ゴキゲンな金剛杖。
一区画だけ新緑の絨毯のど真ん中に立っている私。なんぞ、これ……。
「おぉぉ…」
ダニエルさんが声を震わせ、私を拝む。ちょ、やめて……。
「さすが、祝福の子のお力です!」
「いえ、私の力じゃなくて、精霊たちが…いや金剛杖が……」
拍手をしながら大喜びしてくれてるけど、私は驚きから立ち直ってない。
私の手の中で金剛杖はまだ震えている。そしてどんどん重くなってきた。
例えるなら、空洞だったパイプの内部に水がたまっていくような感じ。
重さに負けて、私は金剛杖を振った。すると、内部にたまっていたものが飛び出す感覚がある。
それはやっぱりきらきらしていて、宙に躍り出すと軽やかに舞った。
きらきらが土に落ちると、その場所からふんわりした空気を感じる。あと、わさわさって音も聞こえたかも。
「また生えてきた!」
ダニエルさんがうれしそうな声をあげる先で、草地が増えていくのを私は現実感なく眺めていた。
「なるほど、な」
夕方近くなって、リオネルさまが戻ってきてくれた。目の下に少し疲れが見えたけど、ちょっと広がった草地と金剛杖と私、そしてキラキラした目で私を見るダニエルさんを確認して破顔する。
「鋤に変化するとは面白い。アイリーンの力の具現だな」
「やっぱりそういうシロモノなんですね」
「そうだ。それにしても金剛杖をずいぶん泥まみれにしたな」
「すすすすみませんっ!」
「いやいや喜んでるよ、こいつ」
「喜んでる?」
「わからないか?」
「わかりません」
正直に言うと、金剛杖とリオネルさまの肩が同時に震えた。笑ってるみたい。
「道具は使ってこそだ。しまわれ、大切にされるのが好きな道具もいるだろうけど、こいつは暴れたいタイプ。だからアイリーンと相性が良い」
最後のセリフはどういう意味っすか。ちょっと問いただしたい気持ちをぐっとこらえて……うん、リオネルさまからしたらヒトもモノも同じなんだなぁ。
「金剛杖は持ち主や使用者の意を捉えて形を変えるんですよね」
「そうだ」
「私が使いやすいようになってくれた…」
同意するように手の中の杖から温もりが伝わってちょっと感動する。
こういうの、ゲームのアイテムっぽい。アイテムを手に入れて、スタミナ使ってクエストをクリアしていく。あれは地道な作業だった。
ふと。
私は広大な土地を気が遠くなるような思いで見渡す。
ここをすべて草地に戻すまで、私はどれだけ耕せばいいんだろう。
もちろんここだけじゃない。南で被害に遭った土地はまだどこまでも続くんだから。毎日ちょっとずつ耕して、何年掛かる?
「そんな絶望的な顔をするな」
リオネルさまは苦笑した。私の考えてることはお見通しみたい。
「でも…」
「アイリーン、一人ですべてを行うつもりじゃないだろうな?」
「もちろんリオネルさまも復興に手を貸してくれるんですよね」
「この私に耕作ができると思うか」
リオネルさまは両手を私に見せつける。カトラリー以外は握ったことのないような、白くきれいな手。私と違いもちろんマメなんてない。
「わかりました。体力的なモノは私がやります」
「早とちりするな。もう少し楽にできる」
「楽に?」
「手伝ってもらうんだ。アイリーンが耕した土を中心に作業すれば、精霊の住む土も広がる」
そしてリオネルさまは腕をすっと水平に伸ばした。草地から小さな光が飛び出してきて、その指先に停まる。まるで蛍みたい。
「ここにたくさん仲間を呼ぶといい」
光に向かってそう言うと、リオネルさまは腕をゆるやかに滑らせた。
小さな光は宙で踊り、風に乗って少し離れた場所に落ちる。最初に出来た草地からそこへ、小さな光たちが集まっていく。
「こうして精霊に仲間を呼ぶように頼めばいい」
「頼む…」
「間違うなよ。使役するのではなく、感謝と共に願うんだ。我々と精霊は対等な立場だからな」
私に教え諭し微笑むリオネルさま。その背後では光がさらに楽しげに踊り、走り回り、あっという間に私が耕した数倍の面積の草地が広がっていく。
