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水を動かす。




 その後何カ所かで同じような作業をしたリオネルさまは、大きく息を吐いて手を止めた。

 疲労度は朝の比じゃないけど、口元には充実感が浮かんでいる。


「満足そうなお顔ですね」

「まぁまぁ満足だ。金剛杖を借りていいか?」


 どちらかというと借りてたものを返すって言い方が正しい気がするけど……。

 私から金剛杖を受け取ったリオネルさまは水が細く流れ出す位置へ金剛杖の先端を当てた。


「すまないが、水量をこの状態のままにできるか?」


 すると低い地鳴りのような音を出して金剛杖が震える。

 それに共鳴するようにリオネルさまが右手で空気をなでる仕草をした次の瞬間、水と川の境目に小さな堤防のようなものが出来た。


「うわぁ…」


 触ってみるとコンクリートみたいな感触。

 真ん中に小さな穴が開いてそこから水がちょろちょろ流れている。


「土が固まってます!」

「うまくできたな」


 力を貸してくれてありがとうと金剛杖を撫で、私に戻す。


「これで私がコントロールしてなくても一気に流れ出すことはないだろう」

「こんな土の使い方もあるんですねぇ」


 ちゃんと勉強したら私も、もっと役に立てるかもしれない。

 でもすべてはこの今のフラドが正常に戻ってからだな。


 金剛杖をぎゅっと握って決意を新たにしていると、小さな流れの中で一瞬光が灯った。

 目で追うと川の中から淡いシャボン玉のようなものが飛び出してきて、リオネルさまの右手で二回跳ねる。


「うん、じゃあ頼むよ」


 リオネルさまがそう頷けば、シャボン玉が勢いよく湖に突っ込んでいく。


「何をお願いしたんですか?」

「外に出た者が仲間を説得してくれるらしい」

「仲間…他の精霊?」

「あぁ。流されず留まっている精霊や私を拒否している精霊たちだ」


 助かる、ありがとう。

 そう呟くリオネルさまの薄い微笑みが水面に映る。


 私の背後で流れていった水たちから安堵の気持ちが伝わってきたような気がする。

 振り向けば山の向こうに太陽がゆっくり沈んで行くところだった。








 宿営地に戻るとそこかしこで火が焚かれ、人々でにぎわっていた。

 本部のテントの幕は上げられていて、レイモンドさまが大人たちに交じって話し合いをしているのが見える。

 リオネルさまの疲れが美貌にやや翳りがあると表現すれば、レイモンドさまの疲れは目付きが幾分するどくなっていることかなぁ。

 でもレイモンドさまは近付いてきた私たちを見て表情をゆるめた。


「アイリーン、戻ったか」

「はい、レイモンドさまもお疲れさまです」

「二人で何してきたんだ?」

「リオネルさまの付き添いで水の精霊たちと話を」

「詳しく聞きたいな。何か食べよう。モニカ、頼む」

「かしこまりました」


 モニカさまたちが食事の用意をしに立ち、私たちはテントに招き入れられる。

 レイモンドさまと話していた大人たちが場所を空けるよう、私たちとすれ違いながら退出していく。


「あの方々が?」

「あぁ、大神官さまと緑の聖女だ」

「あれが噂の聖女か」


 ん?

 今、耳慣れない言葉が聞こえた。

 振り返ると、大人たちの後ろ姿。その向こうから見覚えのある顔が現れた。


「マックスさま?」

「久しぶりだな、緑の聖女」

「なんですか、それ?」

「ちまたで評判だぞ。大地を蘇らせたんだってな」

「そんな大げさな話になってるんですかっ?」

「そんな噂があるのか?」


 レイモンドさまと私はぽかんとしてしまった。


「はい、レイモンドさま。特にマルケスでは大評判ですね」

「確かにそう呼ばれるだけのいい仕事をアイリーンはしてるぞ」


 リオネルさまがどやぁっと胸を張る。

 そう言われてちょっと面映い。照れるわぁ。


「あの、マックスさまに会うの久しぶりですが、どこかに行ってたんですか?」

「ちょっと別行動してたんだよ。レイモンドさま、私がいない間、問題は?」

「代わりの者ががんばってくれていた。後でねぎらってくれ。まずは報告を聞こう」

「はい、長くなりますが」


 マックスさまは流通を復活させるために駆けずり回っていたらしい。


「国王陛下は荷馬車が全土に行き交えるように早急な街道の整備を各領に通達しました。それに伴って追いはぎが増えることも予想し土地を失くした民の間から人を雇い、自警団を組みました」

