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冬の夜。




「アイリーン!」


 私の名を大声で叫んだジミーは警備隊らしき人を振り払い、ものすごい形相でこっちに駆け出してきた。


「ひっ」


 目が血走ってる。キモい。そういえばあいつ昔から足だけは速かったな。そんなことを思い返しながら目前にせまってきたジミーの手を呆然としたまま見つめる。


 もしかして、これ……なぐられるっ…?


 とっさに身を強ばらせ目をぎゅっとつむった。

 衝撃を覚悟したけど、届いたのはジミーのつぶれた叫び声と鈍い音。あとちょっと頬に風。

 恐る恐る目を開けるとミリアムさまがジミーを地面に沈めていた。


「アイリーンさま、知り合いですか?」


 凛々しい顔で問われ、私はブンブン首を横に振る。


「知ってるけど他人です」

「アイリーン、なんていうことを…僕たちは一心同体だったじゃないか」

「事実無根です、他人です」


 私が後ずさるのを追おうとしたジミーの腕をミリアムさまがひねりあげた。


「いでででで…」

「婦女子への暴行未遂だな。警備隊!」

「はっ」

「拘束が手ぬるい!」

「申し訳ありません!」


 遅れて追ってきた警備隊の人たちにミリアムさまが厳しく叱責する。


「この者は何をやらかした?」

「酒を呑んで暴れているとの通報を受け、捕らえました。その際、身元と住まいがはっきりせず……。宿に荷物があるというので、荷物検めにいくところでした」


 酒は大分抜けたし破落戸には見えなかったので油断しました…と警備隊の人たちがさらに頭を下げた。


「今度は縄を打て」

「はっ」


 ジミーは左右から男性に腕を掴まれ立たされた。


「放せ!」

「大人しくしろ!」

「アイリーン、助けてくれ」

「…そう言われても」


 この場で私には何もできないし、そんな義理も権力も無いし。


「悪いことをしたなら、ちゃんと反省してね」

「僕は何もしていない。酔っぱらいに絡まれただけだ」

「そもそも手当たり次第、因縁つけてたのはお前だろう!」


 警備隊の人に怒鳴られて、不服そうに捕まえられた腕を振りほどこうとする。そんなことしてるから、拘束は余計に強くなっていくんだよ。

 

 それにしても…この人、こんなんだっけ?

 十五歳を過ぎれば飲酒できるけど、村でジミーがお酒を呑んでるところを見たことなかったからわかんないや。


「アイリーンさま、行きましょう」


 呆然としていたら、ミリアムさまに馬車へと促された。車内に乗り込んだ途端、心得た馭者がさっと出発をしてくれ、私たちはそこを離れる。

 すぐに車輪の音に紛れてジミーの叫び声は聞こえなくなった。


 なんて日、今日はきっと厄日だ。ヒルダさまに続きジミーって……。って言うか、ジミーはなぜ王都に? 思考が驚きでぐるぐる空転してる。

 そんな私をミリアムさまは気掛かりそうにのぞき込む。


「アイリーンさま、あやつは…」

「村での幼馴染みです」

「まさか、自称婚約者とやらですか」

「はい、まぁ」

「いやに派手な格好をしていましたが」

「そういえば……」


 ひらひらの白いシャツと赤いコート、それに赤いズボンを着てた気がする。

 これで蝶ネクタイでもしてたら、前世のお笑い芸人みたいだ。


「なんで王都にいたんだろう…」


 冬に入れば、村の作業は少なくなる。その間に近隣の町へ出稼ぎに行く男手もいるけど、王都まで行く人はまれだ。

 

