初収穫!
南の地方では長雨が続いているというが、王都はのどかな冬晴れの日が多い。
そのおかげでトマトは赤く色付き、いよいよ初収穫となった。
「レイモンドさま、どうぞ召し上がってください」
お茶の時間にいそいそやってきたレイモンドさまがテーブルにつく。その正面に収穫した一口サイズのトマトを差し出すと、目を丸くした。
「もう出来たのか!」
「はい。初物です」
温室でトマトの種を植えてから約二ヶ月。やっと実を収穫できた。
やっと……と思うが、普通の成長速度に比べると、異常に早い。村で栽培していたトマトたちは四ヶ月は掛かっていた。
これもジークムントさまの温室のおかげなのかな。
「よし、いただこう」
レイモンドさまの掛け声で、ミリアムさま、マックスさま、みんなでお皿からトマトを手に取り、口に放り込む。
無言のまま咀嚼し、誰も言葉を発しない。
あれ、まずかったかな?
「あの…」
「おいしい………」
不安になったとき、ミリアムが小さくつぶやく。
「はじめて食べた甘さです。甘いけれど力強い野菜の味もあって栄養が体に染み渡るような気になります」
「こんな味だったんですね」
続いてマックスがため息をつく。
「レイモンドさまがあの時買ったトマトを独り占めしたわけがわかりましたよ」
「俺は独り占めしてないぞ。弟に食べさせてやりたくて残りを全部宿に持って帰ったんだ」
「でも一つも分けてくれませんでした。毒味さえさせてくれず…こんなにおいしかったなんて」
恨みがましく言うマックスさまがなんだか子供みたい。
レイモンドさまは決まり悪げに私を見た。
「あの時はな、弟も視察に連れてきてたんだ。町の宿に待たせていて」
「弟と言うと……」
「第一側室の七番目、コンラッドだ。最近は反抗期で周囲を困らせていたので気晴らしになるかと思ってな」
「コンラッド王子は野菜嫌いって言ってましたよね」
「そうなんだ。食が細くて、好き嫌いも多い。もしかして民が食べるもののほうが口に合うかと思って、視察中も色々な食堂に行ったんだが、うまくいかなかった。でもアイリーンのトマトだけはパクパク食べて…」
そうなんだ…。確かに出会った日のレイモンドさまは必死だったなぁ。あれはコンラッドさまのためだったのか。
「これを今すぐあいつに食べさせたい」
レイモンドさまは私を真っ直ぐ見つめる。青い瞳がやさしい色をたたえて、目が離せない。
「もちろんですが……明日まで待ってもらえますか?」
「なぜだ?」
「あそこで生ってる実は明日、さらに甘くおいしくなります」
「そうなのか? 何で分かるんだ?」
「なんとなく?」
トマトがそう言ってる気がする。
「それらも祝福の力か」
「どうでしょう……父親の口癖なんです。よくよく観察してあげれば、植物は応えてくれる。食べごろは作物に聞けって」
あぁ、お父さんに会いたいなぁ。お母さんも元気にしてるかな。
冬支度はもう終わってる時期だから、今はカゴを編んだり服を作ったりしてるだろう。
来年のための作業もそろそろ始めなくちゃいけない。
お母さんの作るシチューが食べたいなぁ。
「話は変わるが……アイリーン?」
「あ、はい」
いけない、いけない。村にいる両親を思ってついぼんやりしてしまった。
「親父から話があっただろう? 後見人のことだが」
「はい、聞いてます」
「ピックアップされた貴族がこれだ」
差し出された紙にいろんな人の名前が載ってる。
もちろん知らない人ばかり。
あれ? でもなんとなく見覚えのある名前もあるような…。
「歴史の教科書に載ってた家名もありますよ」
ミリアムさまにそう言われて思い出す。一緒に勉強しようとミリアムさまが見せてくれた本の中に出てきた人たちの名前だ。ってことは、貴族の中でも名家とか旧家ってこと?
「暇なときに目を通して、どの貴族に後見人になってほしいか考えればいい」
「はぁ……」
十ほど並んだ名前をぼんやりと見下ろすが、今の状態で選択しろと言われてもまったく選べない。
正直にそう言うと、レイモンドさまは頷いた。
「そうだろうな。では一家ずつ面談するか」
面談…肩の凝りそうな話だ。なにせ平民なので、マナーとか心配。失敗する未来しか見えない。
私の顔色が冴えなくなったのがわかったのか、レイモンドさまが慌てた。
「面談はいやか?」
「ちょっと……慣れないので怖いです」
「そうか…。ではお茶会を開いてその家の者たちを呼ぶのはどうだ? そこで会話をしてみればいい」
「会話……」
それがハードル高いんだよなぁ。
なにせただの農家なもんで貴族マナーとか知らない。ミリアムさまのお勉強に付き合ってちょっとかじった程度だし。
「ちなみにこの家の者たちはアイリーンが祝福の子だとまだ知らせていない」
「知ってしまえば手に入れたくなりますからね」
「手に入れる?」
「そうです。祝福の子には国からお金が出るし、何かあったら政治パフォーマンスや旗頭に使えるかもしれないし、守り神みたいに崇めたてる人もいるらしい」
「怖い」
思わずミリアムさまにすがりついた。
何度も言いますけど、私ただの農家の娘です。そういうオオゴトな話はムリムリムリ〜!
「ではこっそり見るのはどうだろう」
「こっそり?」
怯えた私を労るようにマックスさまは続けた。
「では、お茶会にミリアムの付き添い人として参加すればいい」
「ミリアムさまの?」
「そう。付き添いだから、ただ後ろで控えていればいいんだよ。ミリアムと会話する人たちのことを観察するだけ」
「なるほど…それはいいアイディアだな」
「でも、ミリアムさまにお手数をおかけしちゃう」
「お気になさらず。もともと我が家も候補家ですから」
言われてよく見たらフラムスティード伯爵家って名簿の上から二番目に書いてある。これはミリアムさまのお家の名前だ。
顔をあげると、にっこり笑うミリアムさま。
「国王さまに後見人の立候補をしておきました」
「ミリアムさま…」
「我が家は男ばかりなので、ちょっとむさ苦しいですが、とにかく気のいい者ばかりですよ。アイリーンさまと暮らせるなら毎日楽しいでしょうね」
「ミリアムさま」
至近距離でささやかれて、うっとりしてしまう。レイモンドさまが咳払いをして私の手を引いた。
「ミリアム、選定は公平に行うからな」
「もちろんです。だけど、どの候補家も気に入らなかったら我が家に決めてください。アイリーンさまも知っている人間がいる家の方が気楽でしょ」
「確かに」
「では、当日の衣装を作りましょうね」
ミリアムさまとカミラさまがにっこり微笑んだ。その後ろから女性が入ってきた。あ、デザイナーのロラさまだ。
「仮縫いに上がりました。さぁ、アイリーンさま、がんばりましょう!」
淑女なのに鼻息荒いよ、ロラさま……。




