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王子さまは言動が大げさ。




 レイモンドさまは円座クッションを視察に出掛ける度に使ってくれているらしい。

 午後のお茶をしにきた時に、ものすごく感謝された。


「馬車移動があんなに楽になるとは思わなかった」

「それはよかったです。使い心地が悪ければ改良しますね。座りにくかったり、柔らかすぎたりとかはしませんか?」

「今のところ問題ない。快適で居眠りもできる。アイリーンのおかげだ」

「いえいえ、そんな」

「謙遜しなくていい。アイリーンが俺のために作ってくれたと思うと、とてもうれしい」

「……」


 この王子さまは言動が大げさだ。その上、じっと見つめながら言われるから、照れくさくて何も返せないままうつむく。


 そんな私の横でミリアムさまが優美な姿でお茶を飲みながら、さりげなく会話の接ぎ穂を作ってくれた。


「レイモンドさま、午後の執務は?」

「マックスが来ないからまだのんびりできる。ミリアムこそ、私がいるから今のうちに外で休息してきたらどうだ? 騎士団本部などお勧めだぞ」

「余計なお世話をありがとうございます。けれど私はアイリーンさまの護衛ですので、ここにおります」

「遠慮しなくていい。第二の団長室でものぞいてこい」

「どういう意味か分かりかねますが、私はアイリーンさまを不審者から守らねばいけないと思っております。なのでレイモンドさま、お引き取りを」

「それこそどういう意味だ、こら」

「そのままの意味ですが、ご理解頂けませんか?」

「その性格の悪さ、あっちに伝えるぞ」

「では、私はアイリーンさまにレイモンドさまの生後から現在に至るまでの粗相をお伝えして……」

「それだけは止せ」

「お二人とも、楽しそうですねぇ」


 私の言葉に、二人とも憮然となった。やば、不快にさせちゃったかな。


「申し訳ありません。出過ぎた口を」


 他人で、平民、ただの従業員が軽く言っていい言葉じゃなかった。

 そう謝罪するとレイモンドさまは慌てた。


「ちょっと待て俺は他人とは思ってないし身分とか俺の前では気にしてほしくないしアイリーンはただの従業員じゃないそれよりもっとそのそばにいてほしい存在というか今だけじゃなく今後も」


 句読点なしでの早口で一気にしゃべられ、後半ちょっと聞き取れない。

 首を傾げたら、ミリアムさまが私の手をそっと取った。


「要するにレイモンドさまはアイリーンさまを全力で友人と思っているとおっしゃっているのですよ」

「おい、ミリアムっ」

「ちなみにレイモンドさまと私は乳兄弟で、つい気安い会話をしてしまうことがあります。どうぞお見逃しくださいね」

「私の言動を不快に思われたのでは…?」

「いいえ、楽しそうと思われていたのがちょっと心外だっただけで、私がアイリーンさまを不快に思うことなど生涯ないと誓えます」

「しょうがい……」


 ミリアムさまが青い瞳をキラキラさせながら、至近距離で私を見つめる。手をそっと握られ、真っ直ぐな眼差しに心臓を射貫かれてめまいがした。

 キラキラ余波は壁際に控えてた侍女さんにまで飛んだみたいで、頬を上気させてうっとりしている。


「お、俺も楽しそうだと思われたのが不本意だっただけだ。っていうか、ミリアム。俺のセリフを取るな」

「こういうのは先に言った者勝ちですよ」


 ぽーっとなった私と侍女さんを置いてけぼりにして、お二人はまたじゃれあう。

 そこへマックスさまが駆け込んできた。


「レイモンドさま、大変です」

「どうした」

「あのクッションに大量の製作注文が入ってます」


 え?


 マックスさまは、茶器をどかして紙の束をテーブルにどさりと置いた。


「これが注文書です」

「こんなにか?」

「レイモンドさま、クッションを他の方に勧めましたか?」

「あぁ、父や兄弟や親戚に」


 王子さまの父親って国王さまですか?

 兄弟や親戚は王族ってことですよね?


 私が単語の威力に怖じ気づいてると、マックスさまが頭を掻いた。 

 

「私も頂いたクッションを家族に紹介しました。家族は夜会に行くときの馬車で使ってものすごくよかったと」

「なるほど、夜会で触れ回ったんだな」

「そうだと思います」


 詳しく聞いてないけど、たぶん貴族なマックスさまの家族は貴族…。


「そういえば、私も周囲にクッションの良さを話してしまいました。皆さん興味津々で聞いてくれて」


 ミリアムさまも間違いなく貴族だから、周囲も貴族…。


「それでこの結果です。王家…ブルクハルト侯爵家、フィネガン伯爵家…」


 マックスさまは注文書をまとめて合計を出している。ちらっと見たけど、百個軽く越えてない?


「こんな量、アイリーン一人では対応できないだろう」

「はい。なので王宮のお針子頭を呼びました。アイリーン嬢、すまないが作り方を教授してもらえないだろうか。今からここに来る」

「わかりました」

「それをお針子部屋で量産します」

「それならアイリーンの負担にはならないな」


 話しているうちにお針子頭さんが温室に現れたのでさっそく作り方を教える。相変わらず王宮の勤め人は仕事が早い。


「本当に簡単にできますね」

「はい。端切れじゃなく、大きい生地を丸く縫って仕上げた方ができあがりは早いです」

「しかし、そうすると綿のずれが出そうですね」

「なので縫い方のアレンジはご自由になさってください」

「ステッチも柄も色も、いくらでも考えつきます」


 物作りが好きな人なのだろう。

 お針子頭さんはわくわくした顔で頷いてくれた。

 

 それに私一人で製作するより多くの人の手で作ったほうが、もっと良い形に発展していくはずだ。

 誰でも作れるものだし、ここには著作権とか特許とかないし。

 そもそも私が考えたものでもないし。

 とりあえず天に向かって手を合わせる。


 前世の穴あき円座考案者さまに大感謝!



「アイリーン、これで手は空くだろう?」

「はい、ありがとうございます」

「今後は俺のクッションだけを作ってほしい」

「はい」


 ん?

 うん…そうか、雇用主だもんね。


 私が頷くと、レイモンドさまは青い目を細めて微笑んだ。




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