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雇用主が気さくで親切。



 ミニトマトは無事完熟し、今は日光にさらしている最中だ。

 晴天が続いてるからそろそろ種が取れそうだなと眺めていたら、農道を誰かが上がってくる。


「アイリーン、おはよう」

「あら、おじさんとジミー。おはようございます。どうしたんですか?」

「今日はアイリーンに詫びにきた。すまない!」


 おじさんはいきなりそう言って前屈するように腰を折り曲げた。

 最近薄くなってきた頭髪が乱れ飛ぶ勢いだ。


「おじさん? どうしたの?」

「ジミーの件だ。勝手な行動をしてアイリーンを傷付けた」

「え?」


 畑で葉ものを収穫していた両親もなんだなんだと集まってくるし、ジミーは悲壮な顔をしている。


「あの、私別にジミーとのことはなんとも思ってないので、気にしないでいいですけど…」

「詫びが遅れて本当にすまない」

「いいえ、どうぞヒルダさまとお幸せに」


 私がそう言うとおじさんは苦虫を噛み潰したような顔を上げた。


「…昨日、領主さまの家から使いが来て、ひどくお叱りを受けた」

「お叱り?」

「結婚などと重要な問題を子供だけで決めて、それを言いふらすなんて許されないと」

「はぁ…」


 おじさんの言いたいことが理解できず、お父さんを見上げる。


「アイリーン、領主さまは貴族だ」

「うん、それが?」

「貴族には家の事情というものがある。簡単に平民と結婚できるわけがない」


 貴族は婚姻によって家と家の繋がりを築く。

 婚姻相手を見誤ると、地位や貴族間での信用が下がる。

 何より領地や財産を守るために少しでもいい家と婚姻して家格を上げたい。


 いくら優秀でも後ろ盾のない平民と結婚すれば、財産は増えないし、貴族社会での立場は弱くなってしまう。

 お父さんにそう説明されて納得。


「しかも周辺じゃ、ヒルダさまが地位を利用し平民の恋人同士を引き裂いたと騒ぎになっていてな」

「そうなんだ」


 結婚前の娘に醜聞が広がったのは領主さまにとってまずいだろうなぁ。

 お父さんも困ったように頭を掻いた。


「最近、アイリーンは朝市によく行ってただろう? そこで顔を覚えてくれた人たちの間でこの話が広まっているんだ」

「全然知らなかったよ」


 朝市に行くと、皆が妙にやさしかったのはそのせいか。


 おじさんはしょぼくれた様子でうつむく。


「領主さまはアイリーンに詫びたいとおっしゃってる」

「え、けっこうです」

「しかし…」

「私は本当に気にしてないので。領主さまのお詫びもいりません。しばらく留守にするし」


 王都での仕事がどのくらいかかるかわからないが、噂なんて来年には消えてるだろう。


「留守にする?」

「仕事で王都に行くの」

「なんだって?」


 ずっと黙ってたジミーが眉をしかめて顔を上げた。


「王都に行く? 僕は聞いてないぞ」

「うん、言ってないよ」

「なぜだ!」

「だってジミーに言う必要全然ないし」


 ジミーは信じられないとくちびるをわななかせる。


「僕にふられたのがそんなにつらかったのか…」

「え、なんでそうなる?」


 またジミーがおかしなこと言い始めた。


「それだけの悲しみと苦しみを君に与えてしまったんだな…。すまない。でも大丈夫だ。アイリーンと結婚できることになった」

「「「は?」」」


 両親と私の三重奏。きれいにハモった。


「昨日は領主さまにひどく怒られて大変だった。大人の事情で真実の愛を引き裂かれてしまい…ヒルダさまとはもう二度と会えない。苦しくて死にたくなったほどだ」


 だが…とジミーは続ける。


「僕には君がいる。いつでも君が待っていてくれたから僕は一夏の恋の冒険ができた。アイリーン、君は僕をなぐさめてくれるよね」


 いや、ムリ。ほんとムリ〜!


