フラド領主。
翌朝、私はまたベッドの上でごろごろ寝返りを打ちながら考える。
まずその一。捕らわれてる人を助けるか?
自分の身さえ助けられてないのに大人数を一人で助けるなんてできっこない。
マリオおじいさんのアバウトな作戦に協力する?
その場合、領主とコンタクトを取らなければいけない。
その二。精霊を助ける。
土の精霊やトネリコの木とは意思疎通できてるし、こっちのほうが可能性はあるかも。
リオネルさまが水の精霊を完全にはコントロールできなかったことを思えば、その可能性さえわずかだろうけど。
「それをするにしても、精霊に話し掛けるくらいしか思いつかないよ…」
ただ祈ればどうにかできそうとかそういう問題じゃない。それならリオネルさまがとっくにやってるはずだ。
「あと、あの違和感なんだろ」
湖水に触れた時に走った寒気を思い出して、また自分をぎゅっと抱きしめる。
あの感覚、言いようのない気持ち悪さ。
確かに精霊たちに何かが起ってる。
私は金剛杖を握り、問いかけた。
「私、何をすればいいのかな」
反応はない。金剛杖も困惑しているような気がする。
「私なりになんとかしたいと思ってはいるけど、情報も少ないしどう動いたらいいんだろうねぇ…。とりあえず、すぐに殺されるって状況ではないのが救いかも」
そう結論付けて起き上がれば、廊下から足音が聞こえた。
すぐにドアが無造作に叩かれ、武装したいかつい男性とわたしのお世話係になってるらしい女性が入ってくる。
「領主さまがお呼びだ」
この人もどこかしらぼんやりした雰囲気。目の焦点が合ってない感じ。
女性が無表情でわたしの手を引く。
やっと面会かぁ。
ちょっと怖いけど、情報が少なすぎて身動き取れない。何かするにしても領主の顔くらい確認しておかないと。
万が一、話し合いが出来そうならもうけものだ。
そう考えて素直についていった。
歩いているのは石造りの廊下。途中回廊みたいな場所を通り、偉い人がいそうな建物に入った。
そこには侍女や従僕がちらほらいたけど、やっぱりどんよりした目してる。
「お連れしました」
「入れ」
ここにいる人たちはみんな抑揚のない話し方をする。動きもスローモーションで、眠くなりそう。
「聖女さま、こちらへ」
「あの、一緒に付いてきてくれますか?」
一人はやっぱり不安だし、顔なじみがいてくれたらありがたい。そう考えてお世話係の女性に話掛けたら、ぼんやり濁った目で見つめられた。
今日はその目に光があるような気がする。
「…ダメですか?」
重ねて問えば、頭を横に振られ背中を押された。
「しょうがない。行ってきますね」
あきらめて言えば、頭を下げられ見送られた。
部屋に入ると体育館みたいな場所だった。奥の方に立派な椅子があり、でっぷり肥ったおじさんが座っている。
あれがフラド領主か……。
「ふむ、近くに寄れ」
イヤだけど、話だけはしてみよう。そう思って歩き出す。
「おい、ロープはどうした」
「ゆるんで勝手に解けましたよ」
適当に答えたらそうか、と頷かれた。ここ、信用するんか~い。
もう一度縛れとか言われたらたまんないので、話題を変えよう。
「あなたは?」
「うむ、フラド領主、ロケ・フラドだ。お前が緑の聖女か?」
「……」
「名は?」
「……あなたが私をここへ連れてきたのですか?」
名乗らず不快感を表情にのせてみるけど、領主は気にした風もない。
「オレが連れて来いと言ったのではない。おまえの評判を聞き、会ってみたいとつぶやいただけだ」
「わたし、さらわれてここに来たんですけど」
「おぉ、それはなんとしたことだ」
わざとらしい。
「誰の仕業か知らぬが、気の毒な」
「私、帰りたいんですが」
「うむ、きちんと家まで送り届けよう。だが、その前に願いを聞いてほしい」
「……なんですか?」
「雨に閉ざされた我がフラド城下をご覧になったか?」
「はぁ」
「この雨を止め、大地を取り戻してもらいたい」
できるわけないだろ。
心の中で即レスしちゃった。
「……おっしゃる意味がわかりません」
「我が領では、ここしばらく雨が降り続き、このような有様になってしまった。これほどの異変は過去に例を見ない」
よ~く見れば領主は内臓にもたっぷりと脂がのっている体型だ。正直近付きたくない。
「祈祷師を呼んで雨が止むよう儀式を行ったが、叶わずでな。これはもう高名な聖女におすがりするしかあるまいと思っていたのだ」
「大神官さまにお願いすればいいのでは?」
「大神官にご足労いただくのは申し訳ない」
わたしのご足労は申し訳なくないんですか~?
