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突然のお誘い。




「おはようございます、マックスさま」

「おはよう、アイリーン嬢。では行きますか」


 今日と明日はミリアムさまがお休み。代わりにマックスさまが付き添ってくれる。

 マックスさまは黒髪黒目。前世日本人としては非常に親近感を覚える容姿なので、かなり年上だと思うけど、気後れせず会話ができた。


 温室に着くと少し空気がひんやりしている。


「いつもより涼しいですね」

「はい、昨晩から急に気温が下がったせいだと思います」


 私はかまどに火を入れ、温室内を暖める。体感としては半袖で気持ちよく過ごせる温度、二十度以上をキープしたい。

 ついでに古い小さな鍋に灰を敷き、乾燥した卵の殻を入れてかまどに掛けると、マックスさまが首を傾げた。


「それは何ですか?」

「卵の殻を焼いて粉にするんです。肥料になるので」

「へぇ、卵の殻が」


 物珍しそうにのぞき込むマックスさまの行動は、レイモンドさまに似ている。

 直接火に掛けてしまうと焦げて使い物にならなくなるので、火から少し離し、時折確認して熱を均等に行き渡らせた。

 焦げる前に取り出してすり鉢でさらさらした白い粉になるまですりつぶす。

 

「…そのすり鉢とすり棒、重くないですか?」


 私の作業を見守ってくれていたマックスさまに問われ「いいえ」と答えると瞠目された。

 もちろんすり鉢だから多少の重さはあるけど驚かれるほどでもない。

 このすり鉢は表面に複雑な紋様が描かれていて、レトロな感じがいい。

 光の加減か、使う度にすり鉢が淡く輝くのが幻想的だ。


「すり鉢は前の庭師が新しく温室を使う者へと言って置いてったのです」

「そうなんですね、ありがたく使わせてもらってます」

「重かったり使い勝手が悪かったりは?」

「ないです。すごく快適」


 マックスさまはすごいなと感心してくれる。


「これも祝福の力か…」


 つぶやきは小さく、私には聞こえなかった。







 温室の効果なのだろうか、蒔いた種はすべて発芽し、植え替えが終わった。


 最初だし、とよく膨らんだ種を使ったせいかもしれないが、発芽率百パーセントはすごい。

 でもその中でも元気の良いものと細くて生命力の弱そうなものがある。

 弱そうなものは畑に植えなかったりするんだけど、ここは私の温室。

 全部植えて実を生らしてあげよう。


 特にひょろひょろのトマトは底に穴が開いた背の高い花瓶を使う。間違いなく高級品の花瓶に一株のみ。栄養独り占め。色んな意味でぜいたくな環境だなぁ。


 元気のいいグループは次々開花していく。ランチに現れたレイモンドさまはひとしきり眺め、うれしそうに声を掛けていた。


「茎が太くなってきたな。花の数も多いぞ」

「えぇ。今のところ問題なく成長していってます」

「アイリーンの手腕だな」


 にっこりと笑ったレイモンドさまはテーブルにつき、用意されたサンドウィッチにかぶりついた。


「レイモンドさま、ここは王宮内です。大口はやめてください」

「温室の中は誰も見てないからいいんだ。そういえば、アイリーン。クッションがみんなに行き渡ったぞ」

「それはよかったです」

「次は民にも広げたいな」

「レイモンドさまは視察に行く際、色々な人にクッションの良さを語りまくってましたからね」

「あぁ。正直、黙っていられなかった」

「本当に…アホみたいに自慢しまくってましたね」

「おい…」


 レイモンドさまもマックスさまも、サンドウィッチを結構なスピードで平らげていく。

 聞いたところによると、マックスさまは剣術の兄弟子にあたるらしく、やはり昔から気の置けない存在だとか。仲良しでいいな。


「アイリーン、今日の作業は何がある?」


 食後のお茶をおいしそうに味わいながらレイモンドさまは私を見て微笑んだ。

 それだけで心臓が跳ねる。


「午前中でほぼ終わっているので、午後は裁縫でもしようかと思ってます」

「では、これから俺と出掛けないか?」

「へ?」


 突然のお誘いに私は目をぱちくりしてしまう。


「今日の夕方から夜にかけて、王都で小さな市が開かれる」

「夜に市ですか?」

「毎月行われているものでな、大きな通りに小物から食べ物まで色んな商品が出るから、そぞろ歩いたり、買い物したりするんだ」

「面白そう…!」


 日本の縁日みたいなものだろうか。それともフリーマーケット?


「行ってみたいです。でも、レイモンドさまのお仕事は…」

「問題ない」


 そうなのかな。ちらりとマックスさまを窺うとシブい顔をしていた。ホントに…?


