人が集まると。
「アイリーンさま、本当に大丈夫ですか?」
「はい、ご心配お掛けしてすみません」
あの後、二人にはめっちゃ心配されてしまった。
でもまさかレイモンドさまへの気持ちに気付いたせいで顔が赤くなったなんて、恥ずかしすぎて言えない。
具合が悪いわけではないと、なんとか納得してもらい温室を後にする。
帰り道はミリアムさまだけじゃなく、カミラさまもついてきてくれた。
「何かあったらすぐに知らせてください。管理人のエイミーは私の知り合いなのですぐに駆け付けます」
エイミーさんは宿舎や食堂の管理をしている年輩の女性で、私がここに来た時から気にかけてくれてる。見た感じ、カミラさまとは同年代っぽい。
宿舎に着くと、カミラさまはわざわざエイミーさんを呼び出して、私のことを頼んでくれた。ありがたい。
「料理人に頼んで、お腹に重くないメニューにしてもらいましょうね」
「いえ、そこまでしてもらうのは…」
「いいのよ、料理人のピーターは融通が利くから。けっこう楽しんでやってくれるわ。あなたはそこに座ってなさい」
言われるがまま、テーブルで待っていたらエイミーさんとピーターさんがトレイを持ってきてくれた。
「アイリーン、調子が悪いんだって?」
「まだ体調が戻ってなかったのかしらねぇ」
「栄養摂って早く寝るんだぞ」
そういってピーターさんが私の前に置いたのは、細かく刻んだ野菜が入ったリゾットだ。
「わ、おいしそう」
「薄味にしておいたから、好みで塩を足してくれ。チーズをかけて食べてもいい」
「はぁい! いただきます」
食堂は程よくにぎわっていて、ホッとした。
部屋で一人になってしまうと、レイモンドさまのことを考えてじたばたしそうだ。
私は今恋をしている。
どきどき、うれしいような…そわそわ、なんだか落ち着かない気持ちが自分の中でせめぎあう。
そんな感覚がくすぐったい。
「アイリーンは兄妹はいるの?」
「いえ、一人っ子です」
「しっかりしてるから長子かと思ったんだけど…親御さんの教育がいいんだねぇ」
さりげなく話題をふってくれるエイミーさんに見守られながら塩味のリゾットを食べ進めると、身体がじんわり温まってきた。
「きちんと食べましたね。あとはしっかり寝るように」
「はい」
「そうだ、キャンディをあげるわ。疲れたときに舐めなさい」
「あ、ありがとうございますっ」
エイミーさんはカラフルなキャンディがいくつも入ったビンを私に手渡すと、仕事に戻っていく。その背中を見送って、キャンディを一つ口にする。いちご味がパッと口の中に広がってほっぺが落ちそう。
「おいしい」
気分が上がって食堂の隣にある談話室へ向かう。
談話室では仕事や食事を終えた者たちが思い思いにくつろいでいる。私もそこに混じり、ポットにたくさん作ってあるお茶をもらう。
味は麦茶に似ていて、夜だからか薄い味であったかい。
「そういえば知ってるかい? 今、王都で花を贈ることが流行っているんだよ」
「そんなの昔からやってるだろう」
「そうだ、お前は嫁さんにマーガレットの花を贈ってプロポーズしたよな」
「俺のことはいいんだよ」
「最近はな、家族や恋人同士だけじゃなく友人にも贈るんだ」
「友人にも?」
「そう。花の種類や数、色に意味を持たせて謎掛けみたいにするんだってさ」
「たとえば?」
「俺が聞いたのは、バラの花が愛情、スイートピーが別れる、マーガレットが友情とか」
「えぇぇっ」
プロポーズでマーガレットを贈ったという男性が慌てて立ち上がった。
「そんなの知らないぞ。誰も教えてくれなかった!」
「最近のことだから、知らなくて当たり前だろう」
「気にするなよ」
「そう言われても…種類だけじゃなく本数や色で意味が変わるのか?」
「そう。バラを一本贈れば一目惚れした、とか」
仕事を終えた女性たちもその輪に加わる。
「それ、私も聞いたわ。花言葉もたくさん流行ってて、何通りもあるの。覚えるのが大変よ」
「でもロマンチックよね」
前世でもそういうのあったなぁ。
お花とかプレゼントは何をあげるか考えているときが楽しいんだよね。
「じゃあ花を贈るときはそういうのを全部調べなくちゃいけないのか」
「そうしてくれてもいいけど…そんなに構えず、相手とか、自分の好きな花を贈ればいいのよ」
「そうそう。思いを込めてくれたら、それが一番うれしいんだから」
「俺は花より食い物がいい」
「それを言うなら、俺は酒だな」
皆が楽しそうに好きな花を語り、笑い合ってる。
私なら…ブルースターが欲しいな。きれいな青い花。まるで、レイモンドさまの瞳の色みたいな…。
「うわ…」
考えてることが、めっちゃ乙女だ。顔がまた勝手に赤くなる。
私は談話室を出て自室に戻ることにした。
食堂から宿舎に続く渡り廊下を歩き始めたら、後ろから声が聞こえてくる。
「いい気なものね」
「本当。何様のつもりかしら」
「平民風情が」
「あんな地味な子がミリアムさまの隣にいるなんて」
それって、私のこと?
