出発。
「お父さん? お母さん?」
私は呆然としたまま懐かしくも慕わしい二人を見る。
「アイリーン、よかった元気そうだな」
「まぁ、とてもきれいになって…」
「……お父さんっ、お母さん!」
私はうれしそうに笑うお父さんと涙ぐむお母さんに駆け寄り抱きついた。
「どうしてここに?」
「会いたかったからだよ。お誘いを頂いたしね」
「お誘い?」
「私が呼んだんだ」
国王さまがリオネルさまの横にさっと腰掛け、カミラさまがすっとお茶を置く。
「なぜ国王さまが?」
「祝福の子の手続きの件だよ。大切なことなんだから、親が知らないわけにはいかない」
「それはそうですが……」
「君はお二人の子供なんだよ」
自分のことは一人でも決められるんだけどなっていう顔をした私に、国王さまは父親の顔で言う。
「親ならば子供のことをちゃんと理解して、本人のためになるようにしたいんだ」
両親を見上げれば、国王さまの言葉に深く頷いている。私は二人に愛されてる実感が涌き上がって、鼻の先がツンとなった。やばい、泣きそう。
「それに」
「それに?」
「…どういう人柄かも知りたかったしね。義理の関係になるかもしれないんだから」
「へ?」
意味が分からず首を傾げるが、国王さまはただ笑うだけ。あ、これ大人がよく見せる顔だ。
子供にはまだ少し早い話をするときにするんだよね。私的には前世も含めると年齢的には充分大人ですから、子供扱いはちょっと不満。
……と強がっても国王さまの真意は分からない。ちぇっ。
お父さんたちなら理解しているのかと見上げるが、私と同じく不思議そうな顔をしていた。
「ところで…行くのか? リオネル」
「あぁ、どうせ立ち聞きしていたんだろう、ハロルド」
「もちろんしていた。私の国のことだからな。さて……」
一瞬で為政者の顔になった国王さまに私は無意識に背筋を伸ばした。
「成し遂げるために何が最善か、話し合おう」
三日後の早朝、私は慌ただしく王都を発った。私とリオネルさまを乗せた馬車は一路南下する。
私が王都を離れるにあたって、まず重要なことは栽培している野菜たちのことだった。
今の温室は私しか開けられないので、私がいないと世話ができない。そこで野菜を栽培している木箱ごと、完成間近の第二温室へ運んだ。
その話をするとリオネルさまは小さく笑った。
「地植えじゃなくてよかったな」
「はい。私が戻るまで両親が世話をしてくれるので心強いです。国王さまが人を手配してくれたので木箱の運搬作業もスムーズでしたし」
両親は温室を見て、すぐにすべきことを理解したみたい。短い期間のものしかないけど、私の温室栽培の記録ノートを渡したら二人とも目を輝かせて食い付いていた。
「元々、お二人は第二温室の管理をする話になっていたとか?」
「はい。レイモンドさまにずいぶん前から依頼されていたそうです」
王都に来るのは春頃を予定してたけど、ちょっと早くなっただけだから。
村の農地は人に頼んできたから大丈夫。
お父さんはそう言って、嬉し気に私が育てたトマトたちをチェックしていた。
出立準備に追われて、二人とじっくり過ごす時間はなかったけど、作業の合間に自分に起こったことを話して、褒めてもらったり労ってもらったり。
ハグされ撫でられ、もうそれだけで涙が出て止まらない。
王都に来てからレイモンドさまやミリアムさまたちに助けられ、ずっと一人じゃなかった。でも、かなり気を張ってたみたい。
まだまだ二人に甘えたかったけど、精霊たちの懸念が伝わってきて、どうにも気が急いてしまう。
そんな私にお父さんはうん、行っておいでと一言。お母さんはムリしないでねとさみしそうに送り出してくれた。
馬車に揺られぼんやり色々なことを考える私を、リオネルさまはおだやかな笑みを浮かべながら観察している。
「くるくる表情が変わるな。不安なのか?」
「…はい。これからどうなるのかなって考えてしまって」
「なるようになるさ。他に不安に思うことは?」
「ミリアムさまがいないのが変な感じです」
今回の旅にミリアムさまは同行していない。私と一緒に行くと言ってくれてたけど、国王さまが許可を出さなかった。
「私たちは神殿から派遣という形になっている。ミリアムの仕事は王都でのアイリーンの護衛だ。管轄が違うのでついてこられない」
「…はい」
「それよりもアイリーンは自分の体調を心配した方がいい」
「体調?」
私が首を傾げると、リオネルさまは深いため息を一つ。
「後でわかる」
「はぁ…」
疑問に思いつつ、軽く頷く。そしてリオネルさまの言ってる意味を体で理解したのはその日の午後。
「体がばらばらになりそう…!」
「まったくだ。なんでこんな苦労を…」
整備されていない道を馬車で進むのがこんなにつらいとは…!
村から王都までの移動もつらかったけど、あれはまだ道が平らだった。今回は南に行くにつれ悪路になり、大小の振動が全身を間断なく襲う。
痛いところはどこですかって聞かれたら、すべてだと答える。すべてつらい…!
小休憩で馬車を降りても足はガクガク、体が常に揺られている気がする。
「だから旅は嫌いなんだ。風のように飛んでいけるなら楽なのに」
「大神官さま、お茶をどうぞ」
小間使いにと一緒に派遣された神官見習いが布を敷き、私たちにお茶を淹れてくれた。だけど、そのお茶を受け取る手に振動が残ってて、ブルブルしてる。
「ミントティだね。気分がすっきりする……ような?」
「そうですね、馬車酔いも治まる…ような?」
ちょっと壊れかけてる私たちに対し、護衛たちは疲労を見せていない。
「あの人たち、超人ですか…?」
「私たちとは種族が違う気がするよ。でも今回はアイリーンのクッションがあったから少しはマシだったな」
「お役に立ててよかったです。本当に…身をもって知りました。あのクッションを作った自分をほめてあげたい」
「そうだろう」
旅行まくらももっと作っておけばよかった。王都に帰ったら量産してやる…!
決意を胸に秘めた私の隣で、リオネルさまがぐったりと横たわった。神官見習いがいそいそと毛布を掛ける。
「大神官さま、出発まで少しお休み下さい」
「うん、出発はいつ?」
「………もう間もなくです」
護衛の人たちは馬にエサや水をやって、自分たちもさっと飲食をし、すぐにでも出発できるよう装備を点検している。
それを見たリオネルさまは絶望が深い表情で毛布をひっかぶった。
「おうちに帰りたい…」
「わかります」
その願いは叶えられず、私は南に到着するまで、悪路の揺れに耐え続けた。