 私の視線を受けて、マックスさまがため息をつく。


「王子がふらふら城下を歩くのは警備上、賛成しかねます」

「お前たちがちゃんと警護してくれればいい」

「本日、私はアイリーンさまの護衛ですので」

「なら、尚のこと好都合じゃないか」

「承認が必要な書類は?」

「ちゃんと終わらせてるよ」


 マックスさまは仕方ないなという風に苦笑した。


「護衛は私が手配します」

「わかった。カミラ、アイリーンの支度を」

「かしこまりました。かわいらしく仕上げましょう」


 今日も静かに控えていた侍女のカミラさまの目が私を見て、キラリと光った。浮かんだ笑みはやさしげなのに、なんだかヘビに睨まれたカエルの気持ち…。


「準備にお時間を頂きますので、昼三つめの鐘がなりましたらお迎えにいらしてください」

「頼むぞ。では、アイリーン。後でな」


 レイモンドさまはさっと立ち上がり温室を出て行った。

 

「まったく…身の軽い王子だ」 

「それが欠点でもあり、美点でもありますよ。さて、アイリーンさま、隣の部屋へどうぞ」

「あ、はい…」


 温室には控えの部屋というものがある。普段はそこで侍女さんたちが色々しているようだけど、私は最初にちらっと見たとき以来入ったことがない。たしかがらんどうだったはずだ。


 けれどカミラさまに案内された部屋は様変わりしていた。

 部屋はきれいに磨き上げられ、壁側には高価そうなチェストが二つ。食器や茶葉、リネンが入っている。

 奥には小さいけど天蓋付きのかわいいベッド、サイドテーブル、一人掛けソファが置かれていた。


「そちらはアイリーンさま専用スペースです」

「私のスペース?」

「休息されたいときはこちらでどうぞ。お衣装もそろえてあります」


 鏡台の隣には小さなクロゼットがあり、町娘が着るような服が何着か掛かっている。


「アイリーンさまは何色がお好きですか?」

「えっと…」


 前世はともかく、村では草木染めされた地味な服しか着たことがない。

 映りの良い鏡もなかったので、今の姿形に合う服がわからなかった。

 答えられずにいたら、カミラさまがてきぱきと服を選んでくれる。


「アイリーンさまの明るい栗色ヘアを生かすため、生成りのブラウスに赤茶色のスカートにしましょう」


 ブラウスはふんわりした袖をリボンで引き締めるタイプのもので、スカートはギャザーがたっぷり入っている。


 服が決まったならすぐに着がえようと手を伸ばすと、鏡台に座らされた。


「楽にしててくださいね」

「はい、あの…」

「あら、このリボンは…」

「えっと、頂き物で」

「わかりました。ヘアスタイルはゆるめのハーフアップにして、リボンを編み込みましょう」

 

 何も言ってないのにレイモンドさまから頂いたリボンと私を交互に見て、カミラさまは心得た!とばかりに何度も頷く。


 上を向かされ、蒸しタオルを顔に乗せられた。気持ち良さに肩の力が抜けたら、他の蒸しタオルでほどいた髪をやわらかくしごかれる。

 耳の後ろからうなじまでていねいに拭かれ、髪にいい匂いのするオイルをすりこまれた。


 顔の蒸しタオルは二回ほど替えられ、血行の良くなった顔、頭皮とマッサージされる。力加減が絶妙で「ふぇぇ〜」とおかしな声が出た。


 クリームを塗られ産毛を剃られ、眉を整え、また蒸しタオルタイム。その後にさっきよりお高そうなクリームが顔に塗られ、軽やかにパッティング。これもまたたまらない指遣い。


「そのまま目をつむっていてください。お寝みになってもいいですよ」

「ふぁい〜」

 うなじや肩もマッサージされたし、首もとやデコルテもクリームを塗られてすべすべ。

 うっとりしてる間に髪をていねいに梳られていく。


 日頃日光にさらされ、ぱさぱさだった髪は何度もブラシされ、気付いたら天使の輪が出来ていた。


「ピカピカだ…」


 鏡台の鏡をのぞき込む。窓からの光を受けて毛先まで輝いていた。

 仕上げに手足にクリームを塗り込まれ、くちびるに薄い紅を乗せられる。


「では、お衣装を」


 立ち上がり自分で着ようとしたら止められ、まるで子供のように着付けられる。

 やわらかな革靴を履いて、姿見(よく見たら壁際にそんなのもあった!)の前に立つ。


「わぁ…」


 映りのいい鏡で初めてはっきりと自分の姿を見て、私は胸を高鳴らせた。

 前世はどこに出しても恥ずかしくないほど平凡な和顔だった。今も系統は地味なんだけど、髪色と目の色で前世より格段にかわいく思える。


「ありがとうございます! カミラさま!」

「レイモンドさまも喜ばれますよ。私も磨き甲斐がありました」


 カミラさまは満足そうに胸を張り、私を温室へと連れ出す。

 そこにはすでにレイモンドさまがいて、私を見るなり目を見張った。


「ア、イリーン……っ?」

「はい」

「…とてもよく似合う」

「ありがとうございます! カミラさまがはりきって下さいました!」

「かわいいな…」


 レイモンドさまも生成りのシャツに焦げ茶色のズボンというラフな格好だけど、顔面偏差値が高いのでモデルのようだ。そんなかっこいい人に至近距離でかわいいと言われ、のぼせそう。 


「市までは馬車で行く。おいで」


 レイモンドさまに手を差し出され、ドキドキしながら手を重ねる。エスコート、これでいいんだよね…。




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