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暗い湖。





 その後私たちは耕しては移動し、移動しては耕すというサイクルでだんだんフラド領の中心まで近付いてきた。

 馬車に揺られつつ、小窓から通ってきた道を振り返る。

 そこに緑が広がっているのを見て、私はほぅっと息を吐いた。


「大地に活気が戻ってきたな」

「たくさんの人が手伝ってくれたからです」

「たくさんの精霊もだ」


 リオネルさまもうれしそうに頷いている。

 次の場所に着き、馬車を降りるとさっそく炊き出しの準備が始まり、程なく湯気の立つ野菜スープをもらった。

 ありがたく舌鼓を打っていたら、レイモンドさまとグレイグさまが連れ立って近寄ってくる。


「リオネルさま、体調は?」

「問題ない。海軍は今どこにいる?」

「陛下の裁可をもらったから、すでに出航した」

「海軍?」


 モニカさまがうやうやしく差し出したスープをきれいに平らげてから、レイモンドさまが私に向き直る。


「フラド領の先には海に面した小さな領がいくつかある。フラドが塞がっているため、陸伝いでは向こうの様子がわからないんだ」

「あ、なるほど…」

「おそらく人や物の流通が滞ってる。だから父上に海から支援を頼むと進言したんだ。国から支援が入れば民が一息付ける。その後はその支援をなるべく公平に行き届かせねば……」


 眉間にしわを寄せて、青い目で遠くを見つめた。レイモンドさまたちは色々なことを同時進行で手配しているみたい。


「どんどん人を動かして復興へ進ませて……すごい」

「すごくない」

「私からはすごく見えます」

「ありがとう……が、そう見えるとしたら教育の賜物だな。王族は幼い頃から振る舞い方を叩き込まれているから」

「振る舞い方?」

「地位に驕る王族は有害な存在と教えられている。人に命じるなら、己も率先して泥をかぶれと」


 王さまとか王族って下々に働かせて優雅な暮らしをしてるだけって思ってた。

 だけど、王宮で働かせてもらいレイモンドさまと話すようになったら、それは間違いだって知った。


「グレイグ、フラドへのルートはどうなっている?」

「すべての街道が水害で通行不可能との報告が上がっています。山野の獣道も出来る限り確認させましたが、フラド中央に通じる道は消えていました」

「リオネルさまの方はどうでした?」

「風鳥の目を借りて上から見たが、陸路は無理だろう」

「風鳥?」


 私が首を傾げると、リオネルさまが右手をくるりと回転させ、手のひらを上に向ける。

 そこに青い小鳥が乗っていた。


「風の精霊だ。これを飛ばして遠見できる」

「きれい…」

「ちょっと気まぐれだけど、風は動き回るのが好きだからな。頼めばしっかり働いてくれる」


 そう言うリオネルさまのやさしい笑顔。でも疲れが蓄積しているようで、顔色は悪い。

 この状態、どこまで続くのかなぁ……。





 食後はレイモンドさまたちが山に上って周囲の状況を確認するというのでついていく。

 三十分ほど登れば眼下に山に囲まれた広い湖が広がり、遠くの方は霧に霞んでよく見えない。

 黒い雲が今にも落ちてきそうなほど低い位置で澱み雨を降らせていて、遥か遠くに城らしき影が湖面に浮かぶ。


「あれがフラド領の中心地…」

「盆地のせいもありますが、見事に水没していますね」


 グレイグさまの言葉に驚いた。まさかこの湖の広さ、すべて城下だったとは……。テレビで見た琵琶湖以上ありそう。住んでた人や動物たちはどうなったんだろう……。


「民はもちろん避難しているんだよな?」

「大勢は逃げて無事ですが、行方不明もいるようで…」

「正確な数は分からないか?」

「聞き取り調査はまだ進んでません」

「それどころではない、か…」


 重い空気、重い言葉に重いため息。胸が痛む。


「…排水路が機能してないのか? 川はどうなってる?」

「精霊によってせき止められているよ」

「精霊によって?」


 リオネルさまの言葉にレイモンドさまとグレイグさまがあぜんとする。

 私も同じ顔をしていたと思う。

 ここまで大掛かりな事象、精霊たちにできるの?


 理解不能で呼吸が早くなる。空気が重い。息がしにくいカンジ、どこかで……そうだ、サウナだ。

 でも暑くないから温水プールかなぁ。

 閉塞して湿度高い。風までじめじめ。

 このままじゃヘンな病気になりそう。

 城らしき影の周囲には大きな黒い鳥が数羽、旋回しているのが見えた。映画のように禍々しい。






 厳しい顔で山を降りたレイモンドさまたちはさっそく付近にテントを張って本部とし、緊急会議を始めた。

 入れ替わり立ち代わり人が出入りし、現状を報告していく。


 日没までにはまだ時間がありそうなので私は周囲を散策しに行くことにした。


「山林地帯だから復活しなくちゃいけない農地はないみたい」

 

 独り言を言えば常に手にしている金剛杖が不満そうに震える。


「ホント携帯のバイブみたいだなぁ。感情は伝わるんだけど、言葉で聞こえたらもっといいのに」


 

 十分も歩けば大きな樹木たちがちらほら現れた。ここは水が来なかったみたい。

 深く息を吸うと木のやさしい香りがしてホッとする。


 村のケヤキを思い出し、さらにそぞろ歩いていくと樹々の新芽を見つけた。つぼみも多い。

 山が春を迎える気配に心が弾む。

 と、視界の隅に何かが光って見えた。


「ん?」


 淡い光が樹々の合間から見える。おとぎ話のかぐや姫を思い出したけど、竹らしきものは生えてない。

 誘われるように下草をかき分け進むと、ぽかりと空間が広がった。


「きれい…」

 

