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視線の圧。




 南……?


 男爵家の庭で、私は立ち尽くす。しかしどんなに耳を澄ませても、あれきりもう声は聞こえない。


「アイリーンさま、どうされました? お茶会の途中から、元気がないように見えましたが」

「……えっと、実は」


 帰りの馬車でミリアムさまに気遣わしげに問われ、私は不思議な声のことを話してみた。


「私にはそんな声聞こえませんでした」

「私だけ…ではやっぱり」

「精霊の声でしょうねぇ」


 ミリアムさまと二人、つい令嬢にあるまじき腕組みをしてしまう。


「南ってレイモンドさまが向かったところかなぁ」

「聞こえたのはそれきりですか?」

「はい」


 レイモンドさまに何かあったんだろうか。

 そう思ったら居ても立っても居いられない。すぐにでも出発したくなる。


「ミリアムさま、私が南へ行くことはできますか?」

「……私には判断付きかねます」


 私と目を合わせ、ミリアムさまは小さく唸った。


「アイリーンさまのお立場は公的にレイモンドさまのお抱え庭師となっています」

「あ、そうなんですね」


 公的にってことは、私の存在を文書にしてたんだ。立場や雇用について、特に気にせずにいたけど色々ちゃんとしてくれてるんだなぁ。


「そのレイモンドさまの指示や許可がないまま、長距離移動をするというのは」

「そうですね、あまりよろしくない、と」

「はい。しかもアイリーンさまは祝福の子としての保護対象でもあります。まだ手続き途中ですが、すでに保護下にあるので……」


 そういえばそんなことも言われていた。


「レイモンドさまがいらっしゃらない今、アイリーンさまが南に行くには国王さまの裁可が必要になると思います」

「うわぁ、おおごと…」

「なのでまず声のことを神殿に相談してみましょう」


 神殿! なるほど。精霊に詳しい人がいる場所だ。


「温室に着いたら神殿に使いを出してみます。手順が多いので、すぐに面会許可が下りないかもしれませんが」

「はい、お願いします」


 気が急くけど、がまんだ。

 そう自分をなだめながら王宮に到着する。馭者の手を借り馬車を降りると目の前にキラキラしたヒトがいた。


「おかえり。待っていたよ」

「大神官さま…」


 ビスクドールのような美形がにっこり微笑んだ。












「へぇ、ここがアイリーンの温室かい」


 大神官リオネルさまは楽しげに温室を見て回る。温室の風景とミスマッチな白い衣装と銀の髪。存在がまぶしい。

 キラキラ芸能人が地方に来て地元の人と会話する前世の番組を思い出した。ちょっと白目になりそう。


「ジークの時とはずいぶん変わったな。温室がかわいらしい」

「かわいらしい?」

「イメージは人の良い素朴な家だな。ジークのときは実験場だった。うん、土の精霊たちも元気でいいな」

「リオネルさまお茶をお持ちいたしました」

「うん、いただこうかな。二人も座るといい」


 マイペースなリオネルさまに私は恐る恐る、ミリアムさまは苦笑しながらテーブルにつく。カミラさまは突然現れた大神官にも動じずお茶の用意をしてくれた。プロだ。


「リオネルさまはどうしてここへ?」

「風の精霊たちが伝言をしにきた」

「えっ」


 あ、そっか。リオネルさまはすべての精霊に祝福をされているんだ。声くらい聞こえて当たり前か。


「風が言うには、アイリーンに声を届けた精霊は消えた」


 リオネルさまは悲しげにまぶたを伏せる。


「消えた?」

「あれはおそらく南から来た土の精霊だ。とても弱っていて、力尽きて死んだのだろうと風たちが言っている」

「そんな」

「アイリーンに声を伝えるのも精一杯だったようだ。……どうやら南で精霊たちに異変が起っているらしいな」

「異変……」


 リオネルさまはカミラさまのお茶をゆっくりと一口飲み、カップを置く。


「精霊たちに厄災が降り掛かっているなら、私が行かねばならぬ」

「……私も連れていってくださいっ」

「この温室はどうする。アイリーン以外に入れる人間はいない。育てている作物を枯らす気か?」

「それは……」

「行って何ができる?」

「でも…、行かなくちゃいけないんです」


 理屈なんかない。ただそう思う。


 私は必死にリオネルさまを見つめた。視線を外してはいけない。まばたきを忘れて目が乾く。

 真剣なリオネルさまから圧を感じる。私は今、見極められている。頭の中で逃げちゃダメだのセリフが木霊した。

 そのセリフに励まされて、どれくらい見つめ合ってただろうか。

 リオネルさまがふっと笑って、圧が弱まった。


「いいだろう。連れていく。諸々の面倒事は国の小間使いにやらせよう」

「小間使い?」

「後ろにいるよ」


 リオネルさまの視線が私の背後に流れ、つられて振り向くと、入口に苦笑している国王さまが立っていた。

 背後に私の両親を連れて。





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