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無秩序。





 巨大な噴水か、逆ナイアガラ。

 大自然のアトラクションを目の当たりにして、力が抜けた。

 ここに連れてこられる前、湖水を流すウォータースライダーを必死で作ってた私、敗北感。


 マリオおじいさんたちはここからどうやって中の人を救い出すつもりなんだろう。

 そう問えば、マリオおじいさんは腕組みをして、湖面を睨んだ。


「仲間の話だと、あの水はたまに止まるんだ」

「止まる?」

「大抵ああして吹き上げているが、ふいに湖面が凪ぐ」

「じゃあ、その間に助け出せそうなんだ」

「あぁ。だが、……ここ数日試してみたがすぐにまた水が動き出してしまい、小島まで進めない」


 あの水はランダムに噴き出してるのか。それなら止まってる時間も予測できないよな。

 今だ、それ!って小舟に乗って脱出しても、その最中にまた水が逆噴射したら巻き込まれてしまう。


 そう言えば、マリオおじいさんは重い息を吐いた。


「そうだ。危険すぎる。ここからじゃ暗くて見えないが…吹き上がっている間、湖水は常に渦を巻いてる」

「そんな中で泳ぐなんて無理ですね」


 昔テレビで渦潮の映像を見たことある。そういうところは水面より水中のほうが流れが早く、巻き込まれたらまず出て来れないそうだ。


「渦があるのはここらへんだけですか?」

「あぁ。聖女を連れてきたルートは波がおだやかなほうだ」

「中にいる人は無事なんですか? 食事は……」

「水が止まったときに、食糧を投石機で投げ入れてるらしい。あれだ」


 指差されたのは城の屋上に突き出た装置のシルエット。

 かすかに何かあるなって程度しかわからない。

 しとしと、霧雨が降ってきた。


 私は宙に手を伸ばす。湿気がすごい。


 土に手をあててみた。子供の頃、田植え実習で触れたあぜ道の感触に似ている。


「ん?」


 ポケットの中で金剛杖がかすかに震えた。そわそわ、貧乏揺すり。


(どうかした?)


 返事はもどかしげな震えだけ。

 触れてる土も同じような気持ちらしい。


「なんだろ…」

「どうした、聖女」


 マリオおじいさんを無視して私は岸辺に近付いた。

 荒い波が立つ湖水に触れてみる。


 途端に、怖気が走った。


「ひょっ」


 ぞぞぞっと指先から腕へ、腕から全身へ鳥肌が立つ。

 無意識に手を引き、自分で自分を抱きしめた。


「なにこれ…」


 指先から流れてきたイメージは、精霊たちが水中を無秩序に動き回るもの。慌て、惑い、ばたばたしてる。

 しかも何色もの精霊がいた。

 もしかして水だけじゃなく、他の精霊たちも水中にいるの?


 水の中で何かが起ってる?

 それとも水中に何かいる?

 まったく見当もつかない。

 

 しょうがないので、怖気をこらえてもう一度水に触れてみる。

 

 精霊たちはやっぱり動き回っていた。

 呼びかけても誰も動きを止めない。金剛杖もポケットの中で今にも飛び出しそうになってる。


 これは一体何事……? わかんないよ、リオネルさま~。

 

 心の中で助けを求めたけど、当然誰も返事はくれない。

 困惑したまま私は立ち上がり、マリオおじいさんを振り返る。


「あの…あなたは精霊の存在を感じますか?」

「いや、俺はまったく」

「そうですか……」


 この感覚をどうやって表現したらいいんだろう。

 分かるのは焦燥感いっぱいに精霊たちが我を忘れているってこと。

 これを正気に戻してあげなくちゃいけないんだよね。でも誰も私のことなんて気にしてない。大慌てで自分のことで精一杯で……。

 

 私はもう一度逆ナイアガラを見た。

 城の周囲で焚いている灯りでほんのりライトアップされていて、幻想的ではある。

 でもあっちの方には精霊を感じない。そういえば城の中にも。


「……たくさんの女性が捕らわれてるって言ってましたよね。中に何人くらいいるのか分かります?」

「仲間たちと話してみたが…五十人以上はいるはずだ」

「五十人以上……多い」

「領主が手当たり次第集めた女たちだからな。水が止まってる間に数人ずつ逃がすべきだと言う仲間もいる」

「それじゃあ気付かれたとき残ってた女性がどんな目に遭うかわからないです。危険じゃないですか?」

「そうなんだ。だから領主の目がなるべく長くあそこから逸れていてくれるとありがたい。できれば十日以上」

「それをわたしにやれって? ムリですよ」

「できるだろう。聖女の力を見せれば喜んで食い付く」

「そもそも聖女じゃないし」

「聖女は領主好みの顔だと思うぞ。ちょっと笑って気を引けば……」

「だから色仕掛けなんてもっとムリだし!」


 女性の尊厳をなんと心得る! 成敗したい!


「やっぱり協力しません」

「おい…」

「デリカシーなさすぎだし、女ってのをなんだと思ってるんですか」


 腹立つ~。


「大声を出すな。怪しまれる」

「知りません!」


 私はざくざく下草を踏んで元来たけもの道を戻る。

 マリオおじいさんは慌てて付いてきた。


「すまぬ、気を損ねたか」

「損ねました!」


 よ~く考えなくてもこの人、私を問答無用でさらってきてこんな状況に置いたんだ。気を許しちゃいけない。


「おい、聖女」

「うるさいです。見つかりますよ」


 トネリコの根元に来れば、さわさわとやさしい葉擦れの音。やさぐれてた気持ちが少し和む。

 このトネリコの周囲には土の精霊がいた。

 もちろん数は少ないけど、ホッとできる。

 感謝の気持ちを込めて手を伸ばせば、やわらかく枝がたわみ、私を包んでくれた。守られ、私は木を登る。


「聖女っ」

「私は、やることがあります」


 あんまり話しかけないでほしいなぁ。

 登りながらしゃべるの、けっこう大変。


「やること?」

「私なりにしておくべきことです」


 精霊たちが助けてって言ってた。

 その声に急かされて私は南に来た。そしてここにいる。

 私に何ができるのかわからない。でもできることを探して、この異常事態を解消したい。

 器用でも策略家でもないから、それ以外のことは手に余る。


「だから、人間の救出はそっちでやってください」

「だからってなんだ、聖女!」

「おやすみなさい」


 言い捨てて部屋に飛び込む。もちろんトネリコのヘルプ付きで。

 

 外しておいた格子を戻し、ベッドにどさりと乗り上げる。


「考えなくちゃ。どうしたらいいか……」


 ポケットから金剛杖を出す。


「さっきの状態がなんなのか、分かる?」


 問いかけても金剛杖からは何も感じない。ぐったりと力尽きているような感じだ。


「どうなってるのさ」


 つぶやきは、途方にくれた子供の声そのものだった。





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