そこにトマトがあったから、プチにしてみた。
私とジミーのことはあっという間に広まった。
王都のような娯楽のない村。人のうわさ話は格好の題材だ。
「気を落とすんじゃないよ、あんたにゃウチの息子が合うと思ってたんだ」
「お宅の息子さん、まだ八つじゃないですか…」
「そうだよ、それよりウチの旦那の弟の嫁の兄が…」
「あの人、確か今年四十歳になるんじゃなかった?」
付き合いの濃い農村だから、ほとんど顔見知り。
幼馴染みはジミー以外にあと四人いるが、それぞれ相手がいて、余ってる人なんかいない。
「一つ向こうの村に確か若い男がいたような…」
「お父さんまで…余計なおせっかいはいらないわよ」
お父さんは私が傷ついていると思っていて、あれ以来妙にやさしい。
「そんなこと言ったって、アイリーン…このままじゃ行き遅れに」
「そしたら一人で働けばいいのよ」
何を隠そう、私には前世の記憶があり、おひとり様という状態に抵抗がない。
ふと前世を思い出したのは十歳のとき。
炎天下で作物を収穫しつつ「クリックするだけならラクなのになぁ」と無意識にぼやいた。
「クリック?」
隣で作業していたジミーが首を傾げる。
「なんでもないわ」
その時は変なこと言っちゃったなとしか思わなかったけど……。
その後、ぽろぽろと思い出し、ぼんやりした記憶は形になっていく。
そして今ではしっかり前世の記憶を取り戻している。
前世、私はただの大学生で平凡な日々を送っていた。
「大学は文学部だったし、何かの専門知識があるわけじゃないし…前世の利点ってないじゃん」
思い出した当初はそう思っていた。
今世は農家に生まれたけど、前世では両親ともにサラリーマンだった。
土に触った機会なんて小学校の時くらい。
あとはテレビで農作業するアイドル番組見たり、農場ゲームしたり。
だが前世の記憶がある程度蘇ったころ、トマトを見てふと思い立った。
「これって品種改良できるんじゃない?」
一株だけすごく小さい実しか付けないものがあった。
これをうまく掛け合わせれば、まだ今世で見たことのないミニトマトになるんじゃないだろうか。
私は周囲のトマトを見回し、同じように実が小さいけれど元気のいい株を選んで、二つを受粉させた。
テレビで見たやつは袋とかで覆ってた気がするけど、詳しいことは思い出せない。
花を振って花粉を散らしただけだけどなんとかなるだろう。
そんなやり方だったけど翌年、無事に実が生った。
そしてまた同じように大雑把に育て受粉し、出来の良かった種を取る。
翌年も小さめのトマトが出来たので、大雑把農法をどんどんくり返し、五年後、ついにプチトマトと言えるサイズのものが出来た。
私のやることを何も言わず見守ってくれてた両親に見せると、二人揃って首を傾げる。
「ずいぶん小さい実ね」
「こんなに小さなものは売れないだろう」
「でもかわいいわ」
「でしょ。ねぇお父さん、こうやってラッピングすればいいと思うんだけど」
蔓で編んだ小さなカゴに彩りよくトマトを並べると、見栄えのいいセットになった。
「これなら売れるでしょ」
「う〜ん、そうだなぁ。一応出してみるか」
早速、町の朝市で売ってみたら、「かわいい」と子供や女性に喜ばれ昼前までに十セット完売した。
それから収穫する度に朝市で売っている。
見慣れぬサイズのトマトを敬遠していた人たちもいたが、一口サイズでおやつ感覚で食べられて味もいいと人伝に広まり、今ではちょっとした名物だ。
「今日も売り切った〜」
朝市にも慣れたので、最近は一人で来ることも多い。
他の野菜もはけたので、雑貨店をうろうろしてから帰ろう。
「もう終わりか?」
店仕舞をしていたら、男性がつかつかと近付いて来た。
「はい、野菜が売り切れたので」
「そうか…。できそこないトマトのことで話がある」
男性は手に持ったカゴを指差す。
私が売ったトマトのカゴだ。中身は無くなってる。
なんだろ、クレームかなぁ…。
「はい、なんでしょう?」
「これを作ったのは誰だ?」
「私ですけど」
答えると男性が驚いている。
「君がか?」
「はい、ちなみにできそこないじゃなくて、私が品種改良…いえ、工夫して小さいトマトにしました」
「わざと小さいトマトにしたと?」
「そうです」
「なぜだ?」
「なぜって言われても…そこにトマトがあって、ふと思いついたから」
それ以外言えない。
私が難癖を付けられてると思ったのか、周囲の人たちがざわざわし始めた。
「なんだい、嫌がらせかい」
「いい大人が何をやってるんだ…」
「おい、誰か警備隊呼んで来いよ」
「待て待て、俺は怪しい者ではない」
男性は慌てて言い、私の前にしゃがみ込んだ。
よく見るとなかなか整った顔立ちをしている。
「このトマトをもっとほしい」
「…もう売り切れました」
「君はどこの村から来ているんだ」
「ヘレフォード村です」
「近いな。今から行く。トマトを全部売ってくれ」
「ムリです」
「おい…」
「もう収穫シーズンも終わりで…収穫物はありません」
そう、季節はもう秋になる。
前世のように通年食べられるはずもなく、トマトはまた来年。
「そこをなんとかならないか」
「なりません」
「実はな…」
「じゃ、失礼しま~す」
私が歩き始めたら、男性は進行方向に割り込んできた。
「いや、ここは事情を訊く流れだろ」
「結構です。忙しいんで」
「聞けって。俺には野菜嫌いの弟がいるんだ」
なんか話し始めてるけど、無視して歩く。
「でもこのトマトだけはおいしいと喜んでくれてな」
「そうでしょうね~」
前世の少ない知識で、水はあげない、実に栄養が行き渡るよう、余分な葉を摘んで、肥料はほどほどに…とそれなりにがんばった。
ちなみにこれは小学校で『プチトマトを作ろう!』という課題があり、その時の記憶頼りだったので、受粉と同じく、かなり大雑把な仕事だったと思う。
でもトマトたちは健気にもおいしく生ってくれた。
「君のところで作る野菜は他のもおいしいのか?」
「私はおいしいと思いますけど…偏食な弟さんの口に合うとは限らないですよ」
男性はしょんぼりと肩を落とした。
「そうなんだよなぁ。高級な野菜も仕入れたがまったく食べず…唯一あの小さなトマトはおいしいと喜んだんだが…」
耳もしっぽも萎れさせた大型犬みたいだ。そんなことされるとちょっと弱い。
「う~ん…ありがたい話なんですけど、でもホントに後は種を取るものしかないんです。それを売っちゃったら来年は植えるものがなくなるし」
「そうだよな。すまない、無茶を言って」
「いいえ。また来年お越し下さい」
「来年か…もっと早く食べさせてやりたいんだが」
「それには温室が必要ですね〜」
「温室っ?」
うっかり呟いた言葉に男性が顔を上げる。
おっと、いけない。今世に温室なんてあるわけないか。
「温室があればあのトマトを作れるのか?」
「と、思いますけど…。まさか温室を知ってるんですか?」
「知ってる。温室ならできるのか?」
「たぶん、はい」
「よし、王宮に行こう」
「は?」