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暗闇。




 その後もリオネルさまに付いて移動し、ミニウォータースライダーをいくつか作って私たちはキャンプ地に戻ることにした。


「あ、その前にちょっといいですか?」


 自分以外、男性しかいない状況で言い出しにくいけど、そっと茂みを横目で見れば意図を理解してもらえたようで無言で頷かれた。

 さすがに護衛のダニエルさんも付いてこない。ありがたい。

 程よい茂みを見つけ、金剛杖を立てかけ「あっち向いててね」と言った途端、私の周りに土の壁が出来た。


「え、もしかして隠してくれてる?」


 なんてありがたい。

 今まで意識しなかったけど、精霊さんたちの心遣いに感謝して用を済ませる。

 手は湖から流れてきた、正確にはリオネルさまと私で流した小川の水で洗い、金剛杖のところに戻ると茂みががさりと揺れた。


「動物?」


 猪みたいのだったらどうしようと怯えて振り向けば、以前出会ったダナとルカが立っている。

「あれっ? こんにちは」

「…こんにちは」

「このまえはありがとう! あの時のおいも食べた?」


 上目遣いに私を見ている二人にゆっくり近付いて問いかけたら、ダナが首を振った。


「じぃじがダメだって」

「え、食べられないものじゃないよ?」

「あれは土から出してしばらくは洞窟に隠しとくんだって。すぐに食べてもおいしくないの」

「え、そうなの?」


 時間を置いて食べる?

 そういえば雪国では寒いところで保存すると野菜が甘く美味しくなるって聞いたことがある。

 村ではどの家庭も小さな地下室を作って野菜を保存していた。

 村で採れるじゃがいもも数日寝かせてから出荷するけど、さつまいももそうなのかな?

 まったくざっくりした理解だけど、糖化とかいうやつかもしれない。


「二人の住まいはこの辺?」

「うん」

「お家の人は?」

「じぃじがちがう芋を掘りに行った」

「そうなんだ」

 

 もしかして山芋とかタロ芋とか他の種類かもしれない。見てみたいな。うまく栽培できたら他の人に食べさせてあげられるし……。


「まだまだ私の知らない土地の作物があるんだなぁ」


 そう呟くとダナとルカが首を傾げる。


「なんでもない。世界中を旅してみたいって思っただけ」

「旅……?」

「色んな場所に行って色んなものを見るの」

「色んな場所……」


 まだ幼い二人にはあんまり通じない話かな。苦笑して、話題を変えようとしたら、金剛杖がシャランと鳴った。


「どうしたの?」


 続いてもう一回鳴る。その音にかぶさるよう、背後からがさりと枯れ草を踏む音がして、振り返る間もなく顔を何かでふさがれた。



















 まず最初に意識したのは音。

 どこからか波のような水音が聞こえた。

 それから次に体の感覚。硬いところに横たわっている。

 そして硬いのにゆらゆら揺れている。


 前世で小学生だったころ。夜中に大きな地震があった。でも深く寝入っていて全然目が覚めない。だけど揺り動かされたという感覚だけははっきり覚えていた。

 今の状態はそれに似ている。


 揺れてる?

 波の音?

 ……もしかして水の上?


 このままじゃまずい。危機感を覚えてパッと覚醒した。

 そして最初に目にしたのは真っ暗な空間。


「なに、ここ…」


 手を伸ばして辺りを探る。

 上に伸ばした手がすぐに何かにぶつかった。そのまま手をスライドさせたら、横にも障害物がある。

 足は伸ばせないほど狭い。

 まるで棺桶の中にいるような………。


 ゾッとして飛び起き、すぐに頭をぶつける。動けない。周囲の、おそらく木の壁ももちろん動かない。

 早くなる鼓動と呼吸、それに震え。


 落ち着け、落ち着くんだ。

 まず一つ一つ確認していこう。


 息、できてる。密室じゃない。

 声、出る。口や鼻はふさがれてない。

 目、見える。真っ暗だけど。

 手、動く。足、動く。なんか重い。


 体を丸めて手を伸ばせば足首が縄で繋がれているのが分かった。しかも……。


「重りがついてる……」


 たぶん私は今木箱のようなものの中に入れられ、おそらく水の上にいる。水がしみ込んでこないから、たぶん船に乗せられている。


 でも足に重りが付いていて、……もし水の中へ放り投げられたら死ぬ。


「やだ……やだ」


 あっという間に涙があふれ出た。


「だれか……お父さん、お母さん」


 私の声に誰も反応しない。

 もっと大きな声で叫びたいけど、状況が分からないからすすり泣くしか出来ない。こわい。


 なんでこんなことになったんだろう。

 こんなところで死ぬのかな。やだ、ホントやだ、死にたくない、怖い。


 ガタガタ震える体を止められないまま泣いてたら、どこかで金属音がした。

 もしかして誰か来たのかもしれない。いよいよ水に投げ捨てられる……?


