでたらプルッと震えた。

 ちゃんと反応してくれるし、そこにあるんだけどなんとなく、違和感。

 ここに連れてこられる前のパワーがない気がする。


「金剛杖さんが元気がないのと精霊がいないのと……湖の水が気持ち悪いのは関係がある?」


 金剛杖はブブブブと小刻みに震えた。まるでうんうんと頷いてるみたい。


「そっか…ちょっと急がなくちゃね」


 時間をかけると悪いことが大きくなりそう。根拠とかないけど、そう思う。


 私は可能な限り早足で、水際へ進む。

 逆ナイアガラは今日も絶好調で水を天へ吹き上げていた。その向こうにあるという館はまったく見えない。


「この水を調べなくちゃ……」


 触れるだけで嫌悪感を覚えるこの水。でも我慢して指先を伸ばせば全身の産毛が逆立った。


「ひえぇぇ…」


 すぐに引っこ抜きたい指先を我慢してさらに押し込む。


 やっぱり水の中は大混乱の精霊たちでいっぱいだった。


「誰か、話をできる子はいない?」


 呼びかけても応えてくれる精霊はいないし、金剛杖はポケットの中で身を縮めている。


「落ち着いて、みんな落ち着いて……」


 あきらめずに呼びかけてみる。他の精霊はムリでもせめて土の精霊だけは応えてほしい。


「ここが一体どうなってるのか、誰か教えて…」

「何をしているのっ!」

「きゃ!」


 背後からいきなり怒鳴られて、ショック死するかと思った。

 飛び上がって尻餅をつき、這って振り返る。狼狽したまま声のした方を見れば領主の妻、タチアナさまが立っていた。


 護衛らしき男性一人と一緒で、二人とも大きな荷物を持っている。


「あなたは…聖女」

「タチアナさま」

「ここで何を…まさか入水?」


 タチアナさまは荷物を投げ捨て、私の腕をぎゅっと掴んだ。そのまま強い力で水際から引きずられ、建物の影に連れ込まれる。


「自殺はいけません。浅慮はお止め下さい」

「あの…死のうとしてたわけではないです」

「水に入ろうとしていましたよね」

「いえ、水の中がどうなっているのか知りたくて触れてたんです。痛いので腕を離してもらえますか」

「これは失礼を……」


 タチアナさまは慌てて私から離れた。言っちゃなんだけどものすごい馬鹿力。腕がぎしぎし。


「ではなぜこちらへ? 部屋には見張りがいるはずですが」

「そうでしたか? 気付きませんでした」

「……聖女さま、危ないことはなさらないでください」

「私は私のしたいようにするだけです」


 ここは手のうちを見せないよう、聖女っぽく演技してみよう。


「私を聖女と言うなら、今の扱いはいかがなものでしょう」

「ご無礼をお許しください。御身をお守りせねばとの思いからでございます」

「腕を掴んで引きずるのが? すごく痛かったです」

「申し訳ございません」


 本当に反省してる顔で謝られ、マリオおじいさんにするみたいに意地悪を続けられない。

 どうしようかな……。


「タチアナ、そろそろ時間だ」


 悩んでたら護衛の男性が低い声でそう告げた。

 タチアナさまはその言葉にハッとなって投げ捨てた荷物を抱える。


「聖女さま、暗闇は危ないです。お部屋にお戻りを」


 そう言って二人は建物の裏側に駆け出した。

 その後ろ姿をぼんやり見送って、首を傾げる。

 護衛が領主の妻を呼び捨て?

 それにあの荷物はなんだろ。


「考えてもわかんないっ」


 そういう時は体を動かそう。

 私は二人の後を追って走り出す。

 石の階段があって、二人の気配は上の方にある。

 たぶん、ビルの三階分くらいを登って私は屋上へ出た。


 前方に二つの影と、大きな装置。おそらくあれはマリオおじいさんが言ってた投石機だ。

 男性がスプーンみたいな部分に荷物を載せていて、タチアナさまが手すりから身を乗り出して遠くを見ている。


「ルイ、来るわ!」

「離れてろ」

「わかった。あっ」


 タチアナさまが私を見つけ、側に駆け寄ってきた。


「聖女さま、こちらへ」


 投石機から距離を置かされて数瞬後、いきなり周囲が静かになった。


「なに…?」

「水が止まったのです」


 それが合図だったようで、男性が装置から伸びた縄を強く引く。

 重い荷物が弧を描き宙へ飛び出した。

 すぐにもう一つ投げ、男性は暗闇に目を凝らす。


 暗闇に消えた荷物の行方は分からないが、小さな灯りがはるか遠くで小さく揺れた。


「無事ついたようだ」


 タチアナさまと男性は安心したように息を吐く。


「今のは…」

「聖女さま、お戻りを。すぐに兵士がこちらにやってきます」

「なぜ?」

「水が落ち着いてる間に荷物を投げ入れるためです」

「え…今のあなた方のは?」

「薬と、領主に知られたくない個人的な荷物です」


 タチアナさまに手を引かれ階段を下り、男性の指示でそのまま繁みに身を隠す。なんで?と聞く前に近くの建物から足音がして、兵士が数名屋上へ駆け上がった。


「兵士たちは食糧を投げ入れに行ったのです」

「なるほど…。水はいつまで凪いでるの?」

「わかりません」

 

