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お買い物。




 翌日、私は紺色のスカートと白いブラウスを着てみた。とりあえずこれが私の手持ちの服の中で、一番悪目立ちしない格好だと思う。

 食堂で会ったあの三人は私を見て馬鹿にするように嫌な笑い方をしたけれど、気にしないで朝食を終える。


 もちろんその格好では作業できないので、温室に着いたらいつものワンピースに着替えた。


「今日は気持ちのいい天気ですねぇ」


 作業を見守っていたミリアムさまが目を細めて温室のガラス越しに空を見上げる。

 透明度の良くないガラスにさえぎられているが、陽射しはまぶしく、室温がぐんぐん上がってきた。


「そういえば最近、雨やくもりの日が多かったから…トマトたちが弱ったのもそれが原因かもしれません」


 気温が低かったので、室温をしっかり上げていたし、ついでにお湯も沸かしていた。湿度が高すぎたかもしれない。





「アイリーンさま、午後は町に出てみませんか?」

「町に?」

「私の買い物付き合ってほしいんです」


 ランチを頂きながら、ミリアムさまが少し恥じらいがちに言葉を続ける。


「プレゼントの下見をしようかと」

「あぁ、感謝祭ですね!」


 感謝祭とは本格的な冬の訪れの頃、町や家を飾り付けごちそうを食べるお祭りだ。

 日頃の感謝を込めて家族や恋人へプレゼントを渡す。

 前世の日本式クリスマスに似ているが、そのプレゼントにはいわゆる縛りがあり、それはプレゼント費用は大銅貨一枚以内というものだ。ちなみに今世で大銅貨一枚は日本円で千円くらい。

 感謝を表すものなのでお金ではなく、相手が喜ぶものを探す。

 ぶっちゃけ、そこらへんに落ちてるきれいな石ころでもいい。相手が喜んでくれるなら。


「でもそれってすごくむずかしいわよね。普段から相手のことをよく知ってないといけないんだもの」


 馬車の中でミリアムさまが悩ましげにため息をついた。


「ミリアムさまはどなたにあげるんですか?」

「両親と兄たち、それにあの方に…」

「婚約者さんですか?」


 こくりと頷く。


「でも何がいいのか悩んでしまって…町で色々なものを見たらヒントになるかなって」

「なるほど…。ちなみに何をあげようと思ってましたか?」

「手袋かハンカチか…でもハンカチはこの前差し上げたし…彼がそれを喜んでくれるのか…そもそも手袋は上質のものをたくさん持ってるだろうし…」


 真剣に悩んでるミリアムさまを見ていると、私もレイモンドさまにも何かあげたくなる。

 でも家族や恋人じゃないしなぁ……。

 それに何よりレイモンドさまが何を喜ぶのか全然わからない。う~む…。


 馬車を降りるとミリアムさまが私と手を繋いだ。


「アイリーンさまはまだ町に不慣れですから、絶対に手を離さないでくださいね」

「子供じゃないんですから、迷子になんかなりませんよ」

「迷子にならなくても、人さらいに連れていかれたら大変だわ」

「ミリアムさまみたいにきれいな人ならさらいたくなるかもしれませんが、私は大丈夫だと思います」


 そう言うとミリアムさまは私をじっと見てため息をついた。


「アイリーンさまはとてもかわいらしいですよ」

「ありがとうございます…」


 お世辞でもそう言われるとうれしいな。

 つい頬がにまにまと、ゆるんでしまう。


「さぁ、お店を片っ端から見て回りましょう」

「はい!」


 二人勇んで商店街に踏み込む。何十軒も立ち並ぶ店先では、感謝祭用のブースが作られ所狭しと品物が置かれており、町中大にぎわいだ。

 バーゲンセールみたいな雰囲気にテンションが上がり、あれこれ物色しながらミリアムさまと店をのぞいていく。


 ふと目についた書店では子供向けの絵本が並んでいた。

 本はとても高価で、簡単には買えない。感謝祭向けに安くなるとか…ないな。最低価格の表示が銀貨単位だ。銀貨は日本円で一万円くらいの価値だから…私にはやっぱり手が出せない。


 本の横にはきれいな栞たちが並んでいる。植物や動物の絵が小さく描かれていて、見てるだけで楽しい。


「アイリーンさま、何か気に入った本がありましたか?」

「いえいえ、高くてとても…」


 ついうっとりと見とれていたら、ミリアムさまが私の視線の先を見た。


「これは栞ですか? まぁ、きれいな絵柄ですねぇ」

「ミリアムさまもこういう栞を使いますか?」

「使うけど、こんなきれいなのではないわ」

「へぇ…」  

「これは紙の端が切り抜きされてレース模様になっているわ。あ、こっちは絵じゃなく言葉を綴ってある…」


 私たちは二人、顔を見合わせた。


「これ、プレゼントにいいですよね」

「本当に! 私、買いますわ。あぁ、でもどれにしよう…」


 ミリアムさまはたくさんの種類を真剣に吟味し、十枚ほどを買い上げた。


「私もお父さんとお母さんに買おう」


 栞としてではなく、飾るだけでも楽しめるだろう。お父さんには茶色と白の犬の絵が描いてあるもの。お母さんには端がレースのようにカットされていて、花の形になっているものを選ぶ。

