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はかられた。




 温室でトマトを育てる。私はそれしか考えていなかったけれど、レイモンドさまには高い目標があった。

 それを知ったからには私も精進しなくてはいけないだろう。


 毎日一株ずつ様子を見ていき細かく温度管理をする一方、新しい種を二十ほど発芽させた。

 時間差で生育したり、株を増やしておけば何かアクシデントがあったときの保険になる。

 

「アイリーンさま、お昼を食べたら町に行きませんか」


 午前の作業を終えるとミリアムさまが私をのぞきこむように聞いてきた。


「いいですよ、何か入り用なんですか?」

「採寸をしに行きます。ドレスの」

「ドレスの採寸っ?」


 女子として、ドレスと言われるとやっぱり心躍る。きれいなミリアムさまがドレスを着たらどんな感じになるのかな。すごく見てみたい。


 カミラさまに身支度を手伝ってもらう。今日は町娘というより貴族令嬢みたいな感じの仕上がりになった。


「あの…ちょっと豪華すぎませんか?」

「今から行く場所が貴族専用のお店なので、これくらい着飾らなければいけないのですよ」

「そうなんですね…。でもなんか着慣れないので変な感じです」


 昼用のよそ行きドレスと言われたそれは、布をたっぷり使ったワンピース型でちょっと重い。

 あ〜あ、肩が凝る。ここにも前世みたいに軽い生地があったらいいのにな。

 残念なことに織物は門外漢。他人頼りだけど、誰か大至急軽くて薄くてあったかい速乾性のある布を開発してほしい。


 いつもより少し高級そうな馬車に揺られて王宮を出発した。

 車内でミリアムさまとおしゃべりしていたら、あっという間に町の中心部に到着する。

 と、同時に馬車の外で大きな声が聞こえてきた。


「アイリーンさま、動かないでください」


 ミリアムさまが真剣な顔で小窓を細く開けてそっと外をうかがう。ガシャンとビンが割れたり、物が壊れる音がしている。ちょっと怖い。


「何が…?」

「ケンカのようです。あぁ、大丈夫。周囲の人間が取り押さえました」


 外から馭者さんの落ち着いた声もする。


「お二方、お騒がせいたしました。もう安全です」

「わかった。開けていい」


 ミリアムさまが鷹揚に頷くと、静かに馬車の扉が開いた。ミリアムさまが身軽にさっと飛び降りる。


「警備隊は?」

「呼びました」


 ミリアムさまほどの運動神経を持たない私は、馭者さんの手を借り降りる。ミリアムさまの周囲には男の人たちが集まってきて状況を説明していた。


「酔漢か」

「はい、昼間から酒を呑んで暴れたようです。部下が取り押さえました」


 全然気付かなかったけど、護衛さんたちが馬車の側にいてくれたみたい。ミリアムさまと同じような格好をしている。


「あとはこちらにお任せ下さい」

「頼む。アイリーンさま、どうぞこちらへ」


 ミリアムさまに呼ばれて入ったお店は重厚な門構え。もちろん門番がいて、恭しく門を開けると私たちが通り過ぎるまで頭をずっと下げている。

 数歩歩いて黒い大きなドアを門と同じようにドア番が開けてくれて、やっぱり頭を下げられた。

 入ってすぐ、ふかふかじゅうたんに足が沈む。

 ほのかに香るお香と、落ち着いたインテリアの店内。そこで妙齢の女性が私たちを出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました」

