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彼と私の差。




 で、私はその後どうなったかというと。

 生活は特になにも変わらないまま、毎日トマトのお世話をして手が空いたら縫い物をしている。


 ミリアムさまがトマトたちを眺めてうれしそうにため息をついた。


「ずいぶん実が色付いてきましたね」

「そうですね。やっぱり普通より生育が早いと思います」


 それが温室という場所のおかげなのか、私がもらってる祝福のせいなのかはわからない。


 発芽時点で生育の遅かったひょろひょろトマトは別植えにしていたが、それにも小さな花が咲き小さな実が生った。日に日に色付く様子を見ていると、どうやら実の色が黄色になりそうだ。

 前世でもミニトマトには色々な色があったなぁ。

 これは遺伝子のいたずらか、環境か。色が違うトマトが出来上がる予感。

 これも祝福の影響かもしれない。


「そろそろお茶にしましょう」


 カミラさまがティーセットの乗ったワゴンを押しながらこちらへやってくる。……と、そこに一陣の風。


「ん?」

「どうかしましたか?」

「何かが私たちの足元を駆け抜けていったんです」

「ねずみでしょうか」


 ねずみなら作物に被害が出るので捕まえなくちゃ。

 立ち上がった私の周囲でまた風が動く。


 姿は見えないけど、何か――いる。

 ねずみと言うほど大きくなく、小鳥のような軽い印象。

 それらが足元を駆け抜け、私たちのスカートが揺れる。

 驚いて片手ですそを押さえ、片手でワゴンを掴むカミラさまは不思議そうに辺りを見回した。


「もしかして…今のは精霊のいたずらですか?」 

「大神官のリオネルさまが土の精霊は地面をころころ転がったり、葉っぱを揺らして遊んでるよって言ってたけど……」


 はたして今のがそれだろうか。








「そう言えば、ジークムントは土をよく足で突ついて遊んでたなぁ」


 お茶の時間に現れたレイモンドさまは私たちの話を聞くと大きく頷いた。


「そういう時は精霊が足元をうろちょろしているって言ってましたね」

「そうでしたか?」


 マックスさまの言葉にミリアムさまが首を傾げる。


「ミリアムは温室に来てたけど、あまり土に触らせてもらえなかっただろう。爪に泥が入って汚れると母親に言われて」

「えっ、今たくさん手伝ってもらってますけど…」


 私は話を聞き慌てた。確かにミリアムさまの手は白くてきれいだ。


「ずっとやりたかったのでお手伝いさせてもらえてうれしいです。それに…ほら、剣だこもあるので今さらです」


 母はすでにあきらめてますから…とミリアムさまは笑って続ける。


「それにしても…私が知らないところで精霊と遊んでたなんてレイモンドさまはずるいです」

「何を言う。ジークムントはミリアムの周りで精霊が踊ってるとか躓かないように小石を動かしたりしてるとか言ってたぞ」

「本当ですか?」

「あぁ、俺たちにはいたずらを仕掛けてくるくせにミリアムにはやさしいんだとさ。……俺も祝福が欲しかったな」


 拗ねた口調で言うレイモンドさまは、お茶を一口飲んでぽつりと呟いた。


「どうしてですか?」

「だって世の中の役に立てそうだろう。水の祝福がいいな。日照りがあればすぐに雨を降らせて解消できるし」


 水害、風害は前世より命に関わる問題だ。


「国民のために使える力を授かるならうれしい」

「……レイモンドさまは王様になるんですか?」

「いや。兄が多いのでまず王位には就くことはない」


 兄が多い?


「ごめんなさい、田舎育ちで情報に疎くて…。王子さまは何人いるんですか?」

「七人」

「な、ななにん…っ?」

「俺の王位継承権は六番目。立場は兄たちのスペア。死ぬ以外のことはなんでもしていいって言われてる」


 シビアな…。


「仮に俺を含めて兄たちが全員死んでもまだ下にいるし。最悪、姉姫たちが継いでもいいんだから」


 この国、けっこうアバウト?