 

「それをご両親に?」

「はい、でも当分家には帰らないから、渡せるのはもっと先かな」


 時期を外して単なるお土産になりそうだけど、まぁそれでもいいか。

 は~、買い物はやっぱり楽しい。


「アイリーンさま、喉が渇きませんか?」

「そうですね、何か飲みましょう!」


 露店で果実水を買って広場のベンチでゆっくり飲む。レイモンドさまと夜市に来たときは柑橘系の果汁が入っていたが、今回は甘い…桃っぽい味。どっちもおいしい。


 広場ではあちこちでパフォーマンスが行われている。楽器を演奏したり、歌ったり。


「君に出会い恋をした。その途端に世界は色付き、すべてが美しく見えた」


 少し離れた花壇の前で吟遊詩人が両手を広げて歌い始めた。


「だが愛し合う僕たちに試練はやってくる。君は金のために他の男に奪われてしまった」


 大げさに身をよじり苦悩を表現しながら自己陶酔をしてる。演技もお仕事なんだろうけど、どこかの誰かが言ってたことを思い出してちょっと不快。


「ミリアムさま、私、手芸店を見たいです」

「そうだ、私もまた刺繍しなくてはいけないんだった。糸を選ばなくちゃ」

「婚約者さんへ送るハンカチですか?」

「そうなんです。それに……こ、こ…こんい…んしたら夫の持ち物に、すべて妻が刺繍するのですから…もっと練習しないと」


 照れて婚姻が言えなくなるミリアムさまに内心めっちゃ身もだえた。

 くっそ、かわええ。

 このかわいさを世界中に伝えたい。もういっそ歌うか!

 なんて思ったけど、表面に出すわけにはいかない。実行したら、さっきの吟遊詩人みたいになるからね。


 広場そばの手芸店でじっくり商品をチェックし、外に出るとお向かいに花屋があった。

 色とりどりのきれいな鉢植えたちが冷たくなってきた風に揺れている。その中の一つ、すみっこに追いやられていた鉢植えに私は引き寄せられた。


「この鉢植え…」

「ツイーディアよ、かわいいでしょ。開花時期はもう終わっちゃったんだけど」


 店番をしていた女性が愛想良く話しかけてくる。

 鉢植えには花が二つだけしかついてない。これではもう買い手はつかないだろう。


「ツイーディアは多年草だからちゃんと育てれば何年も花が咲くわよ」

「買います!」


 私は即決で購入する。盛りを過ぎているので一鉢、銅貨一枚。まぁだいたい百円くらいかな。

 ミリアムさまが鉢植えをじっと見る。


「かわいい花ですね」

「はい。昔から好きな花なんです」

「お店の人が言ってたけど、もう花は終わりなんでしょう?」

「そうなんです。この花は夏から秋にかけて咲くので。でも今から育てて来年たくさん咲いてもらいます」


 ほくほく顔で鉢植えを手にした私に、後ろからドンと衝撃が来た。


「痛っ!」

「おっと、すまねぇ」


 チョビひげをたくわえた男性が私にぶつかって追い抜いていく。

 その瞬間、私をかばいながらミリアムさまが鋭い声を放った。


「スリだ!」


 ミリアムさまの声と同時に黒いマントの男性が人混みの中から走り出し、私にぶつかってきた男を組み伏せる。


「何をしやがるっ。ちくしょう! 放せ!」

「警備隊を呼べ!」


 マントの男性がそう言ってスリの腕をひねりあげると、私のお財布がぽとりと落ちる。それを見て周囲の人も騒ぎ始めた。


「なんだ、なんだ?」

「スリだってよ」

「警備隊が来たぞ」


 私がミリアムさまに肩を抱かれ、ぽかんとしている一瞬の出来事だった。


「アイリーンさま、大丈夫ですか?」

「え、と、はい。ちょっとびっくりして…」


 マントの男性がスリを警備隊に引き渡し、立ち上がる。そして私を見るとまっすぐ歩み寄ってきた。


「あの、ありがとうございました…」

「ケガは?」

「ないです」


 聞き覚えのある声に下げていた頭を戻す。マントの隙間からダークブラウンの髪が見えた。


「久しぶりだな」

「レイモンドさま…」

「今帰ってきたところなんだ。すれ違いにならなくてよかった」


 目を細めて笑う彼を見たら、胸がぎゅんと甘く痛む。おかえりなさいと言いたいけど、のどが詰まって声が出ない。


「買い物をしてた…の、か……」


 レイモンドさまの視線が私の手にしていた鉢植えを見て、驚きに彩られる。


 つられて手元を見れば、二輪しか咲いていなかったツイーディアの鉢植えが満開になっていた。





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