 ほんの三メートル四方の空間だけど、木漏れ日が差し込んで緑の下草たちがやわらかく光っている。

 そっと触れると葉っぱたちがくすぐったそうに揺れ、合間で小さな光が飛び交う。


「あ、土の精霊だ」


 私の声に同意するように金剛杖が震えた。

 みつばちの羽音みたいな音を出して、金剛杖と土の精霊たちが私の周囲を踊る。

 

 リオネルさまが風の精霊は気まぐれだって言ってたけど、土の精霊は陽気なコが多い気がするなぁ。


 踊る精霊たちをほっこりしながら見ていたら、背後でかさりと音がした。

 振り向くと幼い子供が二人、木の幹からこっちをのぞいている。


「あ、こんにちは」


 声を掛けると、二人揃ってびくりと固まった。


「怖がらなくていいよ、このへんの子?」

「……」


 お姉ちゃんらしき女の子とまだよちよち歩きの男の子。

 水害から避難した子かな? 衣服は今にも破れそうな古さで、むきだしの手足は細くあちこちに泥がこびりついていた。

 

「私はアイリーン。あなたたちは?」

「……ダナ。こっちはルカ」

「姉弟?」

「そう」

「いくつ?」

「あたしは六歳。ルカは二歳」

「二人ともまだ小さいわね。おうちの人は?」

「山で働いてる。あたしたちは待ってる」

「どこに住んでるの?」

「あっち」


 姉のダナが山の上を指差す。


「ずいぶん高いところに住んでるのね。でもそれなら水は来なかったでしょう」


 私が問うと、ダナはこくりと頷いた。弟のルカは物珍しそうに私を見てる。

 でも、そっか。山で働くってことは木こりかな? 平地と違って住居は無事だったかもしれないけど、流通はきっと途絶えちゃってるよね。


「食べる物はある?」

「おじじが山から集めてきてくれる」

「それならよかった。お友達はいる?」

「子供はあたしたちだけ」


 木こりとか山に住む人たちの集落は少人数のようだ。だから知らない人間が物珍しいのかもしれない。

 二人は近寄ってこないけど、逃げる気配もない。


「大人はどのくらいいるの?」

「おじじとおばばと…アルバさんちと……」


 話してる間も下草の合間でさかんに踊る精霊たち。よく見れば一つの葉をトランポリンみたいにして跳ねている。


「ん? これがどうかした?」


 応えるように金剛杖が揺れた。さらに姉弟の方からぐぅ〜と盛大な音が聞こえる。

 見れば幼い二人が切な気におなかを押さえていた。


「おなか、減ってる?」

「…うん」


 金剛杖が手の中で熱くなる。まるで何かを催促するように………。


「……もしかして、これ食べられるの?」


 問いかければ金剛杖はさらにブンブン唸る。

 これはあれだ。収穫しろって言ってるんだな。 


「ではちょっと失礼して……」


 トランポリンみたいにされていた草の茎を折れば青臭い匂いが広がった。どこかで嗅いだことある。どこでだっけ。なんとなく甘いような……。

 これは湯がいたら葉も茎も食べられそう。

 調理法を考えていたら、精霊たちがその草の根元に大集合している。金剛杖も武者震いしてる。まるでここ掘れワンワンと言われているよう…。


「もう、わかったから」


 金剛杖を軽く振り下ろす。ザクザクと土を掻けば地下茎が伸びていた。


「あ、もしかして……」


 私はさらに金剛杖をふるう。

 土を掘り起こすようにふわりと手元に引けば、鋤の先端に重いものが引っかかる。

 そのまま持ち上げれば赤紫色のおいもが出てきた。


「さつまいも~!」


 出会えた! まさかここで!

 前世、スーパーで見たような立派なサイズじゃなく、十センチくらいの小さなおいもたち。

 だけどここから増やせれば…じゃがいもに並ぶ食糧になるだろう。


 よくよく足元を見れば同じ形の葉がたくさん揺れていた。


「もう一株、もらってもいい?」


 さつまいもの葉がさわさわ揺れる。

 精霊たちがこれこれと指し示した株をていねいに掘り起こし、また数個収穫した。


 そういえばさつまいもの育て方、知らないなぁ。

 じゃがいもなら小学校でやったけど、さつまいもは芋掘り遠足で触れたくらい。


「う~ん……ま、いいや。試行錯誤しよう」


 顔を上げたら幼い二人が不思議そうにこっちを見てた。


「それ、食べられるの?」

「うん、よく洗って煮るか灼くか…おいもだから揚げてもいいね。おうちの人と食べて」


 二人に数本分けると、うれしそうに目を輝かせた。 


「私はしばらく下の閑地にいるから、また会ったらよろしくね」


 こくこく頷くダナと、私をじっと見ているルカに手を振って歩き出す。

 手にはさつまいも。きっと私の顔はほくほく顔。

 上機嫌で下山したら、ダニエルさんが息を切らせて走り寄ってきた。


「アイリーンさま!」

「ど、どうしたんですか?」

「どこ行ってたんですかっ! なんにも言わずにっ」

「あっ」


 しまった。ついふらふら出歩いてしまった。


「ごめんなさい、散歩してたら長引いちゃって」

「お一人では行動しないようにしてください。……治安は良くないです」

「はい、すみません」


 走り回って探してくれたのか、ダニエルさんは額の汗を袖でぬぐって、大きいため息をついた。





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