 私が返事も出来ずドン引きしてるのをどう勘違いしたか、ジミーはぎゅっと手を握ってきた。


「アイリーン、僕ともう一度…」

「取り込み中か?」


 急に割り込んできた声に全員が振り返ると、レイモンドさん、いやレイモンドさまが坂を登ってくるところだった。


「おや、おはようございます。レイモンドさま」

「おはよう、アイリーンにウッドご夫妻」

「いらっしゃるのは明後日の予定では?」

「待ちきれず、つい」


 苦笑してレイモンドさまは私の横に立つ。


「来ちゃった」


 カレシの家に押し掛けたカノジョみたいに言うなし。


「進行状況は?」

「これから種を取ろうかなと」

「いよいよか! 作業を見てもいいか?」

「いいですよ」


 話しながらレイモンドさまはさりげなくジミーの腕を握った。

 どんな力が込められてたのか、ジミーはうめき声を上げて私の手を離す。


 ありがたくジミーの側を離れると、私はかたわらに置いていた桶とザルを持ち上げた。


「これが?」

「はい」

「俺が持とう」


 レイモンドさまは目を輝かせて桶を抱え込んだ。


「それじゃ、お父さん。川に行ってくる」

「あぁ、のんびりしておいで」


 騒ぐジミーはお父さんが首根っこ捕まえてくれたので、私はレイモンドさまと坂の下にある小川に移動する。


「またあいつが暴走してるのか?」

「そうです。先程は助かりました」

「いや、俺も押し掛けてすまない。ちょっと時間ができたので顔を見たくなってな」


 ん? なんか今のセリフ、乙女ワードじゃない?

 

 ちょっとドギマギしそうになる心臓を深呼吸で抑えて、私は川辺にしゃがみこんだ。


「そういうことで…開始します」


 オペ前のドクターみたいに宣言し、私は桶を手に取った。


「手伝いたい。どうやるんだ?」

「王子さまにそんなことさせられませんよ」

「ここではただのレイモンドとして接してほしい」


 そう言えば、前回帰り際にもそう言われたなぁ。


「…じゃあ、お願いします。まず小さい桶で大きい桶に水を汲みます」

「大きい方にはトマトが中にいっぱい入ってるぞ」

「はい、水に浸すんです」


 レイモンドさまは川から水を楽しそうに汲んで桶に溜める。


「次は?」

「トマトを洗います」


 レイモンドさまは躊躇なく桶に手を入れた。


「水が冷たい」

「そうですね。手が汚れますよ」


 王子さまの手を汚していいのかなぁ。

 少し離れたところで見守ってる黒服のおじさんが眉をひそめてるけど。


「いいんだ、やってみたい」

「では、この実を潰しながら水の中で揺らしてください」


 レイモンドさまは手をつっこみ、実を軽く握る。

「ぐちゅっていった…」とか、ちょっと苦笑いしつつも楽しそう。


「レイモンドさま、筋がいいです」

「そうだろう。このトマトはいくつくらいあるんだ?」

「だいたい百個ですね」

「種はいくつ採れる?」

「一つにつき二十個くらいあるので…二千です」

「そんなに採れるのか」

「でも中には芽が出ない種もありますし、芽が出てもちゃんと発育しないものもあります」

「だから選別をするんだな」

「そうです」

「大分つぶれて種と実が分離してきたぞ」

「ではザルで漉します」


 ザルは目が細かいので漉すとゼリー部分の実は流れ、白茶けた種だけが残る。


「ぬめりが取れたら種を布に広げて、乾燥させます。そして翌年蒔くんです」

「来年まで待てない」

「わかってますってば」


 子供のように言われて笑ってしまう。


「王都にはいつ行ける?」

「それなんですけど、両親は村での作業があるから私だけでもいいですか?」


 あの後、家族で話し合った結果、ちょっと旅行に行くのはいいけど、畑を長期間放っておけないと両親は言った。


「悪い人じゃなさそうだし行っておいでよ」とあっさり言われて逆にちょっと不安だ。

 そう言うとレイモンドさまは首を傾げた。


「不安?」

「一応まだ若い女子なので」


 人が多いところでは女子供だと、それなりに面倒が増える。

 前世の日本くらい安全であれば、若い女の一人暮らしも平気だけど、この国はまだそこまで治安が良い訳ではない。


「他の国に比べたら治安がいい方だとは旅人から聞きますが、知らない場所だし」

「そうだな。……護衛を付けよう」

「はい〜?」


 そんな私ごときに…。


「いや、俺のワガママで来てもらうんだ。それぐらいしないとご両親も安心しないだろう」

「両親、けっこう放任主義ですが」

「護衛の選別は任せてもらっていいか?」

「私の話聞いてませんね。かまいませんけれど…」


 雇用主の親切はむげにしないでおこう。


「腕の立つ者を付けると約束する」

「ありがとうございます。……王子さまのお墨付きなんてすごく強い人なんでしょうね」

「それはもちろん」

「楽しみです」


 護衛してくれるってことは、長時間一緒にいるんだよね。映画みたいなイケメンだといいな。

 ちょっとテンションあがって頬をゆるめてると、レイモンドさまは微妙な顔をした。


「なんですか?」

「君は好きな人がいるのか?」

「いません」

「あの不思議な男は?」

「ジミーですか? 以前も言いましたが単なる幼馴染みですけど」

「婚約者だったんだろう?」

「周りがそう勝手に言ってただけで私はとくになにも…」

「何とも思ってなかった?」

「はい」


 レイモンドさまはまだ微妙な顔キープしてる。


「……では王都で新しい出会いがあれば恋人にしてもいいと?」

「そうですね、ご縁があれば」

「……護衛は女性にする」


 えぇ〜なんで〜?





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