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レイモンドさまの演説。

仕事の都合で間が開いてしまいました。

申し訳ありません。





「えんやこりゃ~っと」


 鋤をふるう私の手、握った金剛杖からたくさん精霊が大地に流れ込んでいく。

 大分慣れたけど、なんていうのかな。エネルギーというか、生命の力みたいなのが先端から飛び出していくカンジが不思議。


 もしこれが魔法少女の持つステッキだったらかわいい絵になったかもしれないけど、私が持っているのは鋤。

 ちょっと残念色強すぎ。


「金剛杖はそうやって使うのか」

「いえ、どうもこれは私が使いやすいように変化してくれているらしいです」


 私が土を耕す様子をレイモンドさまは感心したように見ている。

 そしてその周囲でたくさんの人たちが、開墾作業をしていた。

 なぜそうなったかといえば……話は数刻前、馬車を襲われた後に遡る。







 暴徒と化した民を制圧した後、レイモンドさまはまず彼らにかき集めてきた食糧を与えた。きれいな水もなかったので、そこはリオネルさまが活躍してくれる。

 民のお腹が落ち着いたところで、数日前に泥水が引いたばかりだという広場に皆を集める。


「レイモンドさま。大神官さまご一行を襲撃した者共を連れてきました」

「うん、ではよく聞け」


 レイモンドさまは集まった数十人の民を前に臆することなく話し始めた。


「私はハロルド国王の子、第六王子のレイモンドだ」

「お、王子…」

「皆の現状は国としてもよく分かっている。国王に奏上し救援を要請したところ、早急に支援策を講じてくれた。それを受け、全土から人手と物資が間もなくフラドに送られてくる」


 民の間から涙混じりのため息が漏れる。


「緊急の問題は食べ物だが、それもマルケス領と話し合い、あと数刻で食糧が届くよう手配した。もちろん潤沢な量とは言えないが、この苦境が終わるまで、奪い合わず、譲り合ってくれ」

「し、しかしレイモンド王子、私どもはこれからどうしていいか…」

「もう何も残ってないのです。土地も家も財産も」

「すべて水と泥に流されました…っ」


 口々に訴える悲痛な声。


「長引く雨に関してはまだ調査中だが、必ず以前のような生活に戻す。私が約束しよう」

「レイモンド王子…」

「だが私一人では到底無理だ。皆の手を貸してほしい」


 レイモンドさまは土に汚れた手を民に差し出す。


「私はこの国の王子として精一杯のことをする。しかしこの国難に際し、この手でできることはあまりにも少ない。だからこそ、皆にも助けてほしい」

「おぉぉ…」

「さらに皆の苦難に心を痛め、大神官リオネルさまがいらしてくださった」

「だ、大神官…っ?」


 自分たちが襲った馬車に乗っていたのが大神官だと気付いた者は青ざめ、くちびるを震わせる。

 だがリオネルさまは意に介さず微笑し、一歩前へ出た。


「今、この土地には精霊がいない」


 ざわりとどよめきが広がる。


「膨大な水に押し流されてしまった。しかし精霊たちは私の元に逃げて来て、この土地の現状を伝え、そして救援を求めた」

「精霊が…」

「目に見えずとも、精霊も人と共にある。元の景色を取り戻したいのはどちらも同じだ。私はすべての精霊をこの地に戻す。そして、この者は……」


 リオネルさまが私を手で指し示した。民の視線が一斉に私へ向く。ひ〜っ。


「土の精霊の加護を持っている。水は私が押さえるから、皆はこのアイリーンと共に土地を整備してほしい。アイリーン、頼んだぞ」

「は、はいっ」


 人前で指名。

 今世でこんな大勢の人の前に立ったことなんてないし、前世だって、学校の卒業式で卒業証書を授与されたときくらいだ。狼狽して何も言えない。

 とりあえず一礼して、たぶん引きつってたけど笑ってみた。金剛杖を杖代わりにしてなかったら、腰抜かしてたかも。


「ではさっそく作業に入ろう。アイリーン、指示を」

「あ、え…では農具はありますか? 私が耕したそばからどんどん開墾してください」

「それだけでいいのか?」

「はい」

 