「話を聞いてあげるべきだったかな」


 ポツリと零す。ミリアムさまが首を振った。


「あの場で冷静な話し合いは出来ないでしょうし、危害を加えられたりするかもしれません」

「そう…ですね」

「話すにしても酒が抜けて落ち着いた頃の方がいいでしょう」

「はい」

「話したいですか?」


 問われ、すぐに首を振る。


「関わりたくない…のが本音です」

「わかりました。アイリーンさまのご希望通りに致しましょう」


 ミリアムさまが柔らかく笑ってくれたところで王宮に着いた。

 今日は宿舎に直帰する予定だったから、カミラさまのお出迎えもない。まだ心はざわざわしてるから、一人はイヤだなぁ。

 でもずっと側で護衛してくれてるミリアムさまにこれ以上甘えるのも良くない。

 私は努めて笑顔で別れ、宿舎に入る。

 女官のレーナさんが私に気付いて駆け寄ってきてくれた。


「おかえり、アイリーン。仕事終わったの?」

「はい」

「きれいな服、着てるじゃない」

「町までおつかいのお供をしてきたんです。いいお店に入ったから私までこんな格好で…」

「似合っているわ。でも一人で脱げる?」

「…たぶん」

「手伝うわね」

「いいんですかっ? 助かります」


 私の返事にレーナさんが苦笑した。そのまま私の部屋で手伝ってもらいドレスを脱ぐ。


「すみません、お仕事の時間じゃないのに」

「いいのよ、友達なんだから」

「ともだち…」


 さらりと言われて、頬が弛む。


「そうだ、レーナさん。これおみやげのクッキーです…」

「え、いいの? ありがとう」

「レーナさんのお口に合えばいいんだけど」

「色んな味があるのね、楽しみ!」


 少女のように喜んでくれ、私までうれしくなった。食堂に行きエイミーさんにもおみやげを渡す。


「あら、まぁまぁ…。ありがとうね」

「いつもお世話になっていますから」

「じゃあ、私からも」


 エイミーさんはポケットから小さな包みを私とレーナさんにくれた。


「なんですか?」

「ピーターの試作品。やわらかい飴ですって」


 紙の包みを開けると、ころりと丸い茶色の固まりが現れた。レーナさんが首を傾げる。


「やわらかい飴?」

「固い飴は食べにくい人もいるのよ。ピーターは食の細くなった老人や小さな子供が口にしやすいようにって」

「へぇ…」

「飴を食べるのは後にしなさいね。まずはしっかりごはんよ」

「はぁい」


 レーナさんと二人、夕食のトレイを受け取って席に座る。今日の野菜スープは鶏肉も入ってていい出汁が出てた。うん、すごくおいしい。


「アイリーン、おかわりいるかい?」

「いえ、もうおなかいっぱいです」

「いつもより食べる量が少ないけど、具合でも悪い?」


 エイミーさんが心配そうに私をのぞきこむ。


「大丈夫です。たぶんおやつの食べ過ぎで…」

「おやつを?」

「クッキー全種類試食したんです」


 両肩をすぼめてうつむくと、二人はぷっと噴き出した。


「まぁまぁ…まったく」

「それならよかった」

「すみません、食い意地がはってまして……」

「では、ピーターの飴は明日にしなさいね」

「はぁい」


 エイミーさんは改めておみやげありがとうと言い、仕事へ戻っていった。食べ終わった私とレーナさんはしばらく談話室でおしゃべりしながらお腹を落ち着け、お風呂に入り部屋へ戻る。


 ドアを閉じると、一気に疲れが押し寄せてきた。

 今日は一体なんだったんだろう。ヒルダさまとジミーに会うなんて……。


「そうだ、お父さんに手紙書こう」


 ジミーが王都にいたと報告して、村で何があったのか聞く。その他、温室でのトマトのことなんかたっぷり書き連ねて、ペンを置いた。大きなため息が出る。


「ふぅ…」



 考え過ぎたせいか、少し熱くなった頭を冷やしたくて窓を少し開ける。空気は冷たいけど気持ちがいい。見上げれば、澄んだ夜空に星が瞬いている。

 ふと暗闇の中で何かが動く気配がした。

 ドキリ…と心臓が跳ねる。


「アイリーン」

「えっ? レイモンドさま?」


 窓を閉めようとした私の耳にレイモンドさまの声が届く。身を乗り出して暗闇をのぞき込むと、木立の間から昼間より淡く輝く金髪が現れた。


「レイモンドさま、寒くないですか?」

「大丈夫だ。護衛たちから聞いた。今日は大変だったな」

「……ちょっとびっくりしました」


 レイモンドさまが近付いてくる。青い瞳が気掛かりそうに私を見ていた。


「ミリアムが調査するため現場に護衛を一人残しておいた。その報告によると、あの男は町の安宿に泊まっているらしい。十日ほど前から王都をふらふらしてる。宿の親父には仕事を探していると言っていたようだ」

「そう…ですか」

「明日からなぜ村を出たのか調べさせる」

「いえ、レイモンドさまのお手を煩わせることは…。私もお父さんに手紙を書いたので、おっつけ事情が分かるはずですから」


 遠慮すればじっと見つめられた。


「俺がイヤなんだアイリーン」

「え…?」

「あいつがアイリーンの周りをうろつくと面白くない」


 ぽかんとした私の視線を受け、ちょっとくちびるを尖らせた。


「あいつ、アイリーンを子供の頃から知ってるんだろう」

「幼馴染みですから」

「俺の知らないアイリーンだ」

「そう…ですね」


 私とレイモンドさまは出会ってまだ一つの季節しか過ごしていないもんね。


「俺が知らないアイリーンをあいつは知ってる。それがすごくイヤだ」


 レイモンドさまは迷うように手を宙に彷徨わせる。しばらくしてから意を決したように手を伸ばしてきた。


「アイリーン」

「は、はいっ」


 大きな手が頬に触れた。まっすぐ見つめられて心臓が跳ねる。


「しばらく町へは行かないでくれ」

「あ、でも…」


 ドレスのこととかケーキのことが一瞬頭によぎった。


「足りないものがあったら俺が用意するから…あいつに会わせたくないんだ」

「……はい」


 なんだかくらくらする。頬がすっごく熱い。湯冷めして熱でも出したのかな。

 私から視線を外さぬまま、レイモンドさまが一歩前に出る。

 窓から顔を出している私の目線の方が少し高い。頬にそえられていた手が私を慈しむよう包み込む。


「あの…」

「アイリーン」


 名前をやさしく囁かれて、力が抜ける。めまい、一瞬。

 気付けば私はレイモンドさまに抱きしめられていた。





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