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ちょっと一発。





 おじいさんが言うには、山の民は小さな集団がたくさんあり、村や町のような大人数では生活していない。

 定住する集団もあれば、日々移動している集団もある。


「互いに干渉し合わないで生きているが、助け合うことも多い」

「ちゃんと文化があるんですね」

「そうだ」


 おじいさんは得意気に頷く。その山の民たちは、以前からフラド領主と取引をしていた。


「山の野草は薬になる。わしらはそれをフラドに卸して金を手にし、山では調達できない物資を買っていた。だが五年前から変わった。ロケ・フラドのせいで」

「確か…代替わりした領主ですよね」

「そうだ」

「酒好きで女好きの」


 レイモンドさまから聞いた情報を思い出し、ついでに顔も思い出して涙が出そうになる。

 ぐっと口を引き結んだら、おじいさんがまた目を逸らした。別に睨んだわけじゃないんだけどな。ん? そう言えば……。


「その人に私を貢ぎ物にするって言いましたよね?」

「……そうだ」


 おじいさんは苦々しげに頷く。苦悩しているとでも言いたげなその顔をちょっと一発殴りたい。

 私の殺気を感じたのか、おじいさんはちょっと後ずさり言葉を続ける。


「領主着任のパーティがあり、山の民を代表してあいさつに行ったら、薬草ではなく若い女を献上せよと言われた」

「若い女?」

「そうだ」

「もちろん断ったんですよね?」

「当たり前だ。領主もその場に妻がいたからそれ以上言うこともなく終わった。だが、好色のタチはおさまらないものだ」


 領主は城の端に建物を造り、そこに気に入った女を住まわせるようになった。


「女をコレクションと思っているんだろう。飽きたら追放して、また商人から仕入れて」

「商人?」

「違法な者はどこにでもいる」

「じゃあ、おじいさんも人身売買の商人なのね」

「あいつらと一緒にするなっ」


 嫌悪感ばりばりに睨みつけると、おじいさんも歯を剥いた。


「わしは末娘を売られてしまった」

「おじいさんの娘?」

「薬草の取引で町へ降りたときにかどわかされた」

「それは、本当?」


 なんだか都合のいい話に聞こえるし、それにほだされるつもりはない。だからおじいさんの言葉も鵜呑みにせず、だまされないぞ!という空気を出してみた。


「本当だ。もちろん気付いてすぐに抗議をし、取り戻そうとしたんだ。だが領主の警備隊に阻まれ、未だに救い出せない」

「それに私がなんの関係があるのよっ」


 その娘さんには気の毒だけど、だからと言って私をさらっていい理屈はない。


「関係はある」


 おじいさんは大きく息を吐き、かすれた声で続けた。


「助け出そうと忍び込ませた者たちの情報だ。夏くらいから、女たちの住む建物に領主が向かう度に城内に水が溢れるようになった」

「はぁ……」


 いつしか天気の悪い日が増え、日の差さない城内の空気が段々悪くなり、それと同時に働く者たちから生気が消えて……誰も何も対策しないまま、雨は降り続け、水が溜まり城が孤立した。


「忍び込ませた者の数人も様子がおかしくなってしまい、今でも寝付いたままだ」

「へぇ…」

「信じておらぬな?」

「そういうつもりじゃないんですけど」


 信じる前に話が飲み込めない。

 普通に考えて、領主がイヤだった女の人がこの状況を作り出したってことだよね。たぶん、水の祝福の力を持ってるんだろう。

 でもそれだけで、この状態になるのか……。

 首を傾げていたら、おじいさんは土を脚先でもどかしげに引っかいた。

 

