お茶も仕事の一環だそうです。
やってきました王宮です!
まず私が通されたのは陛下の御前…ではもちろんなく、どでかい王宮のめっちゃはしっこの建物だった。
「ここですか?」
「そうだ。開けてみてくれ」
「はい」
細長い鍵を渡されたので、鍵穴に差し込んでさっと開く。
中から澱んだ空気が流れてきた。
「ずいぶん使ってなかったみたいですね。建物、傷んではないみたいですけど」
振り返るとレイモンドさまが驚いて私を見ている。
「どうかしましたか?」
「…いや。よく開けられたな」
「そんなに重い扉じゃありませんでしたし」
二人並んで、一歩踏み入れてみた。
「これが温室ですか」
「あぁ。どうだろう。使えるか」
私は返答につまる。
温室と言えば前世の知識から骨組みとビニールだけの簡易なものから、しっかりデザインされたガラス張りの部屋を想像していた。
でもここはただの四角い石造りの建物で、南と東と西の壁三方向にガラスが入っていて、広さは教室二つ分くらい。
どちらかと言えばサンルームだ。
ガラスも前世みたいにいいものじゃない。
光は通すけど、厚みがあるせいか、向こう側はくっきり見えない。曇りガラスよりはマシかなって状態。
天井は高めで、部屋の中央にかまどがあった。たぶん冬の時期はあそこで火を熾し内部を暖めるんだろう。
「うぅむ…」
思わずうなってしまう。
「むずかしいか?」
「そうですね、せまいので収穫量は少なくなります。あと床が石なので根の張るスペースがないのがちょっと…」
前世ではテレビで聞いた。今世では経験として知った。根張りが良いものほど美味しくなる。根張りって超!重要。
「この温室はなぜ作られたんですか?」
「冬の寒い時期でも花が欲しいという王妃のために庭師が考え出したものだ」
「あぁ、花のためならこういう感じでもいいですよね」
「そうだな。去年ここを管理していた庭師が引退してから誰も使ってない。俺の宮に近いから譲ってもらったんだ」
話しながら全体を見回る。
ガラスは所々窓のように開閉できるようになっていて、床は水はけ用の溝や角度がある。
地植えはできないけど、プランター栽培でいけそうだ。
「なんとかなるかな」
「できそうか!」
「温度管理とかやったこともないので、手探りになりますけど」
「それでもいい。頼むぞ。何か必要なものは?」
「頑丈な木箱があったら助かります」
「すぐに作らせる。他には?」
「良質な土が欲しいです」
「手配してある」
レイモンドさまが入口で待機していた黒服さんに合図を出すと、数人の男たちが重そうな袋をいくつも運び込んできた。
「それと頑丈な木箱と底に穴の空いた花瓶だったな。すまないが探してきてくれ」
男たちは短い返事をしてすぐに出て行く。
「さて、移動して疲れてるだろう。私の宮でお茶でも飲むか」
「いえ、土の状態を調べます。あと使いやすくなるようにそうじと片付けを…」
「そうじは使用人に頼めばいい。お茶の後は君が過ごす部屋に案内するから」
私は首を横に振った。
「作業の見通しは早めに立てておきたいです。もしうまく野菜が育てられないようなら、試行錯誤しなくちゃいけないので」
両親と違い、私はまだ農業のプロというわけではない。
でも雇われた以上、結果は出したいので、努力はしてみるつもり。
万が一温室栽培に見切りを付けなくてはいけないようだったら、結論は早いほうがいいし。
うまくいくかいかないかわからないまま、ずるずる…というのも雇用主に悪い。
「なので私のことは構わず、どうぞレイモンドさまはお茶を飲んでお疲れを癒してください」
そう告げるとレイモンドさまはまた微妙な顔をしている。ついでに後ろの黒服さんは噴き出しそうだ。
「レイモンドさま、アイリーン嬢がこう言っているので、宮に戻られては?」
「……アイリーンの護衛をこちらに呼べ。紹介しなくてはならないから、私はここにいる。いいな、アイリーン」
「はぁ」
ここは王宮なんだから、王子さまがどこにいても私に許可を得る必要ないよね。逆ならともかく。
もしかしてここを使う私に配慮してくれてるのかな。偉い立場なのに普通に善い人だ。
「護衛さんが来てくれるまで時間がありますよね。では私はさっそく作業をします」
「いや、俺と一緒にお茶を飲もう!」
「でも仕事をしないと」
「俺とお茶を飲むのも仕事の一環だ」
「そうなんですか?」
「そうだ!」
言い切られた。
そういえば前世で労働者には『接待』なるものがあると聞いた気がする。それの類いかな。
「仕事ならわかりました」
「ここではテーブルもないので、やっぱり俺の宮に…」
「お待たせ致しました」
レイモンドさまの言葉を遮るように涼やかな声が聞こえた。
入口を見ると、騎士服に身を包んだ長身の美人が立っている。
「本日よりアイリーンさまの護衛を務めさせていただきます、ミリアム・ジンジャーと申します。お目にかかれて光栄です」
銀の髪に白い膚、青い目の美女が笑いかけてくれた。
まぶしい…ミリアムさんが美しすぎてまぶしい…!
突然、宝塚の世界に放り込まれた気持ちだ。
「ア…アイリーン・ウッドです。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそこれからどうぞよろしくお願い致します。お可愛らしいアイリーンさまをしっかりお守りいたしますので」
かわいい? かわいいだって…?
自分でも分かる。私は耳まで真っ赤になってる。
ドキドキし過ぎて突っ立ったまま、何も返せない。
映画以上にかっこいい。
「ミリアム…お前」
「レイモンドさま、ここの前庭にお茶のご用意ができております。そちらへ」
「……わかった」
「気軽に女性を宮に連れ込むのはいかがかと思います」
「連れ込む言うな。案内ついでにお茶を飲もうと思っただけだ」
ふてくされた口調のレイモンドさまは私に手を差し出してきた。
「なんですか?」
「手を。エスコートしよう」
ほう!
これがジェントルマンか!
外国の映画でよく見た。その時は大事にされてていいなぁ。イケメンに手なんか差し出されたら、舞い上がる…!などと胸を高鳴らせたっけ。
けれど、実際は…。
「一人で歩く方が楽なので結構です」
私の言葉にレイモンドさまが床に崩れ落ちて「今の、完璧だっただろ…!」と嘆いている。
なんなのさ。