振り返ると、女性三人がすぐ後ろにいた。
意地悪そうな顔して私と目が合うと睨みつけてくる。
「ね、あなた。どこから来たんでしたっけ?」
「ヘルフォード村ですけど」
「あぁ、やっぱり。どうもまとう空気が田舎くさいと思ったわ」
「この子がいると臭うのよね、なんだか」
「仕草がとても荒々しいけど、村ではそれが当たり前なのかしら」
「そんなこと言ってはだめよ。きちんとした教育を受けてないんでしょうから」
くすくす笑われて、私は固まった。
もしかしてこれっていじめ? やっぱり今世でもいじめはあるのかぁ。
王宮はいい人ばかりだと思ったけど、そんな訳ないよね。様々な人間が集まると、こういうことはやっぱり出てくるんだ。
見たところ、皆さん私より年上っぽい。二十代くらいかな?
「それであなたは、いつ村に帰るの?」
「え?」
「目障りなのよね、存在が」
「そうそう。貧乏くさい服着て…居るだけでみすぼらしいのよ」
「王宮で働くレベルじゃないわよね」
私は自分の格好を見下ろす。お母さんが用意してくれたワンピースなんだけど…貧乏くさいかな。
皆さんはお仕着せの紺色のドレスを着てる。仕事上がりなので白いエプロンは外してるけど、王宮で支給されるものだからそれなりの品質なんだろうな。
「きっと出仕する服さえ用意することもできない家柄なのでしょうよ」
「まぁ、なぜ用意できないのかしら」
「理由を言ってしまってはお気の毒よ」
「そうそう、貧乏ってつらいわねぇ」
その中の一人がはっと気付いたように私を見た。
「いやだわ、この貧乏人に何か盗まれたらどうしましょう」
「なっ」
「あら、怖いお顔。図星かしら」
「お止しなさいよ、野蛮な田舎者に打たれでもしたらケガをするわ」
「そうね、ほらごらんなさい。あの荒れた手」
「まぁ、汚いわね」
「女とは思えない」
ずいぶんな言われようだ。何か言い返した方がいいかな。でも怖い。どうしよう……。
突っ立ったまま動けないでいたら、私を乱暴に押し退けて三人は宿舎へ戻っていく。
くすくす、意地の悪い笑い声が渡り廊下に響いて……ずいぶん長く私はそこに留まった。
「もどろ…」
重い足を動かして自室に戻る。
冷えた部屋はしんとしてて、当たり前だけど人気はない。
私はため息をついて窓を見た。
あの晩のように、暗闇からレイモンドさまが現れないかじっと目を凝らす。
けれど当然その姿はない。
「寝よ…」
重い気分のまま寝付き、怖い夢を見て夜中に何度も目が覚める。
ようやく朝になって食堂に行くと、ミリアムさまが談話室で待っていた。
「ごめんなさい、遅刻しました」
「いいえ、アイリーンさまはいつも通りです。私が早く着いてしまったので、ここでお茶を頂いてたんです。アイリーンさまはゆっくり朝食をとってくださいね」
ミリアムさまに手を引かれ、談話室のソファに座る。すぐにエイミーさんが私に朝食を持ってきてくれた。
「いつものメニューで大丈夫かしら。まだ少し顔色が悪いようだけれど…」
「え、これは寝不足で…」
目の下の隈を隠すようにうつむいて、食事に専念する。
食べ終わりふと横の食堂を見ると、昨日嫌味を言ってきた三人の中の一人が私を強くにらみつけていた。
「どうしましたか?」
「いいえ」
「まだ元気がありませんね」
「昨夜よく眠れなくて…。でも大丈夫です。今日もしっかりお仕事をしますね」
空元気で笑うと、ミリアムさまはそっと頭を撫でてくれた。
「具合が悪ければ、我慢しないでちゃんと言ってくださいね」
「はい」
ミリアムさまに気遣われながら食堂を出ると、あの強い視線がなくなってホッと息を吐く。
私、打たれ弱いなぁ。人に嫌われるっていうのは、つらい。早く温室に籠りたい。
あそこは安心できる。
そう思って足早に温室へ行くと、ふんわり暖かい空気に包まれた。
「やっぱりここは過ごしやすいですね。さぁ、今日は何からやりますか?」
「土の状態を見て、あとは摘心を…」
やわらかい笑顔を浮かべるミリアムさまのおかげで、私も肩の力が抜ける。
よぉし、嫌なことは忘れて今日もがんばろう。
やる気の出て来た私は大股でトマトたちに近付き……絶句した。
「これは…」
植えてあるすべてのトマトの葉が萎れていた。
え、なんで?
更新遅れて申し訳ありません。
いつも読んで下さり、また誤字報告や評価をありがとうございます。
台風や地震と大変なことが続きます。
どうぞご自愛下さい。




