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赤。




 温室ではトマトがどんどん出来てきて、私は毎日早朝に収穫作業を行っている。


「手で摘み取るのですか?」

「はい。実を軽く持ってひねると簡単に収穫できます」


 育てた五十株のうち、現在ほとんど結実している。

 最初に収穫可能になったのが十株ほど。これから他の株も収穫できるようになる。これがまたうれしい作業なので、私は毎日ニコニコと熟した実を集めた。


「なんだか楽しそうですねぇ」

「楽しいです。この瞬間に苦労がむくわれたって思えますし、おいしそうに出来てると作物がかわいく思えちゃって…」


 そう言いながらも手はさくさくとトマトを収穫していく。

 最初は見ているだけだったミリアムさまも、私があまりにも楽しそうだからか、一緒に作業をしてくれた。


「これは確かに面白いですね。作業は単純だけど、達成感があります」

「そうなんですよ~。なかなかガクから外れない実はまだ熟していない証拠なので、そのままにしてください」

「わかりました。今日も陽射しに照らされて…まだ青い実もどんどん色付いてきれい……」

「はい。今年の冬は晴天続きでお天気に恵まれてます」


 午前中はミリアムさまとのんびり本日分を収穫して過ごす。

 お昼頃にカミラさまがやってきて、ランチと一緒に荷物を持ってきてくれた。


「アイリーンさま、小包が届いています」

「ありがとうございます。……お父さんからだ!」


 片手で持てる大きさの荷で、中には手紙と小さな包みがいくつか入っている。私はまず手紙を開いた。

 私の体調を気遣う文面に続き、お父さんお母さん二人の元気そうなエピソードが書かれている。


「両親の方には問題ないみたいです。こっちの包みは…あ、種だ!」

「種?」

「前回の手紙でトマトが収穫出来そうだと伝えたので、そろそろ他のものも栽培してみたいだろうと野菜の種を同封してくれたみたいです」


 さすがお父さん、わかってる~。種植え楽しみ!

 返事をすぐに書かなくちゃ!

 うきうきと読み進め二枚目に目を通す。


「ん?」

「どうしました?」

「村の様子が書いてあって…ジミーのことです」

「この前遭遇した自称婚約者?」

「はい」


 遭遇って…ミリアムさまの認識では完全にゴッキーみたいな扱いになってるじゃん。


「ジミーは彼の父親と大げんかして家出したらしいです」

「それで王都にいたと?」

「たぶん…。家のお金をかなりの額くすねて出て行ったから、ジミーの家は冬を越すためのお金が足りず大慌てだって書いてあります」

「あいつめ、クズか」


 認識、さらに地位下がってる〜。


「私の手紙で王都にいるって分かったけど、そこまで行く旅費にも事欠くから、誰も迎えに来られないようで…。おじさんは憤慨してて野垂れ死でもなんでもしやがれと言ってるみたいです」

「同感ですね」


 知り合いが野垂れ死にしちゃったら寝覚めが悪いなぁ。

 おじさんたちの心境としては……王都にいる私にジミーを説得して連れ戻してくれって言いそうだけど、それは書かれてない。たぶん言われててもお父さんは書かないと思う。


 ランチを頂きながらもなんとなく重い気分。

 ジミーに会って村に帰るように言うべきか? でもそこまで私がするのもちがうし、何より会ってまた世迷い事言われたらめんどくさい。


 ランチの後、縫い物をしながらもぐるぐる考えていたら、あっという間にお茶の時間で、レイモンドさまとマックスさまがやってきた。


「アイリーン、元気か?」

「はい!」


 正直に言うと……レイモンドさまの笑顔を見た途端、すべての憂いが消えた。自然ににやけた笑顔が出て、ジミーのことをあっさり失念する。


「今日もトマトをありがとう。弟がランチでまた完食したと報告があった」

「うれしいです」

「俺も頂いたが、やっぱり甘くてパクパク食べられるな」


 そう言ってからレイモンドさまがちょっと表情を曇らせる。


「ただなぁ、他の野菜は未だ食べず、なんだ」

「そうですか…。そうだ! 明日あたりに少し大きなトマトをいくつか収穫するんですが」

「大きなトマト?」

「小さいのを作っていますが、まれに先祖返りというか…普通サイズに近いトマトが出来る株もあるんです」

「へぇ…面白いな」


 植物の遺伝子は本当に様々な形態を作り出すからね〜。前世でそういう研究があったのは知ってる。勉強しておけばよかったな。でもまさか転生して農家になるとは思ってなかったし。


「トマトの味は変わりませんので、これをスープにして他の野菜を煮込むと食べてくれるかもしれません」

「なるほど! 料理人に頼んでみよう」

「では収穫したらそちらにお持ちしますね」

「頼む」

「お父さんから他の野菜の種を送ってもらったので、先程種植えしました。出来たらそれも食べてもらいたいです」

「楽しみだな。何が出来るんだ?」

「ニンジンとリーフレタスです。他に食べたいものがあったら言ってください。挑戦してみます」

「そうだな…ではヤムというものが食べたい」


 そう言われて私はきょとんとなった。


「初めて聞きますけど、ヤムってなんでしょう?」

「アイリーンも知らないか」

「不勉強で…」

「いや、そうじゃない。誰も知らないんだ」


 誰も?