「こんなことになった原因に心当たりは」
「まったくない。民にも苦しみを与えてしまい、領主として情けない」
苦悩する演技がクサいなぁ。
「ゆえになんとしても早急に民を助けたいんだ。協力を願いたい」
「ムリです」
「なぜだ」
「だって私は水の祝福を受けていないのですから」
「精霊と話せるなら、頼むことができるだろう」
「できません。それができるのは水の祝福を受けた方でしょうね。やっぱり大神官さまを…」
「いや、それには及ばぬ。第一伝手がないのだ」
「では私が国王に奏上しましょう。そのためには王都に行かなければ……すぐにでも船を出してください」
「あいにく使える船に故障が見つかって修理中なのだ」
「小舟で構いませんよ」
「漕ぎ手がいない。なにしろこの状態だから人手不足でな」
ニヤニヤしたまま、ああ言えばこう言う。ホント最低。
領主の近くで、きれいな女性がはらはらしながら会話を聞いている。目がどんよりしてないし、衣装も立派だから領主の妻かな?
私の視線に気付いたその女性が、慌てて頭を下げる。それを見て、領主が大げさに手を打った。
「そうだ、ありがたくも聖女をこの領にお迎えしたのだ。歓迎の宴を催そう」
「は?」
こんな時に?
同じ疑問を妻らしき女性も口にする。
「うむ。こんな時だからこそ聖女さまをもてなして、精霊たちに我々の頼みを聞いてもらおう。そうと決まれば早速準備だ」
「参加するなんて一言も言ってませんけど」
不信感たっぷり視線に乗せて睨めば、にたぁと笑われた。キモい。
「遠慮するでない。旨い酒と肴で夜通し語り合おうぞ。そうだ、せっかくの宴だ。その地味な服より良い物をお送りする。若い娘の膚によく映える薄衣をな」
スケベ心が透けて見えて、さらにキモい。
全部断ろうとしたら、横の部屋から人が慌てた風情で入ってきて、領主に何かを差し出す。
「領主さま、これを」
「なんだ、今聖女と語り合っているのに……」
不快そうに何かに目をやり、領主は顔色を変えた。
「うむ、……すぐに行く。聖女よ、すまぬが用ができた。夜の宴まで、ゆるりとくつろいでいてくれ」
私の返事を聞かず、言い捨てて領主は横の部屋へ入っていった。
部屋に領主の妻らしき人と残されて互いに見つめ合う。
「どうしたんでしょう……」
「おそらく、政務的な問題が起ったと思われます。ご足労いただきましたのに申し訳ありません」
「あの…部屋に戻ってもいいんですか?」
「はい、不自由はございませんか? 足りないものは…?」
物言いはおだやかに、でも済まなそうに彼女は問いかけてくる。
「失礼ですけど、あなたは?」
「タチアナ・フラドと申します。領主の妻です」
「私を帰してほしいんですが」
「わたくしにはどうにもできず……」
タチアナさまは青い顔でまた頭を下げる。
う~ん、ぼんやりしてなくて、きちんと話せる人って貴重だよね。ついでに少し情報収集しておくか。
「あの…なぜこんな事になったかご存知ですか?」
「わたくしには見当もつきません」
「では、こうなる前とあとで何か変わったことは?」
「……」
「ここにはどのくらいの人がいるんですか?」
「……」
「これまでで領主の行った解決策ってなんでしょう?」
タチアナさまはこわばった顔で、何を聞いてもだんまり。だめか。
「宴、出たくありません」
「領主が決めたことなので」
やっと返ってきた答え。どんよりしてないけどあきらめきった目。
「出て、あの領主のエッチな視線にさらされるなんてお断りです。なぜあなたは平気なんですか?」
あのキモいやつのことが、と続けようとしたら、タチアナさまが拳を握った。