 急に回ってきた大役に怖じ気づきつつ、鋤をふるう。

 水をたっぷり含んだ後に乾いた土は硬く、掘り返せばすぐに石がごろごろ出てくる。


 二、三回土を掻いて、金剛杖から勝手に飛び出てくる精霊たちを広げれば、そこからふかふかの土が現れた。

 それを見た人たちがおぉっと声を上げる。


「さっきまでひび割れた泥ばかりだったのに…っ」

「このやわらかい土を広げるように耕してください」

「よしっ」


 なぜかレイモンドさまも手にスコップを持ってる。


「それは?」

「土嚢用に持ってきてた。流木は集めて乾燥させておこう。石はこっちにまとめろ。水路の整備に使う」


 レイモンドさまが部下や民に指示を飛ばしている横で私は無心に鋤をふるう。ある程度耕したところで手を止め、ラディッシュの種を蒔く。


「もう種まきするのか?」

「はい。みんなお腹を空かせているから…早くね」


 周囲で踊っている精霊たちにお願いして次の区画へ。

 なんと、そこを耕してる間にさっき植えた種がもう発芽している。精霊さんたち、本気出してるわぁ。これ明日にでも収穫できそうな勢いだもん。

 驚く私の横で、レイモンドさまたちもあんぐりと口を開けた。


「おい、うそだろ。アイリーン」

「私もびっくりなんですが…土の精霊たちががんばってくれてるみたいです」

「アイリーンさまは本当にすごいです。おかげでマルケスはすでに牧草地と農地がほぼ復活しています」


 ずっと護衛についていてくれたダニエルさんがそう言うとさらにざわめきが広がった。うぅ、また注目される。引きつる〜。


「ゆ、夕方までに少しでも開墾しましょう。芋や麦の種もマルケスから運んできてます」

「ありがとうございます…っ」


 涙を浮かべながら大人たちが土を掘り起こし、子供たちが小さな手で持てる限りの石を運ぶ。

 足の弱い老婆が子守りをし、震える手の老爺が種を蒔く。


 空が茜色に染まり始めたころマルケスから送られてきた食糧で炊き出しが行われ、木の間にロープを張り布をかけた簡易テントの中で皆で食べた。


 耕した場所からさわさわと葉の触れ合う音がする。


「土と風はだいぶ戻ってきてるな」


 リオネルさまは満足そうにそう言い、目線でレイモンドさまと私を丘の上に誘う。

 ここにも水は押し寄せたのだろう。ごろごろとした石や流木がそこかしこに横たわっている。

 だけど風はやわらかく吹き、ぬるい空気が周囲を包む。


「さすが南地方、もう春の気配がする。野宿日和のいい気候だ」

「俺は慣れてますが、二人を露天で寝かせるわけにはいきませんよ。ちょっと離れますが、石造りの建物があります。今夜はそこへ」

「何を言う、レイモンド。私とハロルドがどれだけ野宿してきたと思う」

「若かりし頃の武勇伝は今度お聞きしますが」

「あぁ、現在の話をしよう。そちらではどれだけの情報をつかんでいる?」

「フラド領が水没し、城が孤立していること。そこではまだ雨が断続的に降り、止む気配がないこと。そして…領主が外界に助けを一切求めていないこと」


 レイモンドさまの言葉に私はきょとんとした。たぶん情報が多すぎて、どこに驚いていいか分からなかったんだと思う。


「そのくらいですかね」

「うん」

「リオネルさま、水の精霊たちはどんな様子ですか?」

「いるが、少ないな。それらが言うには仲間がフラドで縛られてる。逃げ出せないと」

「逃げ出せない?」


 二人は難しい顔で空を見上げた。雲が立ちこめていて星が見えない。


「フラド領主はどういう人間だ?」

「名はロケ・フラド。古くからこの土地に住み着いている伯爵家です。五年ほど前、父親の死去に伴い今の地位に就きました」

「ふむ」

「良く言えば…大らかな気質で人を区別せず親しみを持って接する。にぎやかなことを好み、気前もいいので領地は栄えていました」

「悪く言えば?」

「酒好きの女好きです」

「なるほど」


 リオネルさまの苦笑する気配。闇が濃くなり、表情が見えにくくなってきた。


「奥方と子供はいますが、城の女性のほとんどが御手付きとの話があります」


 レイモンドさまはあっさり言い捨てる。私の方を見ないのは気遣いかな。確かに女子供に聞かせたい話じゃないもんね。

 でもそっか、そういう人なのかぁ。


「……この件は私が指揮を執るようにと国王からの指令がありました。フラド領主の周囲を今、徹底的に調べています」

「うん、頼む。何か分かったら教えてくれ」

「はい。本人は面会を求めても梨の礫です。事態を改善しようとする気もないのか、出てきません。まぁ、物理的に船以外での移動はできないですが」

「出て来ないなら出て来るようにする」

「どのように?」

「水の精霊たちのコントロールすべてを取り戻す」


 手強いがとリオネルさまが呟いたので、つい問うてしまう。


「リオネルさまでも手強いんですか?」

「さっきやってみたが、私の話を聞かない精霊がいる」

「リオネルさまに御せない精霊がいるのですか」


 レイモンドさまも驚いていた。


「こんなことは人生で初めてだが、事実だ」


 長いマントが衣擦れの音をさせて、リオネルさまが私の方を見たのが分かった。


「さっきも言ったが、アイリーンは土を制御するんだ」

「わかりました」

「気負うことはない。今まで通り精霊と心を分け合えばいい」

「……はい」


 前世、けんかや戦など暴力的なこととは無縁だった。

 正直先の見えない、この落ち着かない状況が怖い。

 だけど、そう言って自分だけ安全な場所へ逃げるのはだめだと思う。


 今世この国で生きていくんだから。

 私はちゃんとこの地に足をつけていかなくては。


 一瞬切れた雲の隙間、月光が私たちを照らす。

 レイモンドさまもリオネルさまもやさしく私を見つめていた。





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