王都からの応援。
早朝、昨日耕した場所へ行ってみると、大地には緑色が広がっていた。
「昨日植えたラディッシュはもう収穫できそうですね」
「何度見てもアイリーンさまのお力に感服いたします。なんだか、精霊たちの笑い声が聞こえてきそうな……」
護衛のダニエルさんと侍女のモニカさまが感心したように周囲をうっとり眺めている。
うん、確かに精霊さんたち全力投球してくれてる。この農耕地だけじゃなく、あちこちで花が咲き、樹々は新緑。その間を風がさわやかに吹き抜けていく。
「ちょっと季節が早すぎないかなぁ…」
「リオネルさまがおっしゃるには、今精霊たちはお祭り騒ぎなんですって。それが落ち着けば通年の状態にちゃんと戻るそうですよ」
「それならよかった」
季節が狂うと普通の作物の生育にも影響が出るかもしれないなって思ってたけど、リオネルさまが大丈夫っていうなら、きっと大丈夫。
そのリオネルさまは未明からどこかへ出掛けていった。大神官なのにフットワークが軽い。
そんな話をしていたらばらばらと人が集まってきたので、皆でまだ手を付けていない地域に行き、開墾していく。
金剛杖は今日も絶好調で、暴れん坊だ。
気分よく金剛杖をふるってお昼すぎに宿営地に戻る。
「レイモンドさま、避難していた領民を先導してまいりました!」
「うん、ご苦労。何名だ?」
「二百名ほどです」
「食糧がさらに必要だな。すぐに手配を」
「はっ」
「宿泊場所も要るな。簡単でいいから雨露がしのげるテントを作れ。戻ってきた領民に手伝ってもらうといい」
「触れを出します!」
「水が引いたあとは病いが流行りやすい。体調の悪い者はいないか? 当分の間は薬師を常駐させるように」
レイモンドさまは次々と指示を出し、その合間に領民に声を掛けて回っている。
そこへ遠くから馬の蹄音が近付いてきた。
「レイモンドさま、ご報告致します! 王都より第二騎士団が到着いたしました!」
先触れの騎士の発言に低い声がかぶる。
「第二騎士団団長、グレイグ・ファルコナー、参上致しました」
「あなたが来てくれたか。父上も考えてくれたな」
「追って技術者も参ります。どうぞご指示を」
モニカさまが目をまん丸にしてつぶやいた。
「あれがうわさのグレイグさまですか…」
「うわさ?」
私が首を傾げると、ダニエルさんが「馬の上に熊が乗ってるみたいでしょう」と苦笑する。
確かに…筋骨隆々の大男さんが、自分の体格に負けない大きな馬に乗ってる。すごい迫力。
私もついじっと見てたら、レイモンドさまとクマさん、いやグレイグさまが歩み寄ってきた。
互いに自己紹介していたら、レイモンドさまが木箱を指差す。
「アイリーン、騎士団が王都から荷を預かってきた。ウッドさんからだ」
「お父さんからっ?」
大きな木箱のふたをダニエルさんに開けてもらうと、たくさんの布袋がぎっしり詰まっている。
「あ、種だ!」
主に葉もの野菜の種が幾種類も入ってた。
「植えて比較的早く食べられるものばかりです」
「ありがたい。ウッドさんは分かってるな」
「お父さん…」
昔からお父さんは私が欲しい物を外さないなぁ。
手紙も入ってた。私の体を気遣い、温室栽培が順調なこと、心配せず人のためになることをしなさいと書いてある。
涙うるうるしながら私はそれを何度も読んだ。
陽が沈む頃、広場で火を熾し、そこら中からかき集めた大鍋で作ったスープを頂く。
レイモンドさまのテントに呼ばれて行くと、中にはレイモンドさま、リオネルさま、第二騎士団長のグレイグさまがいた。他の二人はともかく、リオネルさまはくたびれた風情でお茶を飲んでいる。
「アイリーンさまもお茶をどうぞ」
モニカさまが淹れてくれたのはチャイだ。
「アイリーンさまが開墾した土地に戻ってきた牛のミルクですよ」
「……本当ですかっ」
ちょっとでも役に立てたみたいだ。うれしい。自分のことが誇らしく思える。
そんな気持ち、前世ではなかった。
「アイリーンのおかげで開墾が一気に進んでる。俺からも礼を言うぞ」
「いえ、私より精霊と皆さんの力です」
「謙遜しなくてもいい」
謙遜じゃなくて、本当にそう思ってるんだけどな。
「……私はただ土地を耕しただけです。リオネルさまが道筋を立ててくれて、レイモンドさまや皆さんが手伝ってくれたんです。私一人じゃ出来ないことばかりで…」
私の言葉にグレイグさまが頭を振った。
「ここに来る前、マルケス領を通ってきました」
「グレイグさま?」
「牧草地に牛がいて、農耕地では人々が立ち働いている。以前と変わらぬ状態で。それはあなたの尽力ですね」
「でも…」
「精霊も、民ももちろん協力しましたが、あなたが成し得たことです。あなたがいなければ起こらなかった」
「リオネルさまがやればもっと成果があったはず」
「確かに大神官は破格の存在。しかし現在は…水の精霊の制御を試みている。土をコントロールする余裕はないでしょう」
レイモンドさまもうんうんと頷いてる。
「リオネルさまといえどもただの人だ。だが能力があるから無茶をする癖があるけど」
「昔からそうです。無茶をして精根尽き果てて眠る。今のように」
二人の目線がチャイを飲んでいたはずのリオネルさまに向く。つられて見ると、リオネルさまはテント内部に設えられたクッションの山に埋もれて寝ていた。
目の下にくっきりと隈が出て、頬もこけている。相当疲れてるみたい。
グレイグさまが長いため息をついた。
「いつもこう……一人で背負ってしまう、リオネルさまの良くない部分です」
「だな。父上からも無理をさせるなと言われてたが…」
「かく言う国王陛下も大神官と共に率先して無理をする方でしたよ。でも」
グレイグさまは火であぶった干し肉をかじる。
「以前は何があっても他の祝福の子の手は絶対借りなかった。仕事として精霊を動かすのは自分だけでいいと言って」
「そうなんですか?」
「はい。でも今回アイリーンさまには頼られてる。良い傾向です」
私には分からない色々なことがあったのだろう。リオネルさまの寝顔を見るグレイグさまの目はやさしい。
そう思ってたら、グレイグさまが私にリボンの掛かった一枚のハンカチを差し出した。
「そうだ。アイリーンさま、これを」
「これは?」
「ミリアムからです」
「ミリアムさまっ?」
リボンをほどいて広げると、確かに見覚えのある図柄の刺繍が現れる。ちょっとガタガタの、でも以前より格段にきれいな糸の流れ。
「一緒に来られないのが悔しくてしばらく落ち込んでいました。私が派遣されると知ってさらに不機嫌になり、かなりやつあたりされましたが…これをお渡しするように言いつかってまいりました」
「ミリアムさま…」
私のために縫ってくれたのか…。ありがたく胸に押し頂いてからふと気付いて、グレイグさまを見上げる。
「あの、グレイグさまはミリアムさまの」
「婚約者です。ミリアムからとても世話になっていると聞いています。いろいろとありがとうございます」
「いえ、そんな…」
目の前の大男がミリアムさまの想い人とは!
麗人とクマさん。
美女と野獣。
そんな単語が浮かんだ。あぁ、あの映画もう一度観たいなぁ。