 このまま部屋に戻るよううながされたが、私は凪いだ湖をじっと見た。

 逆ナイアガラがあった向こうに今にも崩れ落ちそうな館がある。


「ぼろぼろ…」

「はい。長引く雨とこの湿気、何より滝の中に閉じ込められているような状況です。人の住める場所ではありません」

 

 そうだろうな。カビだって生えるだろうし、建材はぐずぐずになるだろう。


「何人もの人間が病いを得ています。先程投げ入れたのはその薬です」


 男性が私にそう語る。


「あの…もしかしてマリオおじいさんの仲間ですか?」

「はい。山の民ルイと申しまして、この城では薬師をしています」


 ルイという男性は私の前に跪いた。


「え、あの…」

「聖女さま、水の引かないままではあそこにいる者は皆死に絶えます。いえ、この城にいる全員です」

「ルイ」

「タチアナも我々も何とかしたいと思っています。どうぞお力をお貸し下さい」

「そんな…。私に……私は何もできない……」


 真剣な様子に怖じ気づいて一歩下がる。ルイさんは緑の瞳で私をじっと見た。


「自分には少しばかりの能力があります」

「能力?」

「精霊を感じます」


 えっ、この人も祝福の子だったの?


 驚いて問えばルイさんは首を振った。


「鑑定を受けても聖遺物は反応しませんでした。精霊を感じると言っても聖女さまたちとは比べ物にならないレベルでしょう」

「はぁ…」

「けれど、薬草を栽培したり調合するときにふとひらめきが降りてきます。それに従えは大抵よい結果になる。その時に小さな笑い声を耳にします」


 わかる。


 リオネルさまも言ってた。精霊って本来そうやって気まぐれに私たちを助けてくれる存在なんだ。

 人が感じ取れるかどうか、精霊は気にしてない。

 ただ思うままに遊んでるだけ。


「雨に閉ざされた今のフラドでは精霊の気配を感じられずにいました。しかし聖女さまがいらしてから、あなたの周囲に多くのきらめきを感じます」

「私の周りに?」

「はい。皆、あなたを慕って付き従っているようです。祝福の子であらばこそのことでしょう」


 真面目な声で言われ、私はきょろきょろする。

 確かにいくつか精霊の姿があるけど、これは金剛杖さんが呼んだのではなくて?


 ルイさんは跪いたまま動かない。

 

「あの、質問してもいいですか?」

「ご随意に」

「あなたは湖が凪ぐのが分かるのですか?」


 荷物を投げたときのことを思い返して問えば、ルイさんは頷いた。


「はい。分かると言っても予兆のような言葉に出来ない空気の流れを感じます」

「なるほど…。じゃあこの水は触れます?」


 私は湖水を指差した。


「はい、何か問題が?」

「さわっても気持ち悪くないですか?」


 ルイさんは立ち上がり、手を水に浸す。


「特になにも…自分はおそらく土の精霊との相性が良いようなので水のことは詳しくありません」

「そう…ですか」


 私もそうなんだけどな。

 なんで私だけ気持ち悪いんだろ。


 なんか納得いかない気持ちのまま、指先で水をなぞる。


「ん?」

「聖女さま?」

「あ、なんでもないです」


 あれ~? それほど気持ち悪くないぞ。

 さっきより耐えられる。鳥肌は立たない。


「そうだ、今なら……」


 私は手首まで水に浸け、目をつぶる。


 誰か、応えて。


 心の中で問いかけたら、ピリリと指先に静電気があたる。

 あ、これ精霊の気配だ。

 そう思ったらどんどん感覚が研ぎ澄まされていく。私の指先から糸が伸びて水中へ広がるような感じ。

 その糸で精霊に触れた。


 みんなどうしたの。だいじょうぶ?

 

 水の中でパニックを起こしていた様々な色の精霊たち。今はぐったりと水中を漂っていた。感じるのは諦め。何をしても無駄って精霊は思ってる。


 私に何ができる? 助けたい。


 その声が伝わったのか、水中で精霊たちがざわざわと動き出した。


 助けて助けてこわいこわい。


 伝わってくるのは精霊の恐怖。みんな泣いてる。


 どうやって助けたらいいの? 教えてっ。


 手に精霊がすがってきた。その途端、私を貫く言葉。


 結界を壊して!


「結界…っ?」


 問い返そうとさらに手を伸ばしたら、全身に鳥肌が立った。


「聖女さま、水が逆巻きますっ」


 ルイさんに言われ、顔を上げる。

 また湖面が渦巻き、水が吹き上がり始めた。

 精霊たちも再び水中で無秩序に走り回り、パニックを起こす。

 同時に嫌悪感も戻ってきて、もう水に触れられない。

 手を引っこ抜いて、水辺から離れた。


「聖女さま?」

「あ~、きもちわるっ」


 何度味わってもダメだ、この感触。冷や汗出る。


「それにしても……」


 精霊たちは結界と言っていた。

 そっか、結界を見つけて壊せば解決するんだな。

 結界、なるほど、うーむ。結界…結界……。

 結界ってなんだ?


「誰か私に攻略本持ってきて……」


 先行きがもっと分からなくなって、私は天を仰いだ。





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