ホラーとかムリ。
少し残酷な描写があります。
いきなりすぎて意味がわからない。
なぜなにどうして?
頭が真っ白になって、私はただぽかんとしていたと思う。
「アイリーンには祝福の鑑定を受けてほしいんだ」
「祝福の鑑定?」
「王宮の北にある神殿で、簡単な審査をするだけで………大丈夫だっ、怖いことは何もないぞっ」
私の声がか細かったせいか、レイモンドさまは慌てて言葉を継ぎ足した。
「あの、えっと…それを受けたらいいんですか?」
「アイリーンが嫌じゃなければ」
「受けなかったらどうなりますか?」
「……」
レイモンドさまは答えに詰まった。え、まさか鑑定を受けなかったら、捕まったり罰せられたりするのかな。
私はさらに不安になった。
「受けなくても問題はない。ただ…祝福の子だと分かれば、国で保護をする」
「はぁ…」
「祝福の力は普通の人間が持たないものなので…それを利用しようとする者が周囲に必ず出てくるんだ。一番多いのは……」
「水のトラブルですね」
マックスさまが重々しく頷いた。
「過去にあった事例では、干ばつが起った地域に祝福の力で生み出した水を法外な値段で売りつけた者がいました。火の場合で言えば、犯罪組織に雇われて町に放火したり」
「たいていの事例は祝福の子本人の意志ではなく、親族や恋人などに強要されていたんだ。放火の件はならず者に弱みを握られて仕方なく犯行に及んだみたいだが」
「祝福の子というのは基本的に人を疑わない性質を持っているようです。お人好しというか、だましやすいというか…」
ちょっと、マックスさま。なんか憐れみの目で私を見ないでくださいよ。
「そういう人間なので、近親者に言葉巧みに頼まれたら嫌だなと思っても祝福の力を使ってしまうんです」
「だけどな、そういうことをした人間に精霊が祝福を与え続けると思うか?」
レイモンドさまに問われ、私は子供のようにぶんぶんと頭を横に振った。
「祝福を失った人間の末路は悲惨です」
「悲惨……」
めっちゃネガティブワードだ。
「水の祝福を受けていた者は、精霊に見放された瞬間、あっという間に枯れ木のような体になりました。皮膚は乾き、頭髪は色を失いまばらになって眼窩は落ち窪み……まるで死者のようだったと」
「事実、死んだ方がマシだったらしいな。そうなったときはまだ十代で、その身体で三十歳くらいまで生きたらしいが、口の中も乾いていたから、物を飲み込むこともろくに出来なかったと書いてあった」
体から水分が抜けたってことかな。想像するとゾッとなる。
「火の祝福の子は捕まって牢に入りました。弱みを握られていたから情状酌量の余地があったのですが…凍死しました」
「凍死っ?」
「季節は春でしたが、半地下の牢は冷え込みます。なので寝具や服は厚手の物が支給されましたし、気のいい牢番が囚人たちに温石を差し入れていたので、凍死するような状況ではなかったのですが……」
「その者は捕まってから、体が氷のように冷たくなったそうだ。常に寒がっていたので温石は三つ差し入れられたし、毛布は二枚もあった。それなのに翌朝、牢の床の上で冷たくなっていた。温石はまだぬくもりを残したまま部屋の隅に置かれていたらしい」
「温石で暖を取らなかったんですか?」
「取りたかったんだろう。だが……牢の床に温石が逃げ回った跡があった」
「温石が逃げる?」
「そうとしか言えない跡、と記録には残っている」
ホラーだ。私は思わず自分の腕で自分を抱きしめた。
聞いてるだけで、寒くなる。
「アイリーンさまが、そんな目に遭うなんて耐えられませんわ」
「私も嫌です。悪いこと絶対しませんっ」
ミリアムさまにぎゅっとされて、私は必死にしがみつく。
私の罰は何になるんだろう。
もし植物に関係することなら、一生野菜を食べられないとか、私が触るだけで花が枯れるとか?
「アイリーン、そんなに深刻に考えなくていい。今は」
今はっ?