 私は首を傾げて困ったように笑うレイモンドさまを見た。


「以前、市場で売っていて食べた。食感は芋のようだったがすごくおいしかったんだ。王宮で口にするものよりはるかに甘味があって、ほくほくしてて……」

「ほくほく……」

「名前を聞いたらヤムと言った。遠国のものらしいが見掛けたのはそれきりだ」

「ヤム……」


 私は首をひねる。この国で流通しているのは主にジャガイモで、栽培も保存も簡単だから年中口にしている。もしかしたら、ジャガイモのヤム種というのがあるのかもしれない。


「それはジャガイモに似てましたか?」

「いや、ジャガイモより見た目が茶色くて縦長だった」

「甘くてほくほくで、茶色い縦長のおいも……」


 私の脳内に浮かんだイメージはただ一つ。


「もしかしてサツマイモ……?」

「知ってるのか?」

「当たりかどうかわかりませんけど、もしかしたら…と思うものはあります。ただどこで栽培されているのか知らないので……」


 あぁ、こういう時すぐに検索できる環境だったらいいのにな。


「ちょっとお父さんに聞いてみますので、期待せず待っててください」

「いや、期待する」


 レイモンドさまの青い目がキラキラして美形度が上がる。これはホントにおいしかったんだろうなぁ。

 ずっと見てたいけど、どうにも照れてしまいうつむいた。

 恋心を自覚してから、なんだか恥ずかしくて顔をよく見られない。


「……アイリーン、もしかして俺が嫌いか?」


 へ?


「とんでもない!」

「でも…最近俺と視線を合わせてくれないだろう」

「それは……」

「あんなことをしたからか?」

「あんなこと?」


 顔を上げたら、レイモンドさまは不安そうな表情をしていた。ちらりと視線を流すと、マックスさまたちがそっと温室を立ち去る。

 あれ? もしかして二人きりになっちゃった。


「あの晩……抱きしめたことだ」


 これは挙動不審になっていい案件だ。

 恥ずかしくて逃げ出したい心と動かない身体。首も動かせなくてレイモンドさまと見つめ合っちゃう。ひょえ〜。


「イヤなのに色々遠慮して言えなかったか?」

「そ…んなことは…」

「イヤならもうしない」

「えぇっ」


 もうしてくれないのっ? そっちの方がイヤだ。


「あのちがう、ちがい…ます」

「ん?」


 なんと言えばいいかわからず口をぱくぱくしてしまうけど、ここは正直になった方がいい。すごい恥ずかしいし、顔も頭も熱くてぽ〜っとなってるけど、言わなくちゃ。


「イヤじゃない…です」

「……そうなのか?」


 こくんと頷く。


 すごい時間をかけてそう言った私をレイモンドさまはじっと待ってくれた。そういうやさしさが好きだ。

 さらに私の言葉を聞いて、うれしそうに微笑むから好きが溢れて心臓がきゅっとなる。

 もうこれ以上見つめあっていられなくて、私はまたうつむいた。


「それなら、よかった」


 レイモンドさまの安心したような声。美形は声もいいなんてずるいよななんて思いながらうっとりしちゃう。

 

「アイリーン」

「はい」

「明日から…南へ視察に行ってくる」

「えっ?」


 顔を上げるとテーブルにひじをついているレイモンドさま。さっきより距離が近くて、ちょっと驚いた。


「南ですか?」

「そうだ。天候不良の影響で住民に不都合が出てる。支援が必要なら早めに手を打たなければいけないから、俺が見に行ってくる」

「そう、ですか」


 さみしいな。


「どのくらいですか?」

「わからない。ちょっと長引くかもしれない」


 返答を聞いてより落ち込む。


「トマトが出来たら毎日弟に届けてやってくれ」

「わかりました。飽きないといいんだけど…」

「料理人に言ってうまく調理してもらおう。カミラにもよく頼んでおくから不足があったら言うんだぞ」

「はい」

「そんなにしょんぼりするな」


 あからさまにテンションの下がった私を心配してレイモンドさまがちょっと焦ってる。


「でも…さみしいです」


 言った!

 言ったぞ! どやぁ!

 内心やぶれかぶれで叫んだ。

 ちらりとレイモンドさまを見たら、ぽかんとしてた。

 私は絶対真っ赤な顔してる。気持ちはバレバレだ。


 ぽかんとしたまま動かないレイモンドさま。恥ずかしすぎて睨みつけたら、ゆっくり片手を動かし自分の口元を覆った。


「マジか」


 じわじわと赤面するレイモンドさまと茹で蛸のような私。

 温室、暑い……。


 横目で見た、明日収穫予定のトマトが真っ赤に成熟してる。あ、私またやらかした?




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