「平気なんかじゃありません!」
声は大きくないけど、全身の叫び。
握った拳は震え、歯をくいしばっている。表情は嫌悪感に満ちていた。
それを見て唐突に実感する。
この人は信用しても大丈夫だ。
「本音、ですよね。あなたの」
「あ……」
「話して下さい、ここでのことを」
領主に近い存在から話を聞けたら事態が動かせる。
そう思って身を乗り出したら、タチアナさまがハッと我に返った。
「……取り乱しました。失礼」
「あ、待って!」
タチアナさまはパッと身をひるがえして走り出し、領主とは別のドアから出て行ってしまった。
そのスピードに追いかけることもできず、呆然と見送る。
「大人しそうって思ったけど、けっこう素早いわ、あの人」
高貴な女性は走るなんてことしないはずなのに、脚の速さは野良育ちの私と大差ない。
しかも戻ってくる気配はない。
「…ここにいてもしょうがないか」
元来たドアの外に出れば、私をここに連れてきた二人が彫像のように立っていた。
私を見ると、また手を引かれ部屋に戻る。
「ん~……」
たいした情報が得られなかったな。消化不良の気持ち。
ため息をついて窓の外を見れば、樹々の間に黒いモノが動く。
一瞬身構えたけど、よく見ればマリオおじいさんだった。猿かと思った。
しかも枝から枝へ飛び移る動きは、とある配管工のおやじも思い出す。
あぁ、懐かしいなぁ。あのゲームまたやりたい。
しみじみしてたら、マリオおじいさんがぬっと顔を出して「すごいぞ!」と叫んだ。
「何がですか?」
「フラド城周囲に他の領から人がどんどん集まってきてる」
「人が?」
「王都からもだ。ありゃ、軍勢じゃないだろうか」
「軍?」
「海からは船団が川を遡上してきている。早船で報告が上げられたようで、領主たちが今大慌てで確認しているところだ」
「遡上? でもこの湖は閉ざされてるはず…」
リオネルさまがそう言ってたような。
私が首を傾げてる間にマリオおじいさんは言うだけ言ってすぐに消えた。
そして陽が沈む頃にまたやってきて、さっきよりさらに興奮して話し始める。
「船団の先頭にいるのは大神官らしい」
「リオネルさま…っ?」
「そうだ。船はやはり軍船で、伝令の話だと陣頭指揮を取ってる」
「大神官なのに軍船で陣頭指揮?」
なんだそりゃ。
「うわさだが……青年時代は兵法を学んだ後に兵卒をしていたと聞いた」
「リオネルさまが? あのたおやか美人さんが?」
基本的にインドアっぽそうな現在の姿から想像できなくて悩んでたら、マリオおじいさんは構わず続ける。
「それよりだな、国王の派遣した軍が対岸の見える位置に布陣した」
「えっ」
「こっちは第六王子が陣頭指揮をとっている」
心臓が跳ねた。第六王子って、レイモンドさま……。
「王子は強硬手段も辞さずという姿勢で、矢継ぎ早に要請、いや命令をフラド領主に出している」
「命令……」
「仲間の得た情報だが、無条件開城と領主の指揮権の委譲、城内にいる人間の無血解放」
マリオおじいさんは興奮した風情で続ける。
「すべてに国王の印があり、フラドは無視できない。すごいぞ、国は本気だ」
「レイモンドさま、リオネルさま……」
高揚感がわきあがった。
レイモンドさまとリオネルさまが近くに来てくれてる。
それだけで、心強いのに様々な手を打ってくれてる。
私の気持ちに寄り添うようにポケットの中の金剛杖も熱を持った。
「私も、やる」
やれることをして、少しでもあのお二人や精霊たちの助けになりたい。
衝動のまま、私は立ち上がった。




