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フラド領。





「これから南下する」


 リオネルさまは朝食を食べた後、私に荷造りをさせ馬車に乗り込むとそう言った。


「ずいぶん急ですね」

「気になることがある」

「私は今日も土を耕す気でいましたが……」

「あの土地はあれだけ精霊を呼べたんだ。あとは人間が頑張れば再生できる」


 そう言ってリオネルさまは私を見て目を細めた。


「よくやったな」


 その言葉に金剛杖を握りしめ、くちびるにぐっと力を込めた。やばい、泣きそう。


「土の精霊は見えるようになったか?」

「小さな光としてなら」

「それでいい。一種類の精霊が見えたなら、他の精霊の気配も分かるようになるだろう。使役はできないが」

「あの…リオネルさま。質問してもいいですか?」

「もちろん」



 私の問いにリオネルさまは優雅に足を組み変え…たように見せつつ、実際は馬車の揺れにバランスを崩したのを修正した。


「精霊の祝福の子だと分かっている人は何人ですか?」

「今は十人ほどだな。火は五人、風が一人、水が三人。土のジークムント。アイリーンを入れたら十一人か」

「光と闇の祝福の子はいないんですね」

「私以外だと、文献上に一人だけいた」


 この大神官さま、つくづくチートだよねぇ。


「全員の居場所は」

「もちろん把握しているし、行方不明だという者もいない」

「皆さんどこに住んでいるんですか?」

「たいがいは王都で、あとは近郊だな」

「あの…例えばですけど、祝福の子の力は遠く離れた南まで影響しますか?」

「ないな」


 リオネルさまはあっさり否定した。


「と、いうことは…」

「あぁ。おそらく未確認の祝福の子がいる。水のな」


 悪路になったのか、馬車がガタガタと大きく揺れ始めた。舌を噛みそうで会話するのも大変。


「未確認ということは自分に祝福があるってことを知らないんですよね」

「そうだ。祝福の子の話を知る者にそそのかされているか、心理的に何かがあって暴走しているのか……」


 本人が無意識に行っている場合、未必の故意ってやつなのかな。怖いな。


「神殿に近頃祝福の子の報告がないか問い合わせた。王にも現状を知らせてある。南地方の救済と支援はすでに動き出した」

「はい」

「アイリーンは土の精霊に呼びかけて大地の復旧を頼む。私は原因を探す」


 リオネルさまは元凶と言わなかった。疲れた目でため息をついて、小さな窓の外を見る。

 つられて私も視線をやると、前方の空は灰色の雲が上空を覆っていた。


「向こうはまだ雨なんですか?」

「降ったり止んだりらしい。これから向かうのはフラド領だ」

「フラド…ミリアムさまと読んだ本に麦が盛んだって書いてありました。でもこんな状況じゃ……」


 麦の生育には乾燥した土地の方がいい。早く土地を正常に戻さないと、作付けさえできないどころか、発芽しても生育しない。私が続く言葉を飲み込むとリオネルさまが頷いた。


「フラド麦はこの国の主食だ。このままでは間違いなく飢饉になる」

「飢饉…」


 前世では教科書でしか使わなかった言葉の重みが、急に身近に迫ってくる。

 馬車の車輪のきしむ音が耳に大きく響き、リオネルさまが眉を顰めた。

 それと同時に護衛たちの厳しい声が聞こえてくる。


「止まれ!」


「アイリーン、動くな」


 驚いて立ち上がろうとした私の腕を掴み、リオネルさまが声をひそめて命じる。

 握りしめていた金剛杖が携帯のバイブみたいに震え、そして私の周囲に透明の膜が張られた。


「何者だ!」

「全員降りろ! 荷物を置いていけっ」


 これ以上目が開かないってくらい見開いてリオネルさまを見ると、無言で頷かれる。

 これって強盗……?


「長引く天候不順で治安が悪化している。おそらく食い詰めた民だろう」

「どうすれば…」

「護衛を信じろ」


 リオネルさまはそう言いつつ、鋭く目を細めた。やや遅れてたくさんの足音と怒鳴り声が聞こえてくる。重い物がぶつかり合う音も。その数はどんどん増えていく。


「新手が来たのか?」


 リオネルさまが険しい表情で指先を動かした。スッと空気が動きドアの隙間から抜けていく。次に手を軽く振ると、馬車の中が薄暗くなった。


「これで無理矢理開けられても私たちの姿は見えない」

「何をしたんですか?」

「闇に私たちを隠してもらっている。あと、風には馬車の周囲を覆ってもらった。護衛がやられた場合、私たちは風の力で逃げ切れる」

「そんな…」

「万が一だ。ハロルドが付けた護衛たちに勝てる民はいない。心配するな」


 護衛の人が負けないなら安心だけど、強盗も元はと言えば私と同じ平民なはず。中にはもちろん子を持つ人もいるだろう。餓えた子のためにこういう手段以外どうしようもなくて襲ってきたとしたら悲しい。


 けれどここで私が飛び出しても護衛の人に負担を掛けるだけだって分かってる。

 だから私はぎゅっと身を縮めた。


 遠くから馬の嘶きが聞こえてくる。悲しげだと思うのは私の心情か。

 近付いてくる蹄の音が映画みたいな臨場感で私に迫る。


 何かいい方法はないのか。私に出来ることはなんだろう。前世でもっと知識を貯えておけばよかった。今世でももっと勉強しておけば…。せめて自分の身くらい守れる腕があれば…。



 どれくらい経ったのか。思考が空転し続けて緊張することにも疲れて来た頃、護衛のダニエルさんの声が聞こえた。


「大神官さま、終わりました」

「うん、ありがとう。ケガ人は?」

「暴徒に軽傷数名のみです」

「出ても大丈夫かい?」

「はい」


 落ち着いたダニエルさんの返答にリオネルさまは手をふわっと回す。馬車の中がすぅっと明るくなった。


 外から開けられたドアからダニエルさんのやわらかい笑顔が見えてホッとする。

 リオネルさまは扉に手をかけたまま、馬車のすぐ横の馬上の人に話しかけた。


「タイミングのいいことで」

「マルケス領主から連絡が来ましたから」

「捕らえた者はどうする気だい?」

「もちろん罰を与えます。三日間の開墾作業です」

「では、私の秘蔵っ子に指揮を執らせよう」

「秘蔵っ子?」


 さっきまでとは全然意味が違うドキドキ。第一声を聞いた時から心臓うるさい。


「おいで」


 リオネルさまが私に手を差し伸べ、馬車から降ろしてくれる。馬上の人が息を飲んだ。


「アイリーン……」


 見上げると、土ぼこりに汚れ、くたびれた風のレイモンドさまが目をまん丸にしてた。






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