「チート…」
能力の差を目の当たりにして、ちょい凹むわぁ。
翌日私は牧草地の下に移動し、そこを耕し、精霊を呼ぶ。
手にしている金剛杖は昨日より重い。ずっしりしてる。
いや、物理的には重くないんだけど、握ると大地を棒一本で引っ張り上げてるみたいだ。
ザクザクと鋤で土をかき、昨晩モニカさまが教えてくれたことを思い出す。
「金剛杖は初代、土の祝福の子が作り出したそうですわ」
「初代…どのくらい前なんですか?」
「三百年ほどだと聞いています。その後も歴代の祝福の子の方々が使い、大地の力をため込んできたと聞いています」
そんな大層な代物を泥だらけにしてる私。バチあたりそうだけど、鋤をふるうと金剛杖が「いよっしゃぁぁぁ!」と熱血スポ根主人公みたいな声を上げてる気がする。
「元気よすぎだよ」
今こそ俺の出番だとばかりにゴキゲンな金剛杖を手に、私はひたすら耕す。続けていれば、腕も肩も腰もつらい。
だけど耕し小石をかき出すと、大地はふかふかに戻っていく。それがうれしくて黙々と作業してしまう。
「アイリーンさま、よろしいですか?」
「はい?」
振り返ると、今日も護衛についてくれたダニエルさんの後ろにたくさんの人たちがいた。
「この土地の者たちです。リオネルさまと領主の声掛けで集まってもらいました」
「あ、勝手にお邪魔してます」
私がぺこりと頭を下げると、皆さん慌てて首を振る。
「我々のためにお力を貸してくださり、ありがとうございます、神官さま!」
「私は神官じゃないんです。あと力を貸してくれてるのは精霊たちで…」
「精霊……」
「なんと祝福をこの土地に授けてくださっているとは…」
「我々もなにか出来ることはありませんかっ?」
私に手を合わせるように見つめられた。ちょっと涙ぐんでる人もいて、気圧される。
やばい、何か言えば言うほど誤解されそうな流れ。
「え、と…とりあえず一緒に開墾してもらえますか?」
「もちろんです!」
そこから私たちはひたすら体を動かした。大勢でやると仕事の進みもいいね。
「こんなことになってどうしようかと思っとったんじゃが…」
「そうそう。家や畑が流されていくのをみて、力が抜けてしまってな」
「だが昨日…土を耕す神官さまのお姿を見て、まだあきらめちゃいかんぞと」
隣で作業していたおじいさんたち。話しながら使い込んだ鍬を上手に操って土に空気を送り込んでいく。熟練の技にほぅ…とため息が出た。
無意識にだけど、精霊が住みやすいようにしてくれている。やっぱり長年土と暮らしてきた人は分かってるなぁ。
「春までに作物を作れるようにせんとな」
「だが種をどこで買う? 流通も滞っているぞ」
「そこは私も協力します!」
「神官さまが?」
「神官じゃなく、ただの農家の娘です。両親から種を送ってもらいますので」
「おぉ、重ね重ねありがたい…」
また拝まれた。ひ~。
「あ、そうだ!」
私は自分の荷物の中から、巾着を取り出した。
「マルケスに来る途中の町で買ったラディッシュの種があります。今はこれを植えましょう!」
和名で二十日大根。文字通りすぐに収穫できる優れもの。私は巾着に手を入れ、種を掴み開墾したところに豆まきよろしくばらまく。
ダニエルさんが苦笑した。
「アイリーンさま、豪快ですね」
「うん、だってこんなに広いんだもの。種だって密集するより伸び伸び育ちたいんじゃないかな。それに……」
今回は収穫して食べるためっていうより、前哨戦みたいなもの。今植えたものが花をつけ数倍の種をもたらす。その頃にはもっと土地が整い、人も戻ってくるだろう。作物として育てるのはそれからでいい。だから「早くおおきくな~れ」と唱える。
夕方、リオネルさまがやってくる頃にはけっこうな範囲で開墾できた。
「うん、いい仕事をしたなアイリーン」
やわらかい笑みでほめられて、大満足です。