「そうならないよう国が保護をする。そのために鑑定を受ける必要があるんだ」
「……鑑定ってどういうことをするんですか?」
「それは俺も分からない。王と神官のみが知る方法らしい」
「痛いこととかつらいことをするのかな…」
「しないだろ。祝福の子を害したら、今度はこっちに罰が当たりそうだ」
レイモンドさまの言葉にマックスさまが頷く。
「祝福の子を利用した人間はもれなく砂になって消えました」
「すなっ?」
私の脳内に唐突に七夕の歌が流れる。きんぎんすなご…がリピートだ。
「たださらさらっと砂になるわけじゃないです。聞きたいですか? 言いますよ」
「マックスさま、怖い。聞きたくない。いや、でも聞きたい…かも?」
マックスさまの表情と口調が段々、某タレントっぽくなってきた。ほらあの怪談の……。
「末端から砂になっていくんです。しかも一粒ずつ崩れ、刺すような痛みを伴うとか」
「ひぃぃぃ……」
「一瞬で全身が砂になるのではなく、だいたい三日くらいかけて、徐々に自分の体が消えていく……」
「それって、絶望しかないじゃないですかっ」
「手足が消えた辺りで皆発狂するそうです」
そりゃそうだよ、むしろ発狂しない方がすごいよ。
ミリアムさまの腕の中で私はブルブル震える。
「大丈夫ですよ、アイリーンさま。そうならない者の方が多いのですから」
「アイリーンさま、ちょっと気分を落ち着けましょうか」
カミラさまが私の前にカップとケーキを置いた。
「えっ、コーヒー……?」
「……ご存知でしたか? とても高価で珍しい南の飲み物なんですが」
「あ、はい。以前、市場でちょっと…」
カミラさまが探るような目で驚いていたので、慌ててそれらしいことを言う。
コーヒーなんて前世ぶり。
苦いのは苦手だけど、この香りはやっぱりホッとするね。
私はカップを持ち上げてそっと立ちのぼる香りを楽しんだ。
香りは記憶を呼び起こすと聞いたことがある。前世のお父さんは甘いコーヒーが好きでお砂糖入れ過ぎてお母さんに叱られていたっけ。ちなみにお母さんはブラック派で、私はミルクと砂糖派。みんな別々だったなぁ。
なつかしい。
なつかしすぎて泣けてきた。
じわりと盛り上がった涙を指でぬぐうと、レイモンドさまがさっきよりもっと痛ましげに私を見ている。
「お味はいかがですか?」
「おいしいです、カミラさま」
カミラさまがやさしく声をかけてくれ、ミリアムさまは髪を撫でてくれた。
ぬくもりに励まされ、コーヒーを飲むと確かにちょっと落ち着いてくる。ケーキは栗が乗っていて…たぶんモンブランだな。これも久しぶり。
フォークでそっとはしっこをすくい、口にする。栗のほのかな甘味がコーヒーの苦みと混ざり合って、どちらもより美味しくなった。
「しあわせ……」
「みたいだな」
レイモンドさまが苦笑した。
首を傾げると、目線でテーブルに置かれたコップを見る。そこには数日前に摘心したトマトの先端が水に刺さっていた。根が出てきたら土に植えようと思っていたのだが……。
「あらまぁ…きれい」
カミラさまが感心したように褒める先で、コップに挿した茎から真新しい葉がわっさわさ生えている。水の中で白い根っこも、おじいさんのおひげのようにたっぷり伸びていた。
「これ、私のせいですか?」
「アイリーンがケーキを食べたらこうなった。どれ、俺も…」
呆然としている私の目の前でレイモンドさまがモンブランをおいしそうに頬張る。
「うん、うまい。俺に祝福があったら花でも咲かせたい気分になるな」
「言葉と笑顔があれば充分ですよ。シェフに伝えておきます」
真新しい葉っぱがカミラさまに同意するよう揺れた。
「あの、私が祝福の子だとして…それでレイモンドさまたちはどうしようと思ってますか?」
「どうもしない。アイリーンは好きなことをすればいいさ」
「爺さまも自由に生きてましたよ」
マックスさまは目を細めた。
「花を見て、花の声を聞いて育ちたいように育てる。新しい形や色の花が欲しければ花に聞く。しばらくすると花壇に新種が生えてくる。そんな毎日でした」
ジークムントさまは栽培と品種改良をしていたんだな。
品種改良は知識と経験があればできるもので魔法じゃない。与える肥料も同じで、どの成分がいいかとかどこに植えたらよく育つかとか全部経験から来る知識の積み重ね。要は科学だ。
けれど、トマトを小さくした私には分かる。
たぶん、精霊たちが助けてくれたんだろう。
品種改良の可能性が上がる株を教えてくれたり、生育を後押ししてくれたり。
目の前の葉っぱがまた揺れた。くすくすと笑っているように見える。
「とりあえず…分かりました。鑑定は受けます」
「そうか」
「鑑定の結果、私はどうすればいいか、今はわかりませんが…」
「うん、ムリに考えなくていい」
「ありがとうございます」
私はコーヒーをもう一口飲む。
だいぶ落ち着いてきたので、最近のことを思い返す。
レイモンドさまがそばにいなくて、人からの嫌がらせがあって……トマトがしおれた。
レイモンドさまが帰ってきてツイーディアが咲いた。トマトも持ち直した。
よぉ~く考えなくても……私、分かりやすすぎ?
「うわ、はずかしい…」
「何がだ?」
「なんでもないです」
慌ててモンブランを一口。うん、おいしい。
「大丈夫か?」
「はい。色々情報が入ってきて正直まだよく受けとめきれてないんですけど、今はおいしいものを堪能することに専念します」
「あぁ。そういう考え方、俺は好きだな」
青い目を細めて笑うレイモンドさまに心臓、撃ち抜かれた。