 しゃくりあげる喉が恐怖で強ばった。

 もう一度どこかで金属音がする。そして太ももあたりが暖かくなった。


「ポケット?」


 スカートのポケットから金属音がする。

 家の鍵でも入れてたっけと考えて、ここは前世じゃないと脳内でつっこみ、また泣く。


「あっつ…」


 そうこうしている間にポケットの中がどんどん熱くなってきた。

 このままじゃ火傷すると慌てて中を探れば、指先に金属が当たる。シャーペン? ボールペン?

 この形状は………。

 

「まさか、金剛杖?」


 ずいぶんミニチュアサイズになっているし見えないけど、この形はもしかしなくても金剛杖だ。

 木製だったはずなのに、今はステンレスかアルミっぽい手触りに変わってる。

 

「……もしかして隠れてるの?」


 ブブ…とバイブ。


「大きいままだったら取り上げられるから?」


 ブブブ~と長いバイブ。


「……ありがとう」


 緊張が解けて、ぐったりとうずくまる。

 金剛杖がそばにあるだけで、恐怖が少し和らいだ。

 とりあえず、呼吸をコントロールできるようになったので、さらに落ち着こうと深呼吸をくり返す。


 じっと聞き耳を立てれば水の音だけが聞こえる。ザザッと規則的に聞こえるのは櫂の音かな? ちゃぽんと言うのは櫂を水に入れる音か、船に驚いた魚が跳ねたのか。


 想像しながら耳を澄ませていたら、いつしか波の音が大きくなってきた。

 たぶん浅瀬か、岩が多くなってきたんだろう。波が立ち、船も前後左右、上下に揺れている。


 これがこのまま続けば船酔いするかも…って思ってたら、ぎしりと大きな音がして揺れが止まった。


「……どこかに着いたんだ」


 これからどうなるのか。再出発かそれともいよいよ……。


 息を潜めて、どのくらい待ったかわからない。

 遠くから誰かの足音がして、私の側で止まった。


「ここに?」

「はい」

「開けろ」


 嗄れた男の声が二つ。かちゃんと鍵を外す音がして、暗闇が破られた。


「まぶし……」


 闇に慣れた目には誰かが持つランプの灯りさえ目に痛い。

 両手で目を覆い、くらくらする視界を守っていたら声を掛けられた。


「緑の聖女だな」

「ちがいます」


 ノータイムで答えたら、嗄れた声のトーンが上がった。


「お前はそう呼ばれているのだろう?」

「知りません」

「聖女の力があるのだと大神官が言ってたはずだ」

「私は聖女なんかじゃないです」


 やっと光に慣れてきたので、薄目で男たちを見る。普通のおじいさん二人だ。

 凶悪な顔ではなかったことにホッとして、まじまじ見つめた。


「大地を蘇らせたと聞いている」

「はぁ、それは……泥だらけになったところを耕しただけです」

「そこで聖女の力を使ったのだろう?」

「いえ、避難していた皆さんと協力して地道な作業をしました」


 そう答えたら、男たちが困惑している。


「あの…これは一体どういうことでしょう…」


 ランプの灯りに照らされた私の足元にはやっぱり縄と重りがある。


「お前は知らなくていい」

「でも怖いです」


 震えながら言えば、おじいさんたちは口元をぎゅっと引き結んで目を伏せた。


「立て、移動する」


 とりあえずこの棺桶みたいな箱からは出られるらしい。

 抵抗してここに残されるより、移動して周囲を把握した方がいいだろう。

 手より足の方が震えてたけど、箱のふちに掴まって体を起こしてみた。

 だけど縄と重りで足が動かせず、箱を跨げない。

 するとおじいさんの一人が重りを外し、私を抱きかかえ、あっという間に通路へ出た。

 木箱と変わらないような細さの通路は短く、急な階段を上がればすぐに夜空が見えた。


「星……」


 雲ひとつない満天の星空。

 きょろきょろとすれば、私がいたのはやっぱり船だった。

 おじいさんは私の体重など気にしないようにひょいと渡り板を踏んで地面に降り立った。

 おじいさんがひょいと渡り板を踏んで地面に降り立つと、乗ってきた船は暗い湖の向こうへ滑

るように走っていく。


「ここは…」


 おじいさんは私の問いにむっつりとしたまま、ざくざくと岩場を抜け砂地を過ぎ、山道へ進む。


 ほどなく高い石積みの壁が立ちふさがった。壁は視界の端から端まで続いていて、とても広い面積のようだ。


「これからお前を貢ぎ物にする」

「え、生け贄?」


 精霊がいるってことだから、もしかして神様とかもいて、私は人身御供ってこと?


 きょとんとしたままおじいさんを見返せば、すぐに気まずそうに目を逸らされた。


「あの……」


 おじいさんは私の問い掛けを拒否して城門へ向かい、苛立たしげにドアノッカーを叩く。

 その音に驚いたのか暗闇から大きな鳥の羽音が周囲から聞こえ、それもまた収まったころ、ゆっくり門が開いた。


「お待ちかねのものだ」

「置いて立ち去れ」

「それは出来ぬ。直々に、目通りを」


 無表情の門兵と、歯ぎしりしながら話すおじいさん。

 とても緊迫した空気だけど、正直私もずっと緊張し過ぎていて……ここら辺ですぅっと意識を失った。






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