 そして王様、がんばりすぎ。それ以上に王妃さまたちがんばったなぁ。


 レイモンドさまが説明してくれたところによると、王妃は三人、側室が二人。子供は十三人いて……。


 第一王妃に三男一女。内訳は一男二男一女六男。六男がレイモンドさま。


 第二王妃に一男二女、二女三女三男。

 第三王妃に二男、四男五男。

 第一側室に一男一女で、四女七男。

 最近入った第二側室に二女、五女六女。


 王太子には長男が就き、成人した者からそれぞれ諸外国へ出たり国内の有力貴族と結婚したりしているそうだ。


「レイモンドさまは第一王妃の三男で六番目の男子さまなんですね」

「そうだ。あ、野菜嫌いの弟は第一側室のところで生まれた七番目」


 ややこしい…、っていうか、あの王様がんばりすぎ。


「あの…失礼ですがそれだけ跡継ぎの数が多いと、骨肉の争いなどは……」

「ないな。そんなことをして何になる」

「物語ではよく聞きますけど」

「まぁ、そうだな」


 レイモンドさまは思案気に足を組み、あごに手をやった。


「そういうことはよくある話だ。だが、身内で争えば王権と国の弱体化に繋がる。そんなことをしても意味がない」


 あまり見たことのない真面目な顔。瞳は朝の湖面のように深い青。


「兄たちはすでに国政に深くたずさわっている。俺にお鉢が回ってくることはない。俺は国を継がない」

「でも国の役に立ちたいと…」

「国というか、世の中の役に立てればいい。万が一将来に跡目争いが起きて国が乱れるくらいならば、さっさと王籍から抜けて市井に下ることもやぶさかではない」


 それを聞いたマックスさまが難しい顔をして唸った。私はなんと言っていいか分からず黙り込む。


 考え方がすでに政を担う人間の決意に聞こえる。レイモンドさまは国のことをとても深く考えてくれているんだ。

 そういう人は国の中枢にいて、民ができないことをしたほうがいいと思うんだけど。


 私がじっと見上げると、レイモンドさまが微笑を浮かべた。


「アイリーンは祝福の子と言われてどう思った?」


 問われ、私は腕を組んで思案した。自分の中の言葉を探す。

 まずびっくりしたというのが最初の感情だ。

 私は言われるまで祝福の子なんて言葉も知らなかったし、自分がそうだと言われても戸惑いしかない。

 前世で読んだファンタジーの魔法使いみたいに仲間を得て冒険し、敵を倒して世界に平和を…なんてことするのかなって一瞬考えた。

 だけど、今世この国は平和で魔王なんて存在もない。

 ただ、戸惑いつつ自分が特別だと言われてちょっとうれしかった。

 でもだからと言って、レイモンドさまのように世のため人のためにとは思わなかったなぁ。

 そんな自分に恥じ入ってうつむく。


「きっと…私はラッキーなんでしょうね」

「ラッキー?」

「この温室が使えるのも、作物の出来がよかったのも精霊たちのおかげ。そのおかげで私はレイモンドさまに雇ってもらえて貴重な経験をしてますから」


 なんて言ったらいいのかな。

 私は必死で自分の気持ちを表す言葉を考える。


「精霊に気に入ってもらえているのはうれしいです。でもちょっとだけ……自分だけズルをしているのかもしれないって思いました」


 農作業は地道なものだ。がんばっても天候次第で無に帰すことがあるが、幸い私にはそういう経験がない。努力しただけ実りがあった。

 だけどそれはすべて精霊のおかげなのかもしれない。


「……過去の祝福の子たちと似たようなことを言うんだな」


 レイモンドさまの声に顔を上げると、青い目がまっすぐに見つめていた。


「ジークムントもしたいこと……新しい花を生み出すことだったが、それは自分の欲求なのか、人には聞こえない声で精霊に囁かれているのか悩んだことがあると言っていた」

「ジークムントさまが?」

「どこまでが自分の力で、どこからが精霊の助けなのか、植物を育てている時に迷う、と」

「……はい」


 そう! そうなんだよ。その気持ち!


「文献でも、祝福に戸惑う人間が多かった。控えめな性格だからこそ精霊に好かれるのかもしれない。その上でアイリーンに言いたい」

「はい?」

「俺が食べたトマトはアイリーンが作ったものだろう?」

「はい」

「精霊は目に見えないが誰の側にもいると聞く。アイリーンがトマトを作っているときも、俺がそれを口にしたときも、いる」


 レイモンドさまの背後でマックスさまとカミラさまが何かを探すように、きょろきょろ視線を動かした。


「だけど精霊が作物を育てているわけじゃない。すべてはアイリーンの行動ゆえだ。自分を必要以上に卑下するな」


 諭す口調。瞳はやっぱり深い湖の青。


「それに…考え違いをしないでほしい。祝福の子だからアイリーンを雇ったわけじゃない。弟にアイリーンの作るトマトを食べさせてやりたいと思った」

「そう…ですね」


 確かにレイモンドさまはそう言って私を王都に呼んだ。

 って、あれ?


「あの…レイモンドさま」

「なんだ」

「この温室…私が入れなかったらって思わなかったんですか?」

「思ってたぞ。温室にアイリーンが入れるかどうか、俺には分からなかった。ここを使えない可能性が高いから、神殿の北側に新しく温室を建て始めてた」


 事も無げにあっさりレイモンドさまは頷いた。


「室内で作物が育てられれば天候不順の際の食糧対策になる。大掛かりにするより、まずは小さな温室から始めて経験値を上げようと思った」

「はぁ…」

「こういう言い方はなんだが…祝福のない人間でも温室のノウハウがあれば作物が作れる。それが最終目的だな」

「なるほど…」

「アイリーンは温室が必要と言っただろう? それがきっかけだ」

「え、あの一言で?」

「あぁ。聞いた瞬間、納得した。そうだ、温室があれば花だけではなく、作物が安定供給できる。その道筋を作ろう、と」


 私はたぶんあんぐり口を開けていたと思う。

 あのときの会話でそんなこと……考えられるのか?

 これが為政者の思考ってやつ?


「そんな顔をするな」


 レイモンドさまが苦笑した。

 おっと、口を開け過ぎたか。

 私は慌ててきゅっとくちびるを結ぶ。力み過ぎて、きっとタコみたいな顔になってる。


「だから、アイリーンに精霊の祝福があってもなくても関係なく、俺の事業を手伝ってもらいたい。そう思っている」

「はい……」

「もう一つの温室はそろそろ完成する。ここよりも少し大きくした。作業者を雇うので、アイリーンは温室でのノウハウを教えてやってほしい」

「わかりました」

「そこでの作業が成功したら城下に温室を作る。人を雇い、生産力を上げ、ゆくゆくは温室の数を増やす。時間はかかるが、未来のためにそういう取り組みをしたい」


 話を聞きながら、ゆるゆると体温が上がっていく。 

 レイモンドさまは私なんかが想像もしなかった遠くを見ていた。

 鼻の先がつんと痛い。なんだか泣きそうだ。


「お手伝い…します。させてください」

「うん、頼む」


 私という存在をこの人は認めてくれていた。

 それが何よりもうれしかった。






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