「自警団をまとめるのは領主か?」

「いえ、第一王子樣方です」

「兄上なら安心だな」


 食後のお茶…はないので、白湯を飲みながらレイモンドさまはうれしそうに頷く。


「レイモンド、しばらくはここにいるか?」

「今のところは。フラド領主と連絡が付いたら会談したいと思ってますが」

「では、私たちは明日も水の精霊と話し合おう。アイリーン、いいか?」

「もちろんです」


 リオネルさまに問われ、頷く。

 そのリオネルさまの背中がくたびれて少し丸い。肩をとんとん叩いてあげたくなる。


「リオネルさま、休みましょう」

「そうだな。水たちが言うには一山越えたところに以前大きな川があったそうだ。そこならもう少し水量を上げられる」

「わかりました」


 まだ打ち合せをするというレイモンドさまたちにあいさつし、私は自分のテントに潜り込む。

 やっぱり体は疲れていたようで、すとんと意識を失った。







 寝入りばなか、レム睡眠のときか、それとも夜明け前か。

 まったく分からないけど私は夢を見た。


 最初はたぶん新宿の街並。そこをふわふわ歩いていく。道行く人は誰も私に気付かないけど、涙が出るほど懐かしいあの空気。

 立ち並ぶビルの間から見える空はちょっぴりしかない。代わりに人がいっぱい。やかましいほど人の声、車の音。店頭で流される音楽。


 私は電車に乗った。流れる景色を見れば山手線だ。

 座席に座りぼんやりしていたら遠くにふわふわわたがし雲が浮かんでいる。

 目で追っていたら、いつの間にか空を飛んでいた。

 花も草も木もない。あるのは空だけ。

 不安になって、下りる場所を探す。

 ゆっくり着地しないと。急に止まったら落ちて死んでしまう。

 ドキドキしながら泳ぐように手を動かせば、すぐ近くに黒い雲が迫ってきた。

 あっという間に私の上にやってきて、稲光が走る。


 やばい、まずい。

 そう思って手足をばたつかせて黒い雲から距離を取る。

 なんとか安全距離まで逃げて振り返ったら、雷雲の中に人の姿が見えた。

 細くて、小さい。性別も分からない。

 稲光に照らされて、一瞬まばゆく浮かび上がり、雲に飲まれていく。

 

 助けた方がいい。でも私に助けられる?

 雷に打たれたら、死んじゃう。


 どうしようもなく身を縮めて震えていたら、ふと手の中に覚えのある感触。


「金剛杖……」


 最近毎日握りしめている金剛杖が私のところに来てくれた。そして小さく身震いしている。

 自分を使えと言うように……。


「あの人を助けられないかな」


 問えばむずむずと動いた後、金剛杖は雷雲へ一直線に伸びていく。


「にょ、如意棒っ?」


 何倍にも伸びた金剛杖。

 そのまま真っ直ぐ進めば雲の中に入ってしまう。


「感電するよっ」


 さっきとは違う恐怖につい叫ぶ。でも金剛杖から手を離せず、先端の行く先を見送ればあっという間に雷雲を突き刺した。

 途端に視界をすべて覆いつくす、圧倒的な光。爆発した!


「ひゃぁあっ」


 まぶしい。目がつぶれる。

 遅れて強風。息が出来ない。金剛杖を握って持ちこたえようとしたけど、あっけなく飛ばされ……たぶん私は夢の中で気絶した。









「おはようございます、アイリーンさま。なんだか疲れてますね」

「変な夢見て……」

 

 モニカさまに起こされて、私はだるい体を叱咤して起き上がる。

 身支度を終えてテントを出れば空は白み始めたところで、朝霧が周囲を覆っていた。



「おはよう、アイリーン」

「おはようございます、リオネルさま」

「食事をしたら出発しよう」

「はい」


 私たちより早起きしていた人たちが作ってくれた塩味のおかゆと、お湯。

 起き抜けの胃にしみる美味しさだ。


「リオネルさま、馬の用意ができました」

「うん、ありがとう」


 今日もダニエルさんが私たちを護衛してくれる。

 朝霧の晴れぬままモニカさまに見送られ、私たちは馬に乗った。

 私とリオネルさまはポニー、ダニエルさんは一回り大きい馬だ。


「山道ではこういう馬の方が安定するんです」

「馬に乗るなんて久しぶりだ。手綱捌きを忘れてる」

「なんの、お上手ですよ。アイリーンさまも問題ないようですね」

「はい。村でよく乗っていたので慣れてます」

「では先頭をお願いします。この先悪路はないことを確認していますので、道なりに進んでください。リオネルさまをはさんで私がしんがりに」

「はぁい」


 パカパカ、のんびり進めば霧も晴れてきて、気持ちがいい。


「ここより上に人は住んでいるのか?」

「森が濃く、普通の人はまず分け入りません。ただ、山の民と呼ばれる人たちが住んでいるそうで」

「交易は?」

「フラド領民と多少は。山に生える珍しい草などを食べ物などに換えています」

「その者たちは今回の件で被害を被ってはいないか?」

「水がそこまで上がっていなかったので、住処は失っていないようです」


 小一時間、馬に揺られていたら視界が開けた。


「ここが川のあった場所です。通常でしたら船を使わねば渡れないのですが……」

「見事に枯れてるな」


 山間に大小の石がごろごろしているだけの空間が長く続く。まるで河川敷だなぁ。


「水がせき止められている場所はどこだ」

「おそらく右に歩けば」

「あぁ、あったあった」


 リオネルさまがポニーからひらりと飛び降りる。

 手綱を受け取り、ダニエルさまは礼をした。


「私は馬を休ませます。見える範囲にいらしてください」

「すまないな」


 本当はすぐそばで護衛したいのをこらえてくれてるダニエルさんに私も一礼して、リオネルさまに付き従った。


 リオネルさまは昨日と同じように水を少しずつ流し始める。そして水の行く末を見つめていた私に金剛杖でコンクリート堤防を作らせてくれた。


「精霊は誰かの役に立つのが好きだ。だから誠心誠意願えば簡単に力を貸してくれる」

「はい」

「頭の中でしてほしいことをイメージし、手から金剛杖に流してごらん」


 息を整え、気を落ち着けて金剛杖に願う。

 イメージかぁ。

 水道管がいいかな?

 それともストロー? あ、雨樋かも。


 昔遠足で行った川が生まれる場所、水が湧き出る様子。

 それらを思い出して水が気持ち良く流れるようなすべり台はどうだろう。

 そんな道筋を作りたい。


 そう思ったら金剛杖と触れ合っていた手がぽっと温かくなった。


「うん、おもしろい形だな」


 リオネルさまの声に目を開ければ、小さなウォータースライダーみたいなのが出来上がっていて、きらきらと水が干上がった川に注がれていた。






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