夢物語だけど。
あったかい。
前世でも今世でも……家族以外の男性に抱きしめられるのなんて初めてだ。
でもお父さんはこんな抱きしめ方をしなかった。やわらかく包み込むようだった。
レイモンドさまは二人の隙間が許せないような強さ。
なんだか頭がぽ~っとなる。
「アイリーン、……イヤじゃないか?」
問われたので、ぽ~っとしたまま頷く。なにもイヤじゃない。むしろ安心する。でもちょっとそわそわもする。
「アイリーン、俺は……」
何かを言いかけて、レイモンドさまは悔しげにくちびるを引き結んだ。
「すまない、今はまだ言えない」
レイモンドさまはそう言って私から離れる。急に冬の空気に触れて寒い。
「あ、あの…」
無意識に私はレイモンドさまの上着を掴んだ。やだ、まるで引き止めてるみたい。
ちがうの、何か言いたいことが私にもある気がする。でも何を言えばいいのか、わからない。
混乱のまま口をぱくぱくさせていたら、レイモンドさまが笑った。
私を見て仕方なさそうに、目を細めて。
その青い目に私への慈しみを感じて、私はまた何も言い出せなくなる。
大きな手がまた私に伸ばされ、髪をくしゃりとかきまわされた。
「冷えてしまったな。風邪を引くなよ」
レイモンドさまはそう言い残し、さっと暗闇の中へ走り去っていった。
ここにくるまで知らなかったけど王宮という場所は王族の住まいだけではない。
政治 政を行う場所でもあるので、とにかくすごく広いらしい。
詳しく聞いてもよく分からなかったけど、要するに日本でいうところの皇居、国会議事堂、総理大臣官邸、各省庁、司法機関のようなものがすべて入っている。
それらは完全に区画整理されていて、自分の周囲に見知らぬ者が入ったらすぐに分かるレベルだ。
だから王族付きとして働いていなければ王族にばったり会うなんてことはない。絶対ない。
というはずなのに……。
「なんでいるんですか、国王さま」
私は突然温室に現れた恐れ多くも我が国の王をじとっと見上げた。あ、ついでに敬語も忘れた。
「仕事の合間に散歩してるんだ」
「ここに見るものは何もありません」
「散歩は歩くのが目的で何かを見るのが主題ではないと思うが」
「ならばどうぞ歩を進めてください。ここは道じゃありません」
「……ちょっとは私におもねろうとか思わないか?」
「思いましたが……」
第一声で失敗したので、ついそのまま開き直ってしまった。まずい、打ち首か?
「アイリーンさま、そんなに怖がらなくていいですよ」
ミリアムさまが手をそっと背に添えてくれ、そう言う。
「でも……不敬罪で打ち首にされちゃうかも」
「しません。からかうのがお好きなだけなのです」
「すまないな、かわいい者は泣く寸前までいじめたいんだ」
胸はって言うことじゃないし。
じとっと見上げると、国王さまが私の顔をのぞき込んできた。青い目や仕草、表情がレイモンドさまとよく似ててちょっとドキッてする。
あぁ、また昨夜のことを思い出しちゃった。
「面白い。複雑な顔面だ」
「は?」
なんか失礼なこと言われた〜。
「国王さま、それはあんまりです」
「しかしそうとしか言いようがない」
そう言われて私は自分の頬をごしごし撫でた。
「私、そんなに変な顔をしてますか?」
「してる。造作じゃない。にやにやを無理矢理押さえつけてる感じと、何かに困ってる感じが顔の上で陣地取りしてる」
うまい言い方ですね、国王さま。
心当たり、ある。確かに今の心境にぴったりだ。
昨夜のことをすぐに思い出しちゃって、にやにやを止めるために口をぎゅっとしてる。
その上、レイモンドさまの行動が、私の中で折り合い付かなくて困ってる。
これから顔を合わせるとき、どんな態度を取るべきなんだろう。
「……陛下、本日はどのようなご用で?」
悶々としてたら、カミラさまが助け舟を出してくれた。
「用はないぞ。ただの散歩で…あぁ、でもそうだな。思い出した」
「なんでしょう」
「アイリーンの、後見人を考えなくては」
「後見人?」
「そう。祝福の子は基本的に国の管理下におく」
「管理下……」
王様は言い方が悪いが…とかすかに頭を下げた。
「言葉を飾っても内実は変わらないから、はっきり言うが」
「はい。その方がありがたいです」
「常に監視が付く」
私はミリアムさまを見上げた。
「ミリアムはレイモンドからの個人的な依頼でアイリーンの護衛をしているだけだ。国から派遣しているわけではない」
「そうですよ、私はアイリーンさまを監視なぞしてませんからね」
「はい……」
監視かぁ。なんだか自由を制限されそうな感じだ。
「王宮に住んでいたら、そこかしこに兵士、侍女や侍従、使用人がいるだろう? いわばそれらも護衛であり監視だな。王族や貴族を守るだけじゃない。王宮にいるすべての人間に何か起こっていないか、いつも見ている」
「そうですね…」
「それと同じだ」
私の思考、王さまはお見通しみたい。
「だが、この王宮を出てどこかで暮らすなら監視、場合によっては護衛が付く。死ぬまで」
「死ぬまで……」
短期間ならいいけど、それが一生となると、かなり気詰まりかもしれない。
「その気持ち分かるぞ、私もそうだからな」
そっか、王さまも常に見られてる立場だ。
「王宮を出られない私と違い、アイリーンには他の方法もある」
「それが後見人ですか?」
「そうだ。どこかの貴族に後見を頼んで生活する。それである程度の自由を得られる」
私は王さまの言葉に現実味が感じられず、う〜んと唸ってうつむいた。なんかめんどくさい?
「それって…希望すればですよね。希望しない場合は…」
王さまは私の質問に無言で笑う。
うん、察した。
その場合、私本人に知らせず影から護衛されたり、隣人が監視員だったりするパターンだな。
「わかり…ました。ちょっと考えさせてください」
「そうだな。両親とも話し合うべきだろう。貴族候補はこちらでリストアップしておく」
「はい」
「それと、いつでも居場所を分かるようにしてもらえると何かあったときに対処しやすい」
「何か?」
「犯罪に巻き込まれるようなことだな」
「なるべくそうならないようにします」
マックスさまから教えてもらった祝福の子の悲惨な末路を思い出した。鳥肌。
「あと、祝福の子が事業を興すなら国からある程度の支援金を出せる。やりたいことはあるか?」
「ぱっと思いつかない……です」
できれば大きな空の下で農作業してたいなぁ。その時、一緒にレイモンドさまがいてくれたらうれしい。
誰にも言えない夢想をすれば、胸がぽっとあったかくなった。




