麺棒じゃなくフォーク。
「あの…」
「私がやってもいいんだが、どうも水の精霊の動きが怪しい。そっちに集中したい」
「でも」
「やり方はアイリーンの自由だ、頼んだぞ」
「ちょ…」
「日没までには迎えにくる」
そう言い残し、リオネルさまは私を置いて、また馬車でどこかへ行ってしまった。
「うそでしょ…」
何もない荒れ地に放り出された。
一応護衛が一人一緒に残ってくれてるけど、私同様ぽかんとしてる。
二人でしばらくぽかんてしてたけど、気を取り直そうと何度か深呼吸。スーハー。
「あの…ここはどこでしょう」
「マルケス領の牧草地です」
私が戸惑いつつ問いかけると、彼はハッと意識を取り戻し答えてくれた。
「牧草地…」
「土地の起伏がゆるやかで良質の草が多く、水害が起るまで、毎日家畜を放牧していました」
そう言われて見渡すが、周囲に馬も牛も見当たらない。
「厩舎は…」
「あちらです。無人のようですが」
「まさか牛や馬も流されたのかな…」
「ここは高台なので水が来ても、平地より時間の猶予がありきちんと避難できたと思います。ただ草がないので、家畜が餓えないよう他地域に移動したのかと」
「よかった……」
ホッと息を吐いてから、眼下を見渡す。
「この下は農地だったんですか?」
「はい。様々な作物を育てていました。麦や野菜が多かったです」
「詳しいんですね。えっと…」
「ダニエル・レムスと申します。その山を越えたらすぐのロサノ領出身です」
「ロサノ領…確か馬産業がさかんだったような…」
馬と鉄が名産とミリアムさまと読んだ本に書いてあった。
「そうです。ロサノ領主は厩舎伯の称号もあり、名馬を多く輩出しています」
ダニエルさんは故郷の話に胸を張る。
「じゃあ、ダニエルさんには土地勘があるんですね」
「はい。急なことで驚きましたが、リオネルさまが自分を残したのはそういうわけだと思います」
よかった。一応私に配慮してくれたみたい。
「それじゃあ…私はどうしたらいいのかな」
私のつぶやきにダニエルさんは困った顔をした。
「申し訳ありません、自分は何も助けにならず…」
「あ、いえっ。私も何も分からずここに来てしまって」
「力仕事でしたら、お役に立てます」
「ありがとうございます。土に祝福をってリオネルさまは言ってたから…とりあえず土の状態を見てみます」
私は足元に広がる茶色の大地に触れた。固く、どろりと重く、生気を感じない。
精霊は大地を転げ回って遊んでいると聞いた。でもこんな呼吸もできないような泥では遊びたくても遊べないだろう。
「あの…お手伝いしてもらってもいいですか?」
「もちろんです」
「では、流木や大きな石を一緒に取り除いてください」
無くすワケにはいかない金剛杖を小脇に抱え、流れてきたであろう様々な物を集めて積み上げる。
ほんの数メートルほど作業しただけで汗が流れ出てきた。ダニエルさんは水を吸って重くなった流木や私では持てない石をひょいひょいと移動させてくれている。彼がいなかったら私は漬物石程度を動かすくらいしかできなかっただろう。
「ダニエルさんのおかげで、大きなものは取り除けました。ありがとうございます」
「いえいえ。でもまだ土中に拳大の石がごろごろしていますが」
「そうなんですよね。これも掘り出さなくちゃ」
そこらへんに落ちていた棒切れで土を掻き、素手で石を掴む。爪の中まで真っ黒にしながら、途方もない作業をしていく。
「はぁ…鋤があればもうちょっと作業がはかどるのにな」
「あっ」
「明日もここで作業するなら、用意してこなくちゃ。あと手袋と……」
「あの、アイリーンさま」
「はい?」
呼ばれて顔を上げると、ダニエルさんが強ばった顔をして私を見ている。
「なんですか?」
「お手元を…ごらんください」
「え? あ!」
視線を送ると、小脇に抱えていた金剛杖の先端が、いつの間にかフォークのようになっていた。
「え、なにこれっ」
「アイリーンさまが鋤って言われた瞬間、その形になりました」
「え、私の言葉で…?」
呆然と形状の変わった金剛杖を見つめる。三本の鉄の爪は真新しく、陽射しを浴びて、さぁ使え!とばかりに輝いていた。
っていうか、金剛杖こういうこと出来るのっ?
「リオネルさま、使い方くらい教えてくれたっていいのに…」
ついぼやいてしまう。
「聖遺物を農機具として使ってもいいのかな」
「アイリーンさまの望みを具現したのですから、問題ないかと」
「う〜ん、……では遠慮なく」
ダニエルさんの後押しをもらい、私は金剛杖を振りかぶり、ざくっと一鍬入れる。
カキンと反応があり、土中の石の存在を私に伝えた。
そのままざくざくと土を掻くと、ごろごろと小石が出てくる。この石は集めておけば、何かに使えるだろう。
再び鋤を入れると、さっきより軽やかな感触。精霊が住み心地良さそうな感じ。
そう感じてうれしくなった。リオネルさまが精霊は少なくなったって言ってたけど、住み心地が良くなれば戻ってきてくれるだろう。たくさん集まればにぎやかな土地になるはず。
そもそも精霊ってどういう存在なんだろう。精霊同士結婚して子供を産んで大家族になったりするのかな。
大家族でここに住んでくれたらいいな。
そう思った瞬間。
鋤の先端、いや金剛杖から勢いよく何かが飛び出した。
「ん?」
例えるならば前世のテレビ通販でよく見た高圧洗浄機のように金剛杖からどんどん飛び出す何か。
目に見えないそれが私の周囲にまき散らされ、きらめく。きらめきは大地を踊りながらくるくる回り、やがて風に乗ってわさわさと音が聞こえてくる。
「牧草だ……」
ダニエルさんがかすれた声で呟く。確かに周囲五メートルほどが、いきなり草原に変わっていた。