「ロラ、今日はよろしくお願いします」

「かしこまりました。わたくしどもをご指名くださり、大変光栄でございます」


 ミリアムさまと挨拶を交わす話し方や仕草がとてもきれいな人だ。雰囲気も顔立ちも美人でついぼーっと見とれていたら、その女性がこっちを見た。


「この方が…?」

「えぇ。アイリーン・ウッド嬢です。アイリーンさま、こちらはデザイナーのロラ・ラチエです」

「ロラと申します。お初にお目にかかります」

「あ、こ…こんにちは、初めまして」


 私にまでていねいにあいさつしてくださった。


「アイリーンさま、ロラは社交界のドレスデザインの第一人者です。女性を美しく引き立たせるドレスを作ってくれると大人気なのですよ」

「まぁ、そんな恐れ多い」

「私も小さい頃からドレスを仕立ててもらっているんですが、シルエットがきれいなのに動きやすくて、かしこまった装いだと忘れてしまうほど体に馴染むんです」


 ミリアムさまの言葉にロラさまは微笑を浮かべた。褒められてちょっと照れくさそう。そういうところ人間味があって親しみを覚える。

 美人なのに控えめだし、たぶん自分の仕事に誇りがあるんだろうな。そういう空気をまとっている。

 こういう人が仕事を持って自立した女性っていうのかもしれない。

 これって私の目指すライフスタイルかも。うん、そうなりたいな。


 あこがれを持って見つめると目が合った。

 ロラさまはにっこり笑う……が、なんだか目の奥がキラリとしてる?


「ではロラ、さっそくお願いします」

「かしこまりました」


 そう言ってマダムは私の手を取った。


「さ、アイリーンさま お気を楽にしてお付き合い下さいな」

「へ?」


 そこから怒濤のメジャー地獄が始まった。

 ロラさまが手を打つと、どこからともなく現れた女性たちに奥の部屋へ連れられ、体のあらゆる部分を採寸されてされてされて……。


「なんで指の長さまで……?」

「恐れ入りますが全身を測らせていただきます」


 指は太さも測った。頭は数センチおき、一番細かく測られたのは胴体部分。

 長時間の採寸が終わると、今度は布の山の前に座らされた。


「お顔はそのまま…うつむかないようお願いします」


 そう言われて今度は色んな布を胸元にあてられ、選り分けられていく。

 っていうか、なんで私が測られたの?

 主役のはずのミリアムさまはそばにある大きなテーブルで優雅にお茶飲んでるし。


「あの…ミリアムさまのドレス採寸じゃないんですか?」

「私は以前に測り終えていますから」

「ミリアムさまのドレスを作りにきたんでしょう? 私にかまわず…」

「私はドレスの採寸に行くと言いましたよね」


 ミリアムさまはいたずらが成功した子供の顔で笑う。


「誰の採寸とは言いませんでしたが」

「私が採寸するミリアムさまに付き合うってことでは?」

「そのようなこと言ってませんねぇ。まぁ、この機会にアイリーンさまのドレスを仕立てましょう」

「え、いりません。着ていくところはないし、そんなお金もないし」

「お金ならご心配なく。ジーク爺が出してくれました」

「へ?」


 なんでジークムントさまが?

 私がきょとんとしたら、ミリアムさまが紅茶に添えられたクッキーをつまむ。


「跡を継いでくれたお礼だそうです」

「跡って…温室ですか?」

「はい。ドレスの一つも作ってくれとマックスに預けていきました」

「いや、でも着る機会がないからもったいないです」

「機会……。ではドレスが出来上がったら私とお茶会を開きましょう」

「お茶なら毎日していますけど…」

「たまには気分を変えて着飾るのも良いものですよ」


 何を言ってもミリアムさまは笑ってる。もぉ〜!


「あのですね…っ」

「アイリーンさまはたいていのお色が似合いますね」


 勢い込んで文句を言おうとした瞬間、ロラさまが話しかけてきた。


「御髪の色が栗色だから、ドレスの色とケンカせず調和するようですわ」

「あ、そうですか?」

「いろいろな色に挑戦したいところですが…まず最初は青系のドレスと赤系ドレスでいかがでしょうか」

「ロラ、デザインの中に金と青を入れてください」

「かしこまりました」


 二人が顔を見合わせ、深く頷き合う。ってか、なんで数が増えてるしっ? 一着だけじゃないのっ?


「どちらにも金糸の縫い取りを入れて……。赤と青を馴染むような色味を……」


 ぶつぶつと遠くを見るような目をしてマダムがデザイン画を描き起こしている。


「あのぅ……」

「まぁまぁ、アイリーンさま。とりあえずお茶を頂きましょう」


 私をなだめるようなミリアムさまの笑顔、ちょっとレイモンドさまに似てて苦情を言いにくい。

 くちびるを尖らせてお茶を飲むと、正面に座っているロラさまの手が次々にドレスデザインを生んでいる。やだ、きれい。正直心躍る。着てみたい。


「完成が楽しみですね」


 ミリアムさまの言葉に私はちょっと拗ねつつ、頷いた。




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