「水のカーテン?」


 それってどういう状態なんだろう。


「えと、水が邪魔して外から人は入れないんですか?」

「そうだ。領主にいたっては手下になんとかしろと声高に命ずるだけ」

「国から連絡が来ても、領主は無視してるって聞いたけど」

「当たり前だ。国に救助を求めれば女たちから自分のしたことがバレてしまう。それがいやでなんとかしようとあがいているのだろう」


 なんとなく……悪事は女だけじゃなさそう。

 お金とか絶対ちょろまかしてると思うよ。


「祈祷師や神官くずれを呼んでも状況は変わらないままだ。洪水が起きたことで国も大きく動き出した。手のほどこしようがなくなった領主はお前の評判を聞きつけたんだ」

「私の…?」

「大地を蘇らせられるほどの力を持つ緑の聖女なら、この事態を制することができるだろうと。連れてきた者には望みの褒美を与えるとの触れだ」

「それで私をさらったんですか…?」

「そうだ。だが領主と会う前に兵士にお前を取り上げられた」

「おじいさんは私を使って領主と交渉しようとした。けど、その前に私と引き離されたってことですよね」

「う、うむ……」

「褒美って、娘さんを取り返すこと?」

「……そうだ」

「しかも領主が私に関わってる間に他の山の民が娘たちを救出する?」

「……その予定だ」

「なるほど。そうしてる間に私がどんな危害をくわえられても構わないですよね、他人だから」


 腹立たしい。


「もちろんお前に危害がないよう、間者を幾人か混ぜてある。山の民もほうぼうで動いているし、他の民も領主へ叛旗を翻す準備を始めた」


 私の機嫌を取るようにおじいさんが必死で言い訳をしてる。


「このフラドを救えばお前も聖女の実績と名誉が上がり良いことづくめだろう」

「は?」


 何を言ってるんだ。


「なんで私が良いことづくめなんですか。そんなわけないでしょう」

「なぜだ。聖女は民を救う者だろう」

「私は聖女じゃありません!」


 このおじいさん、極悪人とかじゃないみたいだけど…私のことを駒だと勘違いしてないか? 

 前世でもこういう人いたよね。

 自分に都合のいい考え方する、お願いすれば他人は自分のために働いてくれるって思う人。


「こらっ、大声を出すな」

「じゃあ、勝手なことばかり言わないでください。私をもとの場所に帰してください」

「それはできない。苛立った領主が女たちの住む館に火を放ちそうになっている」

「そんなの私が止められるわけないでしょう」

「新しい女が気に入れば、興味が薄れる。その間に閉じ込められた女たちを救出する手はずだ。協力してくれ」

「協力?」

「他の民の代表と連携し、近いうちに一斉蜂起することになっている。それまで領主の興味を引きつけてほしい」

「興味を引きつけて、私に危害が加えられたらどうするつもりですかっ」

「そこはうまく色仕掛けか口車で……」

「できませんよ。自分の口車に乗せればいいじゃん」

「あやつ、男の話は聞かん」


 あ〜、むかつく。勝手な言い分だ。

 稚拙な作戦のアラは全部私に押っ被せてるだけ。

 なのになんでだろう。この人は敵じゃないって感じる。

 金剛杖も反応しないし、それに……。


 助けてあげて。


 そこかしこから、ひそやかに聞こえる声。

 精霊たちの声だ。


「私はそのために呼ばれたの……?」


 おじいさんを無視して小声で問えば、風に揺られ、樹々や水面がさざめく。

 助けるのは女の人たち? それともフラド領にいる人たち? 


 金剛杖の反応はない。もしかして……。


「精霊を、助ける?」


 ポケットの中で大きなバイブ。

 つられて私も身震いした。

 それ、フラドの異常事態を解決しろってことだよね。

 無理だよ。リオネルさまでさえ無理なのに私にできるわけがない。

 そもそも私は聖女なんかじゃなく、ただの農家の娘だ。


 内心大慌てで周囲を見渡す。

 ここに来て聞こえないと思ってた精霊の声が草の影、岩の隅からか細く届く。


 他の地域より少ないけどいなくなったわけじゃない。彼らは息を潜めてこのフラドを見守っていたのだ。

 その精霊たちが私に助けを求めている。

 

 これは一体どうしたらいい……?





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